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任天堂は悪くない、問題は証券業界にこそ在る〜誤解です西堀編集長〜
  株式会社ティー・アイ・ダヴリュ ジェネラルパートナー 藤根靖晃
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4月5日(水)の「編集長のジャストフィーリング〜後出しジャンケンに負ける〜」について感じたことを申し上げたい。

配当権利落ち後に増配を発表するということは、確かに「後出しジャンケン」と言われても仕方がない面があることは否めない。しかし、任天堂に限って言えば、“グー”を出すことを約束して約束どおり“グー”を出しているわけだから問題はないと言えるのではないだろうか。

ここで少しだけ、任天堂の特殊な事情を説明しておこう。任天堂は連結売上高の内の75%を海外が占めており、日本国内は25%にしか過ぎない。そのため、外貨建ての現預金、売掛金が多額に存在する。2006年3月期第3四半期決算短信によれば、USドル建て現預金3,082百万ドル、USドル建て売掛金363百万ドル、ユーロ建現預金896百万ユーロ、ユーロ建売掛金207百万ユーロとある。これら外貨建て資産は会計ルール上では、期末の為替レートに基づいて洗い替え(=評価替え)を行う必要があり、前年度末と比較して円高になれば為替差損が、円安になれば為替差益が発生する。ドル/円だけでも1円の為替変動で経常利益に約34億円の影響があるのだ。

会社業績予想は、予想時点の実勢為替レートに基づき(ややコンサバティブな面はあるが)作成されており、前提条件も短信の中に示されている。

4月4日の会社側の業績修正の発表は、営業利益段階でのサプライズは無く、示された外貨建て資産に関わる前提条件を単純に計算すれば誰でもほぼ予想できるものであったと言える(少なくとも機関投資家は織り込み済み)。

配当金の算出方法(下記)は、確かに分かり難い面もあるかもしれない。

「配当金については、連結営業利益の33%を配当金総額の基準とし同期期末時点で保有する自己株式数を差し引いた発行済株式数で除した金額の10円未満を切り上げた金額か、もしくは連結配当性向50%を基準として10円未満を切り上げた金額の、どちらか比較して大きい方を、1株当たり年間配当金として決定する。上限の設定はしないが、1株当たり年間配当金の下限は140円とする。」

しかしながら、任天堂がこのような変則的な配当方針を採用したのは、業績連動型配当を求めるアナリストや機関投資家からの要請に応えた結果である。

業績連動型配当は2005年3月期より導入された。その時点の配当方針は、連結当期利益の50%を目処として下限140円〜上限270円で配当するというものであった。これに対して機関投資家から、1)上限を設定するのはやや不当である、2)本来は評価替えで本質的な業績ではない為替差損を理由に配当が少なくなるのはおかしい、というクレームがついた。そうした意見に基づきスキームの改良が加えられたのが上述の算出方法である。わかり難い部分は否めないが、投資家にとって有利になるように手が加えられている。

業績への影響が大きい為替差損益は、期末日(3月31日)を迎えないと確定できない。配当落ち日である3月27日とは僅かな日数であるが、世界経済・社会において何か大きなニュースがあれば変動する可能性もある。

配当落ちの前に控えめな水準でも配当異動を発表すれば良いのであろうか?それは他方で投資家をミスリードしたとの批判を生む可能性もある。それとも期末為替レートで業績が大きく変動する会社が業績連動型配当を採用することが間違っているとでも言うのであろうか。

任天堂は投資家の期待に応えようとルールの明確化を図り、それを忠実に実行しただけではないだろうか?もし、問題があるとするならばそれは任天堂にではなく資本市場の現在の構造・状態にあるのではないだろうか。

市場に情報発信を行うアナリストが多く存在し、投資家が手軽に入手できる環境にあれば、任天堂の配当政策についても多くの人が知ることが出来、着地点の配当についてもわざわざ自分で計算しなくても把握できたのではないだろうか。

株式市場が大きく回復しているにもかかわらず、投資家への情報発信を行うセルサイド・アナリストの数は回復していない。

この要因は、1)90年代末頃から発行企業がセルサイドのアナリストよりも機関投資家を重視し、直接情報を提供するようになったことからセルサイド・アナリストのニーズが後退したこと、2)手数料自由化を契機に証券会社の収益構造が多様化し、委託手数料の構成が小さくなったことから企業アナリストを雇用する原資が低下したこと、3)個人投資家向けサービスであるオンライン証券においては価格競争になりがちであり、費用でしかないアナリスト・レポートを軽視する姿勢が強いこと、があげられる。

こうした状況を打開するには、1)年金関連など公共性の高い機関投資家が何らかの形で社会的コストとして負担する、2)個人投資家である皆様一人一人が手数料の水準だけでなく、投資家向けサービスの充実によって取引証券会社を選択する、などの前向きな行動が必要なのではないだろうか。

「中期計画や戦略などの開示レベルが低い」という批判は一部あるが、任天堂ほど“フェア”な情報発信を行っている会社はない、と個人的に思っている。証券会社のペーペーのアナリストが取材に行っても、大手機関投資家の運用部長が取材に行っても全く対応は同じである(エライ投資家だからといって特別扱いはしない。尤も取材能力の差によって引き出せる情報の質が異なるのは否めないが・・・)。

もし、任天堂がこうしたことで強い非難を受けるとするならば、その責は我々アナリスト、証券会社、取引所、金融庁など市場関係者にあるのではないだろうか。

 

※ダイヤモンド株データブック春号「厳選銘柄版」で特集“これから騰がる新規公開株54”を執筆しました。

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