TOKYO IPO スマホ版はこちら
TOKYO IPOTOKYO IPOは新規上場企業の情報を個人投資家に提供します。



第1部

第2部
     


なぜ今、コモディティなのか?

女性のライフプランと公的年金

運用を取り巻く環境を考えよう

オンナのマネースタイル

■資産運用ガイド
いまさら聞けない株式投資の基本


意外と知らない?!投資信託の基本


試してみたい!外国株の基本


慣れることから始めよう外貨投資の基本


お金持ちへの第一歩 J−REIT


アパート・マンション経営


IPO最新情報や西堀編集長のIPOレポート、FXストラテジストによる連載コラム、コモディティウィークリーレポートなど、今話題の様々な金融商品をタイムリーにご紹介するほか、資産運用フェア、IRセミナーのご案内など情報満載でお届けしています!
東京IPOメルマガ登録


IPOゲットしたい!口座を開くならどこ?
FX(外国為替証拠金取引)ってなに?
FX人気ランキング
知らないと損しちゃう!企業の開示情報



第1章

1996年夏 東京

この日東京はその夏1番の暑さに見舞われた。慎介は朝9時から夕刻6時まで芝浦の商社のオフィスに缶詰になっていた。日本の商社と米国のエネルギー関連会社のコンソーシアムが落札したイランからトルコまでのパイプライン敷設のプロジェクト・ファイナンスの関係者合同会議にファイナンシャル・アドバイザーとして出席していたのだ。東京湾のウォーター・フロント開発で新しく建設された運河沿いの20階建のビルの上層の3フロアが商社のエネルギー部門のオフィスになっていた。会議を終えて、出席した商社側の顧問弁護士と米社の担当者とエレベーターでビルの1階のロビーまで下り、正面玄関のドライブ・ウェイで分かれた。慎介は疲労困憊で痛む目頭を押さえながら、ビルの前の道路で客待ちをしているタクシーに乗った。「恵比寿のシティ・スクエアまで」と行き先を告げた。『シティ・スクエア』は日本のビール会社が恵比寿にあった自社のビール工場の跡地を再開発して建設した一大コンプレックスだ。中核をなす地上30階地下3階の最新の機能を備えたビルにはビール会社の本社と店子として有名な外資系の金融機関が10数社入居している。スイス・インダストリアル・バンク東京はビルの24階から26階までの3フロアを契約している大手の店子であった。車はシャトー風の洋館を模したフレンチ・レストランの建物を右手に見て、その先を右折して反対車線を超えてビルの車寄せに入った。オフィスに戻って、慎介が疲れた体を自分の椅子に沈めるとデスクの上の電話が鳴った。「スイス・インダストリアル・バンク、朝岡です」
「よお、慎介。ブルームバーグのニュースのヘッドライン見たか」プライベートバンクの悪友清水学からだ。
「学。俺今戻ったばかりなんだ。何なんだ?」
「うちとリバティー・ワンが合併するらしい。スイスのお偉いさん方は皆向こう2週間、一切の海外出張・休暇が禁止され、スイス国内に待機するよう会長から御触れが出たらしい。とにかくニュースを見てみろよ」
「わかった」受話器を戻して、慎介はデスクの上のスクリーンを睨みながらキーボードにパスワードを打ち込んで、ブルームバーグの画面を呼び出した。スイス・インダストリアル・バンクの証券コードとエクイティ(株式)のファンクションキーを押した。スイス・インダストリアル・バンクの株価が表示される。249スイス・フラン、前日比15スイス・フラン高で取引きされている。スイス・インダストリアル・バンクに関連するニュースを見る為にニュース・コードを打ち込んだ。関連するのニュースが時系列に現れた。1番上のニュース見出しは
【本日午後、スイス・インダストリアル・バンク、米国リバティー・ワン社との合併を発表】とあった。慎介は詳細を見ようとヘッドラインにカーソルをあて、クリックした。ニュースの本文がスクリーンに映し出された。
【チューリッヒ発、8月10日、ブルームバーグ記者、本日スイス時間午後5時、スイス・インダストリアル・バンク経営最高責任者ヘンリー・シュミッド氏が米国第5位の投資銀行リバティー・ワンとの対等合併に関して記者会見を開く模様。 スイス・インダストリアル・バンクはスイスの3大金融コングロマリットの一角で、昨年来有力他社との合従連衡を画策。今春にライバル社のクレジット・ユニオン銀行が英系の投資銀行と合併、グローバル戦略の練り直しが急務となっていた。実現すれば、世界第3位の資金量を誇る金融グループの誕生となる。リバティー・ワン社は本件に関しニューヨーク市場が開く時間までは何もコメントしない模様。】
スイス・インダストリアル・バンクは1年程前にクレジット・ユニオンに買収を仕掛けたが、マスメディアに事前にリークされ、計画は失敗に終わった。EUの統合を目前に控え欧州でも各産業界で合従連衡の動きが加速化されていた。スイスでも3大製薬会社の2社が対等合併を発表したばかりだった。慎介はモニターの画面から目を逸らすと、この後起こりうるであろう社内の再編に思いを巡らせた。自分がまさに嵐の海に処女航海に出ようとする小舟に乗っているかのように思えた。慎介は居住まいを正すとデスクの左側にある電話器に手を伸ばした。受話器を手にとると学の四桁の内線番号をプッシュした。3回の呼出音のあと回線がつながった。
「プライベートバンク、清水でございます」とても丁寧な口調・声色の学がでた。
「俺達と違って流石にプライベートバンカーは上品だな」慎介はからかった
「なんだ、慎介か。ニュースは見たか?ついにうちにも金融再編の波が押し寄せて来たって事かな。明日、お昼でも一緒にどう?」受話器の向こうで学の明るい声が響いた。
「ああ、いいよ」
「それじゃ、明日、下の広場にあるカフェで11時半に」電話を切って慎介はふうっと深いため息を吐いた。慎介は何か思い付いたかのように再び電話器の受話器を手に取ると、今度は外線用の0番を押して都内の八桁の番号にかけた。数回の呼出音の後、くぐもった音質の呼出音にかわり3回なった後回線がつながる音がして英語のメッセージが流れた。
「The call has been answered by Liberty One Voice Mail. “Na-o-ko I-i-no” is not available at this time. To reach an operator during business hour, press zero. Otherwise leave a message after the tone. (リバティー・ワン・ヴォイス・メール・システムが応答しております。『イ・イ・ノ・ナ・オ・コ』はただ今応答がありません。営業時間中、オペレーターとお話になりたい方は0番を押して下さい。メッセージを残される方は発信音に続いて録音して下さい。)」留守を知らせるお決まりのボイスメールのフレーズだ。『イ・イ・ノ・ナ・オ・コ』の部分だけが彼女自信の肉声で録音されている。慎介はそのまま電話をきろうとしたが思い直してメッセージを残した。
「朝岡慎介です。俺達同じ会社の同僚になるようだね。戻ったら連絡下さい」
慎介は受話器を置くと、電話器の上の部分の横に長い液晶の表示パネルに目をやった。午後8時10分の表示。ニューヨークのプロジェクト・ファイナンスのチームと東京時間の午後8時にビデオ・コンファレンスが予定されていた事をすっかり忘れていた。慎介は脱兎のごとく部屋を飛び出すと非常階段を使って24階の会議室に向かった。
     <<前へ
次へ>>

Copyright © 1999-2008 Tokyo IPO. All Rights Reserved.