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第4章

1997年5月 東京

5月の連休が終わり、東京の街は初夏の香りを漂わせ始めていた。例年の如く3月末決算の本邦企業による連日の業績発表で各金融機関のエクイティ・アナリストは1年でもっとも多忙な日々を送っていた。アナリスト達は業績発表に続いて各企業が独自に開催する決算説明会に出席してより精緻な数字をトップ・マネージメントの口から聞き出し、レポートを作成するのである。菜緒子の所属するエクイティ・キャピタル・マーケット部も各社の業績の動向にあわせて、今後の営業戦略を見直す為の準備期間で、連日連夜、エクイティ・アナリスト、投資銀行部の営業スタッフと合同会議が夜遅くまで続いた。
その日の会議の中で大亜精鋼社の件が検討された。大亜精鋼の97年3月期の数字は社員一丸となった営業努力の甲斐あってか増収であったが、加速した価格競争には追いつかず、営業利益・経常利益共に減益となったのである。ユナイテッド・リバティーのエクイティ・アナリスト中村純子は引き続き大亜精鋼の株に『売り』の評価を付けた。会議には投資銀行部からは部長のダニエル・マイヤーと慎介、西野力、エクイティ・キャピタル・マーケット部から、菜緒子と湯川亜実、アナリストの中村純子が出席していた。
「大亜精鋼の業績については早急に回復する可能性は薄く、決算説明会でも大澤社長からは今後の明確な方向性は示されませんでした。質疑応答でもいくつか今後の対応策についての質問がなされましたが、適切な回答はなされませんでした。少なくとも大澤社長の口からリストラ計画の詳細が明言されない限り、大亜精鋼の株を買う投資家は暫く現われないでしょう」東大卒、ハーバード・ビジネス・スクールを出た中村女史の無機質な冷たい声が大会議室に響き渡った。
慎介が続いた。「いま中村さんが言われたように今後リストラは大亜精鋼にとって急務です。投資銀行部としては大亜精鋼との昔からのリレーションを梃に、是非、リストラに絡む部門売却などのM&A関連の仕事を獲得したいと考えています」慎介はやや間を置いた。
「それから、旧スイス・インダストリアル・バンク主幹事で発行された大亜精鋼の2億スイス・フランの普通社債の満期がこの10月末に到来します。現在の大亜精鋼の収益状況では償還資金を市場から再調達するのはかなり難しいと思われます。エクイティ債に至っては現在の株価からみても議論の余地さえありません」
「うちも同じ意見です」菜緒子が付け加える。
慎介が説明を続けた。「日本の銀行の保証を付けた形での債券発行という話もありますが、本邦金融機関の国際市場での信用力の低下は著しいものがあります。欧米市場の投資家がとることが出来るクレジット・リスクに見合う日本の銀行は目下、財閥系トップの国際四菱と日本産業銀行の上位2行だけです。残念ながら大亜精鋼は二行とも取引きがありません」
「大亜精鋼は償還は無事出来るのかね?」マイヤーが不安を隠しきれず尋ねた。
「メイン・バンクの東名銀行の出方次第です」
「東名銀行が保証を付けても債券発行は無理なのだろう?」
「ええ、残念ながら、現在の東名のクレジットでは」
「何としてもディフォルト(債務不履行)だけは避けねばならん。スイス・インダストリアル・バンクの看板に傷がついてしまう」マイヤーは合併後の名称『ユナイテッド・リバティー』でなく、慣れ親しんだ旧社名の『スイス・インダストリアル・バンク』の名前を口にした。
マイヤーは咳払いをすると、すぐに言い直した。
「我が社つまり『ユナイテッド・リバティー』の看板をだな」
「現状からして、銀行からの融資の線が濃厚かと思われます。大亜精鋼の財務部長の本田さんはすでに東名の融資担当者と話しを始めている模様です」
「本件は最重要事項として今後、話の進展があり次第逐次報告をするように」マイヤーはお決まりの文句を面白くなさそうに言った。
「わかりました」
「西野君、大亜精鋼の資産を有効利用したアセット・ファイナンスの可能性はどうなのかね?」
西野力は投資銀行部で専らストラクチャー物とよばれる商品の営業に従事していた。
「慎介から頼まれてその件を調査しました。」
「それで、結果は」マイヤーは先を急いだ。
「答えはノーです。大亜精鋼の主な資産は全て担保に供されています。アセット・ファイナンスに利用出来るような資産は残っていないようです」西野は恭しく答えた。
「とすると残る可能性は部門売却しか無いようだな」マイヤーは憮然とした面持ちで締め括った。

