振興市場の企業における企業の不祥事が後を絶たない。その度に取引所は審査体制、審査基準、実質的な公開基準を厳しくするのであるが、その結果として、IPO市場の停滞や、本来、早期公開が必要な成長分野の企業の公開が遅延される。また、不祥事とは言えないまでもIPO銘柄特有の歪んだ株価形成によって、多大な損失を被る投資家が発生する。それ自体は投資家の自己責任の面は否めないが、公開前に十分な情報が提供されていないIPO銘柄では証券会社にも責任の一端があるように思われる。多大な損失を被る投資家が存在する裏側には、多大な利益を獲得する投資家も存在する。それが、他方ではIPO株式の「抱合せ販売」という歪を生じさせる。その結果、IPO企業は株式公開直後の短期間の鞘とりに終始する短期の投資家(以下、株価ではなく企業に投資する投資家と区別するために「トウシカ」という)の玩具でしかなくなってしまう。
こうした構造を生じさせている理由はなんであろうか。ブックビルディング方式で決定される公募価額と公開初値との開きが余りに大きすぎること。アナリストによる評価がなされないこと。バイオベンチャーをはじめとして一般の投資家が評価するには(経験の長いアナリストにさえも)企業評価が難しいケースが増えていること。IPOが終わってしまえば幹事証券は何ら企業の面倒を見ないこと。など、いろいろな要因が考えられるが、特にベンチャー企業のIPOにだけ焦点を絞るならば、幹事証券がIPOの引受手数料だけで十分なプロフィットを得られていないこと、に根源的な問題があるように考えられる!
仮に調達金額2億円の小型のIPOを考えた場合、引受手数料率を8%として得られる手数料は1,600万円にしか過ぎない。しかし、これは100%幹事の場合だ。幹事シェア50%であれば800万円。ここから営業体への募集手数料や人件費等を控除してゆけば僅かな利益額しか残らない。引受部門の利益を拡大しようとすれば、少ない人数で案件数を増やしていかなければならない。粗製濫造の結果、企業の不祥事が発生する。一方、引受部門の利益拡大を追求しないのであれば、営業部門の収益拡大によって補わなければならない。その結果、顧客である投資家に利益を齎すような公募価額の“慎重な”設定が行われる。その差益が抱合せ販売の温床となる。こうした抱き合わせが行われないオンライン証券においてもIPO銘柄は新規顧客獲得のための呼び水として使われる。顧客獲得コストと考えるならば引受部門自体に求められる収益目標は低くても問題にならないだろう。さらには、証券会社によってはIPO企業(幹事案件)に対して系列のIR会社にIRコンサル業務を委託することを事実上義務付けているところもある。あるいは、IPO時の売出によって資金を得た企業オーナーをプライベートバンキングに取り込むことによって収益確保を目指している証券会社もある。
IPOに見られる様々な歪は、このように収益機会を多様化させてゆかなくてはならない証券会社の過当競争体質にある。特にセカンダリーマーケットでのブローカー手数料による収益機会が限定される時価総額の小さな新興企業の株式においては顕著になる。
こうした問題を解決するにはどうしたら良いだろうか?
稚拙という批判を恐れずに言うならば、新興市場の委託売買手数料の体系を1部、2部の手数料と切り離して設定することが必要と思われる。時代に逆行しているかもしれないが、最低手数料を設置して証券会社が十分に利益をあげられる構造を創造する。その利益を引受審査の質の向上やアナリスト・レポートの提供という形で投資家に還元する。勿論、引受幹事となった会社の不祥事に対するペナルティーの強化や投資家への情報提供を一定水準義務付けるなどの処置は必要であろう。手数料を高くすると言っても自由化前の1.2%程度の手数料率であるならば、1年以上保有する投資家にとっては、大きな問題ではないはずだ。流動性低下の問題は残るものの、手数料が高くなれば企業ではなく株価を売買する“トウシカ”ではなく、“投資家”をより多く集めることも可能かもしれない。
JASDAQを含めて現在、日本には6つの証券取引所が存在し、それぞれ新興市場を持つ。審査基準の若干の違いを除けば(JASDAQにはマーケットメーク方式があるが)、仕組みの上での差異は見出しにくい。したがって、6つもの取引所が存在する必要性はあまり感じられない。しかし、明確な差異があるのであれば、存在意義も生まれてくる。取引所間の序列も緩和される。消費財メーカーの戦略では当然のことではあるが、販路(この場合は証券会社)を絞る、顧客セグメントを絞り込む、というような戦略が取引所にあってよいのではないだろうか。取引所のデザインが多様化すれば、多様な証券会社が成立する土壌も生まれるであろう。それが、結果的に投資家層の拡大に繋がるのではないだろうか!
手数料の引き下げ競争だけでは、中長期の株主と成り得る個人投資家を呼び込めないことはもはや明らかになりつつあるのではないだろうか?
株式会社ティー・アイ・ダヴリュジェネラルパートナー 藤根靖晃
|