昨年11月に全米IR協会(企業が主体の団体)とCFA協会(米国の本部のあるアナリストやポートフォリオマネージャーなどが参加する証券アナリストの職業団体)から、株式を上場する企業とアナリストの行動に関するガイドラインが発表されました。これには強制力はありませんが、それぞれの団体は会員にこの基準に従うことを推奨しています。投資家が投資判断を行うサポートとなるように、正しい情報、十分な調査に基づくプロとしての見解を適切なタイミングで提供するため、企業とアナリスト双方がルールに則り、積極的な活動を行うことを提唱しています。
このガイドラインの詳しい内容の紹介は別な機会に譲りますが、その中で今回ご紹介したいのは、独立系調査会社によるアナリストレポートに関してガイドラインのかなりの部分が割かれている、という点です。最近のCFA協会機関誌の記述によれば、米国のおける独立系調査会社のレポート作成業務の市場規模は2004年には約1,400億円であったが、これが2008年には4,000億円に拡大するとのことです(Integrity Research Associatesの予想)。“アナリストレポート”が“商品”でありこれに“市場”があるのか?と思われるかもしれませんが、米国ではこれがこのように大きな規模で存在しています。日本では大半の証券アナリストは証券会社に所属し、会社から報酬を得て調査活動をしています。勿論米国でもそうしたアナリストは存在する一方で、独立した調査専門会社も多数存在します。彼らは証券会社、運用会社、そして企業からの報酬を収益源として活動しています。こうした会社への報酬総額が1,400億円に達するというものです(金額には投資情報の提供業務も含むようです)。日本の状況をみると、このメルマガに登場される藤根さんや松尾さんの経営される幾つかの独立調査会社があります。ここにマルテックス・インベスター(ロイタージャパン)、ブルームバーグ社やQUICK社、会社四季報(東洋経済新報社)、日経会社情報(日本経済新聞社)、株式系新聞社それに各種マネー雑誌、東京IPOなど各種媒体を利用した投資情報の提供者までを加えても、おそらく市場規模は数百億円規模ではないでしょうか。
米国の市場が伸びている要因として次のような要因があります。
1. 2003年4月にニューヨーク州などと有力証券大手10社で結ばれた協定
これらの証券会社は投資銀行部門の業績を伸ばすために企業に有利なレポートを自社アナリストに作成させていました。これに対する制裁措置として、顧客に独立調査会社のレポートを提供すること、そのための調査費用として10社合計で450億円を拠出して基金を設立することになりました。この450億円が調査会社にレポート作成の報酬として提供されます。米国にはレポート作成で報酬を得ている会社は1,400社程度あり、有力と言われる会社に限っても数十社存在するそうです。これらの会社は基金負担の仕事を狙ってレポート作成業務を一斉に強化しています。
2. アナリストにカバーされない会社が自ら資金負担をしてレポートを作成
独立会社の動きと反対の要因として、大手証券会社はアナリストの数を削減、調査対象企業を絞りこんでいます。原因そのものは同じ不祥事にあります。アナリストの報酬を投資銀行部門収益で負担することを禁じられたため、各社とも調査部門を縮小せざるをえない状況になっています。米国でアナリストがカバーしている企業の数は2001年には4,763社だったものが、2003年末には4,103社に縮小しています(Security Industry Association 調査)。このため時価総額が小さく投資家の注目度が低い企業は幹事証券にもレポートを作成してもらえず、自ら投資家にアピールするためIR活動を強化せざるを得ない状況です。その中でインサイダーではないプロフェショナルである独立調査会社のアナリストに報酬を支払い、自社のレポートを作成してもらうというケースが増えています。こうした傾向を受けて冒頭に紹介したガイドラインにおいては、「会社スポンサーレポートについては、その事実をレポートに明記する」などの様々な規定が盛り込まれています。
日本においては“有料で取引されるアナリストレポートという商品”、これを作成、提供する独立系調査会社の市場規模は米国に比較するととても小さい状況です。そして事業会社がスポンサーとなって作成されるアナリストレポートについては、公にはまったく存在しません。しかし証券市場の制度改革やIRの方法などの新しい動きは、その多くが米国や欧州から日本に入って来ていますので、いずれ日本においてもアナリストレポートの市場というものが形成されるかもしれません。
株式会社フィナンテック IRコンサルタント 深井浩史
(CFA協会認定証券アナリスト)
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