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「ユナイテッド・リバティーの清水です」
「ああ、清水さんご無沙汰してます。それで今日はまた何か」
「昨年の末にお話してから、いろいろと面白そうな情報を提供しているのですが、大澤さんのほうで既にいろいろご投資されているようで…」
「ええ、清水さんからの情報は大変参考になっていますよ。実に素晴らしい」大澤は学に約束した事など最初から存在しなかったの様に振る舞った。
「それで、お約束の件なんですが・・・?」
「お約束?なんでしょう、何か約束しましたでしょうか」
「新規に20億円をお預け頂くと言う話ですが…」
「ああ、そう言えばそんな事を話しましたかねえ」大澤はしらばくれた。
「そういうお約束で私もスイスの本店に大澤さんにとって有益になると思われる情報を用意させたんですから」普段は冷静な学もこの時ばかりは憤慨した気持ちが声に込められていた。
そんな学の雰囲気を素早く察知して、大澤は反撃に転じた。
「清水さん、たしかにおたくから頂戴したいろいろな情報はとても参考になりましたよ。でもねえ、それが他と比べて飛びぬけてすごい情報と言う事でもないと思うんですよ。他のプライベート・バンクからも実はかなり素晴らしい情報を貰っていましてね・・・」大澤はそこで少し間を置いてから続けた。
「それに、私としてはおたくのグループ全体の収益にはかなり貢献しているんですよ」
学は大澤が何を言わんとしているのか、その意図するところを掴む術がなく、不可解な顔をした。
「ああ、清水さんのお耳にはまだ入っていないんでしょう。実は大亜精鋼のファイナンスの主幹事をまたおたくの市田さんのところにお願いすることに決めたのですよ。その手数料収入だけ見てもらっても私がかなりおたくに利益をもたらしている事がおわかり頂けると思いますがねえ」大澤の不敵な笑みが受話器を通じて感じられた。大澤はまた市田と裏で何かいろいろと工作しているんだ。学はそう思うとやり場のない怒りを感じたのであった。
「まあ、悪いようにはしないから、これからも情報のほうを宜しくお願いしますよ、清水さん」大澤は悪びれることも無くそう言い放ったのであった。
「しかし、大澤さんにお約束頂いたことをもとに私も内部で動いてきた手前・・・」学が最後まで話す前に大澤が遮る様に言った。
「清水さん、ちょっと来客があるので、またこの続きは後日お願いします。先ほど申し上げた通り決してあなたに悪いようにはしないから心配しなくてもいいですよ。それではまた」そう言うと大澤は一方的に電話を切った。学は回線の切れた受話器を握りしめたまま、顧客として大澤のことを守ろうとしていた自分は一体何をしていたのだろうと思うようになっていた。清水学は再びパソコンで大澤の口座の内容を確認した。大澤は学が情報を提供した株以外にもいろいろな銘柄の株を今年にはいってから活発に売買していた。それらの銘柄のいくつかは学の記憶に何かを訴え様としていた。学は何だかすっきりしなかった。気晴らしにコーヒーでも飲もうと席を立つ為に、コンピューターをロックしようとした時、Eメールの受信を知らせる音がした。気を取り直してEメールのイン・ボックスを開けると、コンプライアンス部から毎日送られてくる株の取引制限銘柄の連絡であった。それを見た瞬間、学の頭の中のもやもやとした霧が一斉に雲散しさんさんと光が差し始めた。そうだ、ユナイティッド・リバティーが何らかの理由で取引を制限した銘柄の株式を大澤は売買していたのだろう。学は気になった銘柄についてコンプライアンスに電話を入れて確認した。そして結果は学の考えた通りであった。コンプライアンスが売買を制限している期間に大澤はそれらの株を購入して、短期間の間に売却していたのであった。また、市田の奴と一緒になってインサイダー取引に手を染めているんだな。そう思うと、清水学は自分がこれから慎介の計画に関わっていく事に対するプライベート・バンカーとしての良心の呵責が薄れて肩に圧し掛かっていた重苦しい気持ちがすっと消えていくのを感じた。
 
