本年も東京IPOをよろしくお願いいたします。
さて一昨年から昨年の前半くらいまでの間で、新興企業中心に転換価格修正条項付の新株予約権付社債(MSCB)の発行が相次ぎました。これに対しては既存株主の利益を損ねるものであるという批判が高まり、これを発行する企業はだいぶ減ってきたように思われます。ただし最近はこれに変わる調達方法で、その実態はMSCBと共通点の多い新手の手法による調達が見られます。新株予約権の発行+行使による第三者割当増資、というのがそれです。両者の主な違いは以下のようになります。
MSCB:最初に一定額の社債を発行。株式への転換価格が随時修正されるために、転換により発行される株数が変動する。「調達金額固定+発行株数変動」。
新株予約権の場合:最初に一定の株数への転換の権利である新株予約権を発行。この時点で若干のオプションプレミアム分の受取。新株予約権の行使価格が随時修正されるために、行使により調達される金額が変動する。「発行株数固定+調達金額変動」。
既存株主の利益を損ねるという点では、どっちもどっちのスキームであると思いますが、すっかり悪名高くなったMSCBに比較すると「新株予約権による調達」というと今のところ投資家の受ける印象がやや違うようです。この代替スキームに対してはメディアの扱いにも混乱が見られます。新年早々、1月5日に株式会社プライム・リンク(ヘラクレス2720)が証券会社および投資会社への新株予約権の発行を発表しました。翌1月6日の日本経済新聞朝刊の記事見出(16面)は「新株予約権で25億円調達」とありました。
この記事は、まず見出しがやや誤解を与えるものであり、記事本文には明らかな間違いがありました。同社の開示資料によれば、同社はまず新株予約権の発行により、その対価として2百50万円を受取(調達し)ます。発行する新株予約権の総数は250個。予約権1個あたり177株が発行されるので、予約権が全て行使された場合の発行株数は44,250株です。当初の行使価格は1株56,249円なので、この価格ですべて行使されれば約25億円の調達となります。しかし行使価格は上限が56,249円、下限が28,125円。行使期間は2年間で、その間変動する株価の92%程度に修正されるので最終的な調達額は未確定です。新聞記事には「当初価格ですべて株式に転換した場合、増加する株式数は現在の発行済み株式数の約70%となる。下限価格での行使の場合は同1.4倍となる。」とあります。これは「金額固定+株数変動」のMSCBと誤解したものと思われます。新株予約権なので「行使」というべきところ「転換」とあるところからもそれが伺われます。
このように次々と新しいファイナンス手法が登場し、また法律・会計制度・税制度の改定による株式交換や企業分割など企業再編手法の多様化、これの受けてのM&Aの頻発とそれに対する防衛手段の導入など企業を取り巻く環境はダイナミックに変化しています。こうした中で最近では上場から日の浅い新興企業も色々なアクションを取り始めています。しかしこれらのアクションに対する開示資料は非常に解かりづらいものです。さらにこれらの企業はアナリストやメディアのカバーが少なく第三者による解かりやすい説明と内容の評価もほとんど得られません。たまたまメディアの報道があってもそれが必ずしも会社の意図を正しく伝えているとは限らないという状況です。こうした環境においては新興企業に中期的なスタンスで投資する個人投資家は、自らある程度の証券・金融リテラシーを身に付けることが求められます。個人投資家向けにはブロードバンド環境やトレーディング・ソフトウェアなどのプロにひけを取らない売買環境が提供されていますが、今後はそれに加えて資産運用や株式売買の基礎知識はもとより、証券・金融制度などの知識を提供するサービスも求められるでしょう。
今年は昨年以上に新興市場の企業が色々なアクションを取るでしょうが、特に注目点を2つ。
- 4月以降開始の新年度から買収に伴い発生するのれん代一括償却ができなくなり、代わって20年間の定期償却が基本となります。駆け込み的なM&Aと一括償却、それによる特損計上がかなり出るのではないでしょうか。
- 本年5月頃施行の新会社法により、買収側企業の総会決議を必要としない簡易株式交換の要件が緩和されます。買収対象企業の株主に対して発行する株式数について、買収側企業の発行済株式数に占める上限が20%以下となります(現在は5%以下)。簡易株式交換による完全子会社化を目指すM&Aが増加しそうです。
これらについてはまた別な機会に触れたいと思います。
株式会社フィナンテック IRコンサルタント 深井浩史
(CFA協会認定証券アナリスト) |