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第2章

1996年9月 東京

スイス・インダストリアル・バンクのプライベート・バンキング部門は『シティ・スクエア』のビルの25階の一角にあった。フロアを他の部門と共同で間借しているのだが、プライベート・バンクには専用の来客用玄関があった。ガラス扉を1枚隔てた内側は重厚な調度品を配したレセプション・エリアになっている。壁の一部を刳り貫いて作った棚の上部にはダウン・ライトが取り付けられ、その下にはオリエンタル・テイストの高価な陶器が飾られていた。床にはモダンなデザインのペルシャ絨毯が敷かれ、その脇には今風のイタリア製の黒革張りのチェアが3脚並べられている。入り口のガラス扉には監視カメラが取り付けられていて、人の出入りはすべて厳しくチェック出来るようになっていた。
時間の変更に次ぐ変更で延期されていた学とのミーティングをする為に慎介は25階のプライベート・バンクへ赴いたのであった。専用の玄関の前に立つと、脇の壁に取り付けられているインターフォンで来訪を告げた。「プライベート・バンキング」つっけんどんな年配の女性の声がした。慎介が学とのミーティングの件を伝えると、ガラス扉の鍵が解除される音がして、インターフォンのスピーカーから先ほどの女性の声が響いた。
「なかのレセプション・ホールにお入りになり、そちらの椅子にお掛けになってお待ち下さい」
慎介はガラスの扉を押し開いて中に入った。壁から床に至るまですべてに手間とお金をかけて装飾が施されたその雰囲気に慎介は圧倒された。受付のカウンター・テーブルのトップには天然の分厚い大理石が荘厳に鎮座しており、その後ろの壁には江戸時代末期のものと思われる屏風絵が掛けられていた。受付カウンター・テーブルの脇のドアが開いて先ほどインターフォンにでた秘書と思われる年配の女性が現われた。オーソドックスなグレーのジャケットとスカートを着て、足元には黒の艶を失ったエナメルのパンプスを履いていた。首に巻かれたエルメスと思しきスカーフが彼女なりの精一杯のお洒落なのだろう。プライベート・バンクのビジネスの本質同様にスタッフも皆保守的で暗い地味な感じなのだろうか。慎介は応接室に通された。
「清水はただ今参ります。お飲み物はコーヒーで宜しいでしょうか?」容姿とはうらはらに彼女の声には威圧的な力強さがあった。
「ええ、結構です。」慎介は言った。応接室はモダンなイタリア家具で統一されていた。白をベースにしたソファやテーブルが配され、サイド・テーブルやフロア・ライトはアクセントをつけるように赤い色の物が置かれていた。慎介はプライベート・バンクがつくづく自分とは違う世界の商売である事を痛感した。暫くして学がファイルを2冊小脇に抱えて部屋に入って来た。
「お待たせして申し訳無い」学は詫びた。
「俺のほうこそ何度もスケジュールを変更してすまない」慎介は応接室で待つ間プライベート・バンクが全く自分から遠くかけ離れた存在に思えた事や初めてプライベート・バンクのオフィスに来てその雰囲気にすっかり呑まれてしまった事を学に話した。
学は笑って「プライベート・バンクなんて横文字で言うと聞こえはいいけどな、本質は金持ちの御用聞きってことだよ」
慎介にそう言われて学は改めて部屋全体を見回し、ちょっと間をおいてから口を開いた。
「早速本題に入らせてもらうよ。実は投資銀行部様からご紹介頂いた株式会社大亜精鋼の大澤社長の件でちょっと相談があるんだ。現在、投資銀行サイドでは大亜精鋼と何か具体的な取引きはあるの?」学が尋ねた。
「特には無いな。大亜精鋼は90年前半からアジア地域で過大投資をしたんだよ。その後、競合他社も追随して競って工場を建設し、市場は完全に供給過多に陥ってしまったのさ。主力商品のベアリングの価格は暴落して、焦った社長は多角化に手を染め、方々で無謀な投資をしたんだ。結果は推して知るべし、公家の何とやら。2期連続して、営業利益・経常利益共に真っ赤かさ。社長はなんとかリカバリー・ショットを打とうとマレーシアでの新規事業を計画したんだ。その件でうちのシンガポール支店に融資の依頼をしてきたんだけど、御多分に洩れずうちの融資基準もグローバルに厳しくなっただろう。当然、融資の依頼は門前払いさ」慎介は学の真意を探るように話しを続けた。
「投資銀行部にもスイス市場での債券発行の話が大亜精鋼の国内主幹事の山川証券の事業法人担当経由であったけど、これも同様に却下されたんだ。今の大亜精鋼のバランス・シートの信頼性がデューデリジェンスで問題になる事が明らかだったんでね。大亜精鋼の傘下には複数のグループ会社があるだろう。大澤社長はグループ会社のバランス・シートを使って、売上・利益の移転を巧みにやっているらしいって専らの噂なんだ」慎介は前に出されて冷えてしまったコーヒーを口にした。
「それっていわゆる一種の『飛ばし』って事?」学は不安そうに尋ねた。
「まあ、そういうことになるのかな」慎介はためらう事もなく言い放った。
「何だよ。ひとごとみたいに。慎介、大亜精鋼だっておまえのところの顧客だろう?」
「かつてはな。だが、大澤社長は大きく舵取りを間違えたんだ。市場の動きに沿って、ある程度持ちこたえる事が出来る位置で、堪え忍ぶ時期に大きな賭けに打って出てしまったのさ」慎介は投資銀行部における現在の大亜精鋼の扱いに付いて言及した。
「それで、大澤社長は学のところに何か言ってきているのか?」
「これは顧客の秘密なのでプライベート・バンクとして話す事は禁じられているんだ。だから、慎介、友人としてあくまでも一般論として聞いてくれ」学は何時になく慎重に言葉を1語1語吟味するように選んで話しを続けた。
「うちがある会社のオーナー社長に、彼が所有する会社の株式を担保に融資をしているとしよう。会社の業績はあまり振るわず、会社の株価も下がる一方だ。会社はこの危機を脱するために可能性のある分野に投資を計画するが、必要な投資の資金が調達出来ない。社長はさらに自分の持ち株を担保に拠出して、融資の依頼を金融機関にするのだが・・・…」慎介は学の話を聞きながら大亜精鋼がかなり難しい状況にあると思った。
慎介は途中で学の話を遮った。
「かなり、困難な内容だな。うちにリスクが無い範囲であれば、まだ対処する方法はあるだろうが、もうすでにうちのリスクの許容範囲を超えているんじゃないか?」
学は眉間に皺をよせた。
「それじゃ、どうすれば?」
「これはもうマネジメントの判断を要するレベルだと思う。学、まず、おまえの上司に入ってもらって、投資銀行部と話しをしたほうがいいだろう。現在は仕事はないにしても大亜精鋼は投資銀行部のクライアントであることにかわりはないからな。特に今後のリストラの案件で、M&A関連の部門売却の仕事の可能性もあるしな」
「わかった。そうするよ」学が神妙な面持ちで答えた。
「ご承知のとおり、投資銀行は金に成らないと腰があがらない奴等ばかりだからな。大澤社長の保有する残りの株式の担保価値については何とか俺のほうでバリュエーションしてもらうよ。だから、至急、詳細に付いて連絡してくれ。」
学の顔にいつもの笑顔がもどった。
「プライベート・バンクの顧客に関することだから、今後取扱いは慎重に頼むよ」学が念を押した。
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