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レストランは西麻布の交差点から広尾よりの一本裏の通りにあった。通常も朝5時まで営業しており、夜遊び族で賑わっている。陽気な南イタリアをモチーフにしたレストランで、外の寒く暗い雰囲気とは対照的で明るく人の話し声も心なしか弾んでいるように聞こえてきた。クリスマス・イブの今日は、いつもよりもさらに込み合っていた。慎介が着いて間もなく菜緒子がキャメル色のコートの前ボタンに手を掛けながら入ってきた。クリスマスを意識した女心なのか、めずらしく白いカシミヤのタートルにオフ・ホワイトのパンツ・スタイルだった。セーターにはうっすらとゴールドのラメが入っていてキラキラと光った。
「ごめん。待った?」菜緒子は疲れた顔で言った。
「ううん、俺も今着いたところさ」
ウェイターが2人を一番奥の2人掛けのテーブルに案内した。2人はまずシャンパンでお互いの侘びしいクリスマス・イブに乾杯した。日付も変わろうとする時間なので、2人は軽目のアンティパスティとパスタをメイン・ディッシュに注文した。慎介はクリスマスだから奮発してイタリアの赤ワイン『サッシカイア95年』を頼んだ。食事の間、2人は仕事のこと、プライベートについて近況を報告しあった。デザートをパスして2人は最後に食後酒、グラッパを2杯づつ空けた。食事が終わる頃には菜緒子はいつもより酔っている自分自身を自覚した。
「慎介、今夜は本当に楽しかったわ。こんなクリスマスなんて…、2人とも冴えないわよね。来年はこうならないようお互いに精進しましょうね」酔いの所為か菜緒子の言葉は絡みあっていた。
「送っていくよ」慎介はやや千鳥足の菜緒子を支えて外に出た。六本木通りまで出て、流しのタクシーを拾った。腕時計の長針は既に午前2時を回り、昼間の渋滞が幻影だったのか、車は氷の上を滑るように渋谷方向にその鼻先を向けて疾走した。車に乗り込むと菜緒子は余程疲れていたのか静かな寝息をたてて頭を慎介の右肩に預けた。昔と変わらず優しい口元をしている。車は渋谷からルート246に入り、環状7号線を超えて暫く行ったところで右折して、上用賀にある菜緒子のマンションに向かった。車は打ちっぱなしのコンクリート壁の今風の3階建てのマンションのエントランスの前で止まった。慎介は足元のふらつく菜緒子を車から降ろして、玄関まで連れて行った。菜緒子はバッグから鍵を取出し玄関のオートロックを解除した。自動ドアが開き、菜緒子は体半分エントランスホールへ足を踏み入れ、慎介の方を振り返った。「ちょっと、寄っていく? お茶でも煎れるから」菜緒子は何か言いたげな目をしていた。 「いや、俺明日も早いから。今夜は帰るよ」慎介は菜緒子に寒いので早く中に入るように促した。その時、菜緒子の切れ長のアーモンド型の大きな目から零れんばかりの涙が滲んでいるのを慎介は見た。慎介は菜緒子を支えようと彼女の腰にまわしていた右手に力を込めた。彼女を引き寄せると、慎介は唇を優しく菜緒子の柔らかい唇に重ねた。慎介の腕の中に引き寄せられた菜緒子の後ろで自動ドアが音をたてて閉まった。深層から這い出した静けさが2人をすっぽり包んでいた。 緊張の糸が突然切れてしまったように菜緒子の体から力が抜けていくのが、慎介にも伝わってきた。

はっと、慎介は我に返った。由右子が何か自分に話しかけてきている。慎介は長い空白の中から生還した。
「えっ、ごめんちょっと考え事をしていた。」
「慎介さん………」由右子は言葉を継ごうとしたが、その先が出てこなかった。代わりに由右子の目に大粒の涙が拡がり始め、ついには一筋の糸のように流麗に由右子の白い頬を下った。慎介は今目の前の由右子が菜緒子の面影に重なって、軽いデジャビュに襲われた。
兄貴分の槙原が「おい、慎介」と目配せした。
由右子はハンカチで涙を拭いて、「ごめんなさい」と思案深げに言葉を継いだ。
「実は…皆さんにご相談したい事があるんです」由右子は躊躇いながら次の言葉を慎重に選んだ。
「姉の事なんです」一同の視線が由右子に集まった。由右子は一息ついて、事の経緯を話し始めた。
菜緒子が他界した時、彼女のマンションから引き取った家財道具一式は都内にある貸倉庫に預けられた事。 先月、菜緒子の1周忌の法要があった事。 そして、菜緒子の父母もようやく心の整理がついて、法要のあとで菜緒子の遺品を処分した事。由右子は菜緒子が特にお気に入りのアクセサリーや洋服をいくつか形見として譲り受けた事。菜緒子がプライベートと仕事兼用に使っていたノート・パソコンは他に誰も貰い手が無かったので、由右子が引き受けた事。由右子は時系列にあった事を涙を拭くのもわすれて神妙な面持ちで皆に話した。先週の日曜日に由右子は何の気なくそのパソコンの電源を入れたのだった。画面にいくつかのアイコンが現われ、その中の電子メールのマークが由右子の目を捕らえた。菜緒子の私信なので由右子は最初メールを開ける事に罪悪感を覚えたが、結局アイコンをクリックしてしまった。コンピューターがパスワードを要求してきた。由右子はいくつか姉に関して思いつくパスワードを入力したが、画面はロックされたままであった。最後に由右子は空欄に菜緒子のフィアンセの名前『慎介』とタイプしてエンター・キーを叩いた。数秒後には菜緒子の電子メイルのインボックスに10数通のメイルが届いていた。 菜緒子の行きつけの銀座のブティックから新作の案内が1通、アメリカ時代の友人からのメールが2通、その他はすべて菜緒子が会社の彼女自信のコンピューターから自宅の個人用のアドレスに送信したものだった。それは菜緒子が他界する2週間前から前日まで数回に分けて送信されていた。一同は何かに憑かれたように一言も発する事無く、由右子の話に聞き入った。
由右子は電子メールを古い順に読み進んだ。専門的な用語も多くて、すべてが理解出来た訳ではなかったが、その内容は菜緒子の上司が情報を操作して偽の稟議書を作成してある会社の債券発行に加担した事やその会社の社長に株のインサイダー取引を斡旋した事が書いてあった。菜緒子はこの事を知り彼女自身に危険が降りかかる事も感じていたようだ。
由右子が言った。「すべてを読み終えた後、私は姉が本当に交通事故死だったのかどうか、深い疑問を感じました。姉は慎介さんと一緒になる事を心待ちにしていました。ニューヨークでの挙式を夢に…」由右子は鳴咽し、言葉を失った。由右子は無言で円卓の下に置いてあってバッグから電子メールのコピーを取出すと慎介に手渡した。慎介は由右子の震える手から紙の束を優しく引き取った。慎介は真剣な眼差しでコピーされた紙の束を手繰った。槙原と学も席から立ちあがり慎介の背後から肩越しに書類を覗き込んだ。紙を捲る慎介の手が止まった。3人の目がメールに出てきた男の名前に釘付けになった。
槙原の声が痛恨の思いで震えた。「市田昭雄」
学が続いた。「この世で最低の下衆な詐欺野郎」
何処からともなく湧き出してくる憤りの涙で慎介は周りが何もかも滲んで見えた。慎介の声が水面に出来た波紋のように静まりかえった部屋に響いた。
「市田にはこの代償を払ってもらう、きっと……」
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