東京証券取引所を筆頭に証券取引所による上場審査は厳しいと言われていますが、その一方で、マザーズ、ヘラクレス等の新興市場への上場にあっては、証券取引所が行う上場審査の基礎資料といわれているUの部が不要とされています。そのためか、最近では大手証券会社の引受審査のほうが大変との感想も聞きます。しかし、証券取引所の上場審査が厳しいのは、新規上場、市場の指定替えのときのみで、上場して後の管理は甘いといわれ、その状況は、我が国の大学入試、その後甘い学位の授与に似ているといわれます。
本来、「市場」の機能は、取引される「物件」がその参加者間の取り決めた基本的な要件を満たし、その公正な価格形成と物件、金銭の授受が確実に決められたとおり行われることが求められる機能です。毎日取引されるものが、その当初基準(ブランド)に著しく劣る状況であれば、取引停止が必要となり、廃止することが取引所への参加者に信頼され、取引所としてのブランドを守るために必要な措置でしょう。大学も入るときがその人間の学習能力のピークでは困ります。人間のキャリア形成上大事なのは、そこで何を学び、経験したかにあるはずです。
米国ニューヨーク証券取引所への上場がステータスとされていますが、難しいのはSECの求める開示要件、すなわち、投資の自己責任原則を全うするため、会社は、訴訟社会に耐えられるコーポレート・ガバナンス体制、リスク管理体制の確立等の要件を整備していることであり、そのための準備において、公認会計士、弁護士との確認作業に時間とお金をかけているのであって、ニューヨーク証券取引所であっても、その定めた要件を満たしていれば、長くて1か月で上場承認をしています。米国の2大市場は、自ら定めた基準の充足状況の確認を行えば、後は、上場後の管理規程に会社が服していることのチェックに重きをおいています。それゆえ、とりわけナスダック市場は、出入りの激しい市場といわれています。
ここで大事なのは、会社並びにその弁護士、及びそれに連帯して責任を有する引受証券会社、監査法人が、投資家から訴えられる可能性を軽減のための準備です。
ひるがえって我が国を見れば、国を挙げてのベンチャー企業育成策や「金融ビックバン」の進展を受けて、従来、株式公開には、証券取引所等が定める形式基準と実際にクリアしなければいけない利益基準も含めた実質基準というものがあり、また、上場審査上不可欠な審査資料とされていたUの部があって、上場するのに3年以上の期間が必要といわれてきましたが、1999年11月には、そのUの部が必要ないとする市場がなんと東京証券取引所に誕生し、その後、多くの証券取引所がそれに続きました。
Uの部には、会社の利益の源泉を理解し、企業の継続性、安定性をみる項目とともに非財務情報としてのコーポレート・ガバナンス体制やリスク管理体制を確認する項目もあります。本年3月期決算会社の有価証券報告書や有価証券届出書(Tの部)及び決算短信から「コーポレート・ガバナンスの状況」「事業等のリスク」及び紙面上の会社説明会ともいえる代表者による「経営成績及び財政状態の分析」の記載が加わりました。
また、本年の証券取引法の改正により、来年4月から記載内容の不備等に関して行政当局による処分として、課徴金を課する制度も設けられました。最近は我が国にも、証券取引法第21条等に基づく民事訴訟事件、その和解例や裁判所の判例が時折見られる状況となりました。本年5月には、新興企業向け市場の上場銘柄において、証券取引所が、その上場審査及び上場管理に不十分な点があったとして、行政から改善命令を受ける事例がありました。本件における上場審査に関する改善命令は、会社がそもそも十分注意すべきことであり、証券取引改善命令の出ることについては、証券取引所の法的位置付け及び自身の定めた基準上、やむをえないのでしょうが、いささか同情すべき点は認められます。
新興企業向け市場の基本コンセプトは、成長性の高いベンチャー企業に対する資金調達市場の提供、投資家には、ハイリスクであるが、ハイリターンの可能性のある金融商品の提供であり、米国証券市場並みに容易に短期間で上場できること(米国証券市場の上場については、Uの部がないとか、証券取引所等の審査期間が短いこと等が強調され、上場のための弁護士や監査にかかるコストは、我が国のそれの10倍以上が必要なこと、上場の維持が大変なこと等があま
り強調されませんでした。)をうたったのですから、証券取引所はこれを契機に審査を強化するのではなく、また、ジャスダックも引受証券会社の行う審査とのすみわけを意識した証券取引所としてのブランド維持のための審査に重点を置くべきであり、証券取引所は、その取引所のもつブランドイメージに似合わなくなった会社には、すみやかに退出してもらう管理を強化すべきではない
でしょうか。
市場関係者は、現在IPOの獲得件数等をベンチマークに、金融庁や証券取引所の意向を見ながら競っていますが、本来の引受ビジネスは顧客たる発行会社と投資家の満足度で評価されるべきであり、東京IPOは、IPOのCSランキング調査をするなどにより、顧客本位の業者を明らかにすることもIPO市場を健全化する手段となりえるのではないでしょうか。そうした情報も踏まえ投資家は、目論見書をよく読み、不十分な記載の会社には、訴訟も辞さない態度が必要でしょう。最近は、直ぐに上場させることやその維持を請け負うことを売り物にした証券取引所、証券会社や監査法人が見受けられます。その市場関係者は、それなりのリスク管理の下に自らのブランドを維持、管理するために必要な審査をし、業務拡大を図っているのでしょうが、たとえ新興企業向け市場上場会社にあっても、証券取引法が求める開示義務と責任は、大企業と何ら変わるものではないことを今一度認識すべきでしょう。
元日本証券業協会会員 甲斐 路良(ペンネーム)
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