会議は午後8時半に終了した。閉会後、マイヤーはスイスの本店とのビデオ会議に出席する為に専用の会議室へ急いだ。残った慎介達は会議室の電源を落すと退出してエレベーター・ホールに続く廊下に出た。
大きな欠伸を一つして亜実が言った。「ねえ、お腹空いてない?」
「そうね、5時からノン・ストップだものね。慎介達は?」菜緒子が同意を求めるような顔で尋ねた。
「まあな。」
「それじゃ皆で地下の小皿料理の居酒屋にでも行って何か軽く摘ままない?中村さんも、西野さんもご一緒にどう?」
「私はまだ今夜中に書き上げなければならないレポートがあるから失礼します」にべも無い返事だ。
一同は中村女史がエレベーターに乗り込むのを見送った。
「西野さんは」気を取り直して菜緒子が尋いた。
「あの、僕は…」妙にかしこまってしゃべろうとして力は言葉につまった。西野力は体育会ラグビー部出身でバンカラな性格ながらシャイな一面を持っていた。
言いよどんだ西野力に向って慎介が言った。
「力、何気取ってんだよ。こいつ何もおまえのこと取って食ったりしないから安心しろよ」
「慎介、失礼よ。西野さん今慎介が言ったことは軽く無視してね」
「ねえ、どうするの」焦れた亜実が吠えた。
「じゃ。O.K.ということで。20分後に下のレストランで。私、予約いれておくから」

大亜精鋼の財務部長の本田千秋から電話があったのはその数日後であった。
「ユナイテッド・リバティー、朝岡でございます」
受話器の向こうからこてこての関西弁が響いた。
「あっ朝岡さん? 大亜精鋼の本田やけど」
「ああ、本田部長、いつもお世話になってます」慎介は調子がくるい苦笑してしまった。
「挨拶はよろしい。朝岡さん、実はえろう困っとりますのや。先般、おたくから10月のスイス・フラン債の償還資金をいまの大亜精鋼の状況で再度市場から調達するのが困難しい言う話を貰いましたな。その後うちとこの大澤社長にも報告しましたのや。そしたら、えろう腹立てはってな」本田の声はもう今にも泣き出しそうな哀れな弱々しいトーンであった。
「それで大澤社長はどうしろとおっしゃっているんですか?」
「ほら、おたくの、ほれ何と言いました。うちとこの株の宣伝書いてくれはるお嬢さん」
「ああ、アナリストの中村純子ですね」
「そやそや。いっぺん、その中村さんと朝岡さん2人で社長に詳しい説明をしてほしいんですわ」
「わたしと中村でですか。投資銀行部長のマイヤーも同行させましょう」
「いや、外人さんはよろしいで。話がややこしゅうなるよってに」
「ええ、わかりました。それで、いつぐらいがよろしいでしょう?」慎介は本田のペースに押され気味であった。
「明日の午後でどうです?」
「では、中村の都合を聞いてご連絡申し上げます」
慎介はこれから始まる大澤とのやり取りを考えただけで吐き気を感じた。慎介は部長のマイヤーに手短に且つ簡潔に状況を報告すると中村女史のスケジュールを確認して本田にミーティングの確認の電話を入れた。
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