3月も後僅かで終わろうとしていた。3月末決算の対策のために株も売りこまれ、株式市場は方向感の無い展開となっていた。少なくとも明るい材料はまったく無かった。大亜精鋼の株価は年初来出来高も細り、300円台前半のボックス圏で一進一退を繰り返していた。本山憲造は市田の命令でなんとか株価を600円台にまで持っていくような策をいろいろと思案していたが、解決策に繋がるようなアイデアは全く無かった。アナリストの鈴木太郎にも好意的なレポートを作成するように指示したが、前のM&Aの時の苦い経験からか、鈴木は大亜精鋼のレポートを書くことを頑なに拒否した。そんな頑固な態度の鈴木を見かねて、本山は脅すように言った。
「鈴木さん、これは市田さんの命令なんですよ。その意味する事があなたもわかりますよね」
「たとえ市田さんの命令でも、無理なものは無理です。それに僕への信用は先のM&Aの件を好意的に書いてしまった時点で消失していますからね」鈴木は皮肉交じりにその細い目に笑みを浮かべて言ったのである。
「鈴木さん、市田さんにはたてつかないほうがいいと思いますよ。暫くここにいらっしゃると言うのであればね」本山は意味深な笑みをたたえて言った。
「いや、私はたてつこうなんて思っていませんよ。ただ何の材料もない時に大亜精鋼のレポートは書けないと申し上げているんです」鈴木は神経質そうに何度も眼鏡の位置を直していた。
「それじゃ、君は命令に従わないというのだね」
「本山さん、レポートはあくまでも客観的な情報に基づき中立の立場で書かれるべきものではないでしょうか。そこにあまりにも恣意的なものが入る事はどうかと思いますが。いま命令されている事は客観性からは程遠い事ですよ。それに・・・」鈴木は先を続けるのを躊躇した。
「それに、何ですか?」本山が先を急かした。
「私聞いたんですよ。前任のアナリストの方が何故ここを辞められたか。本山さん達はまた同じ事を繰り返そうとしてらっしゃるんじゃないですか」本山はずばり核心をついた質問を投げかけた。本山はそこまで鈴木太郎が反論してくるとは予想だにしていなかった。鈴木の質問は強烈な1発のボディー・ブローのように本山の鳩尾をえぐった。本山は狼狽した自分の気持ちを見せまいと咳をしてごまかした。
「そんな事、誰に入れ知恵されたのか知らないが、噂に惑わされちゃいけないよ。今回の大亜精鋼のファイナンスのプロジェクトはうちにとっても大変重要なものなんだから」
「本山さん、この件はリサーチ部長のサイモンには話されているんですか」
そんな事をリサーチの部長に話せる訳が無かった。だから市田と本山は自分たちの言う事なら何でも聴きそうな気の弱そうな奴をアナリストとして採用していたのだから。
「ああ、それは市田さんのほうから話がいっているとは思うが」
「そうですか。私はこの件についてはサイモンから指示が無い限りは動きませんので。一度サイモンのほうと話をしてください」
追い詰められた鼠は完全に反撃に転じていた。本山は鈴木太郎の性格について十分に把握できていなかった事が今更ながらに悔やまれた。もう鈴木には脅しは通用しない事がわかった。この事をどう市田に報告したらよいのだろう。そう考えただけで本山は背筋が冷たくなった。
「本山さん、ほかに何もないようでしたら、私はこれで失礼します。このあと別のミーティングが1つはいっていますから」そう言うと鈴木は本山を会議室に1人残して退出して行った。本山は寒々しい真冬の浜辺に打ち上げられた漂流物のように寂しくその空間にひとりぽつんと置かれているオブジェの様であった。ここから逃れられたら自分の精神はどれだけ楽になるであろう。本山は漠然とそんな思いを心の中でつのらせていた。
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