ネットバブルの最盛期である1999年当時、米国のEコマースブームに煽られて多くの人々が日本でもEコマースサイトをオープンした。リアルからネットへの転身ならまだしも、にわか小売業者になったネットビジネスマンのその後の結果はご存知のとおりである。唯一の例外は、Eコマースをビジネスとするのではなく、ASPとしてECのインフラを提供することをビジネスにした楽天だけであったことは皆さん周知の事実である。当時、日本ではECは成功しないと言われていた。その理由は、日本は国土が狭く、リアルなお店で買い物するほうがずっと便利である、ということだった。しかも、当時を振り返ってみれば、インターネットで画像をダウンロードするに長時間かかるような通信インフラしか存在しなかったのである。通信コストに加えて、ダウンロード時間でフラストレーションが溜まるようでは、とてもじゃないがECなんて普及するわけがなかったのが事実だ。ところが、ここにきてEC専業者のIPOがぼちぼち出始めてきた。その背景としては、インターネットを使用する際に必要な通信環境インフラが飛躍的に改善したことがあげられる。要はブロードバンドが普及してきたということである。それによって、インターネットで買い物をする人が徐々に増えてきているのだ。
前置きが長くなったが、ネット専業の通販会社「ケンコーコム」が6月16日に東証マザーズに上場した。株価のほうは、上場日は買い物が多く値が付かず、翌日公開価格の2.4倍が初値となりその後ストップ高で引けた。その翌日にケンコーコムの後藤社長にお話をお伺いした。
後藤社長が大学を卒業後アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社した頃は、現在の仕事の源泉となった家業の製薬会社を継ぐことには魅力を感じていなかった。ところが、バブル崩壊後のコンサルタントとしての仕事は大企業のリストラ案件が中心となった。そんな中で何か新しいことをやりたかったが、何をやってもうまくいかないように思えた。そこで、家業である製薬に関連する健康という切り口でスタートすることを決意し、実家のうすき製薬に入り、自社製品の健康食品のダイレクト販売を手がけ始めたのが今日の事業の始まりである。
1994年11月にうすき製薬の自社製品のダイレクト販売を始めるために設立したのが、ヘルシー・ネットで現在は社名を変えて当社となっている。1994年〜2000年は、通販だけで年率50%成長を実現し3億円程度のビジネスまでこぎつけた。しかしながら自社製品のみを扱い、60〜70歳台の顧客層をターゲットにしているビジネスに限界を感じ、2000年5月には、ケンコーコムというECサイトを立ち上げるに至ったのである。
最初は、Yahoo!にバナー広告を出して月間2000万円広告費を使ったりしたが、月の売上は70万円程度とまったく効果は出なかった。当時ネットビジネスのマーケティング手法と言われたバナー広告、クーポン、懸賞サイトなどはほとんど効果がなかった。サイト運営で仮説を立てて検証を行っている間に気付いたことは、品揃えを増やせば、売上が増えると言うことに加えて、リアルのドラッグストアで売れているナショナルブランド商品よりも、当社のサイトでしか扱っていないものが売れるということであった。
その後、商品の品揃えを増やして行き、現在は約2万点のアイテムを掲載している。街中にあるドラッグストアに置いてある商品アイテム数は3000〜5000個くらいで、当社の品揃えを実現するには500〜1000坪規模のショップが必要と考えられる。掲載商品の構成は55%がナショナルブランドであるが、実際は売上の60%がノンブランド商品である。顧客の志向は明らかに通常のドラッグストアに無いものを買いに来ていると言える。
当社のバリュードライバーは当面の間はアイテム数であると、後藤社長が言い切るほど品揃えは重要な顧客サービスであると言えよう。
当社のビジネスの成長性を探る上で重要なポイントは、在庫を極力もたない物流の仕組みなどにもあるが、ケンコーコムの扱う商材とインターネットの親和性のほうがもっと重要な要因となる。健康食品などの製造原価は最終価格の10-30%程度だが、流通コストが非常に高くてスケールメリットが出ないとなかなか儲からないビジネスである。それは、顧客ニーズが複雑でメーカーサイドの提供する情報とのマッチングが難しいゆえに起こる高コスト構造があると後藤社長は言う。ところが、コストがかかっていたマッチングの部分にインターネットを使うことによって情報の流通がフリーとなりコストの低減を行うことができるのである。健康に関するキーワードをYahoo!やGoogleで検索すると、頻繁にhttp://www.kenko.comのページが検索結果に現れる。インターネットを活用することで無料の集客を行っているのである。
最後に、IPOの目的を後藤社長に聞いてみた。ECが新しい流通の仕組みを作ることを実証したかったことと、「健康」を扱うビジネスなので、上場企業として信頼性を高めて、お客様の不安感を取り除きたかったという答えであった。また、現在3兆円あるドラッグストアビジネスがすべてネットに移るとは考えられないが、5-10%程度まではスライスしてもいいのではないと考えている。投資家に皆さんには、中長期的なリアルからネットへの流れを理解して、当社の株主になることによってECの成長を信じていただきたいそうだ。
筆者もネットバブル当時にECの世界に一度は身を投じた人間であり、後藤社長の思いには共感する部分は非常に大きい。新しい流通の仕組みを創造する、そのためになすべきことは顧客の利便性を高めることがすべてである、と言い切る後藤社長にはお金だけを追い求めるビジネスマンの匂いはしなかった。新しい時代に、新しい価値観で、新しい顧客サービスを展開する当社はプッシュ型の営業は一切行っていない、それでも人々はケンコーコムで買い物をするのである。世にも不思議な消費者の購買ロジックが展開されているケンコーコムをしばらくはウオッチする価値はあるではないだろうか。
ケンコーコムのHP → http://www.kenko.com
東京IPO編集長 西堀敬 nishibori@tokyoipo.com
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