ＩＰＯ最新情報や西堀編集長のＩＰＯレポート、ＦＸストラテジストによる連載コラム、コモディティウィークリーレポートなど、今話題の様々な金融商品をタイムリーにご紹介するほか、資産運用フェア、ＩＲセミナーのご案内など情報満載でお届けしています！
|
|
|
|
第33章
2001年4月東京
日本の景気の低迷は依然続いていた。次々に発表される各種の経済指標はそうした景気の実態を如実に物語っていた。新内閣が発足し財政改革に向けたいろいろな議論がなされたが、具体的な財政再建計画も発表される事なく先行きに対する不透明感から、外人投資家も日本の市場から資金を引き上げ、当面は様子見の態度を決め込んでいた。東京の株式市場は依然方向感覚を失ったまま、超低空飛行を続けていた。ところが、4月に入ってから、大亜精鋼の株は長い眠りから目を覚ました竜のように連日上昇を続けていた。市田昭雄が以前のように頼りにならないと見きりをつけた大澤源太郎は年初来主幹事証券会社のニュー・ライフ証券の副社長に揺さぶりをかけていたのであった。大亜精鋼は中堅のニュー・ライフにとっては数少ない大口の法人客で、渋々大澤の依頼を受け入れて、3月の決算を終えてから、大亜精鋼の株を自己勘定および投資信託のポートフォリオの中に組み入れる約束になっていたのだ。しばらく出来高も薄くなっていた大亜精鋼の株はニュー・ライフ証券が動き出した事によって一本調子で上昇し、4月半ばにはあと僅かで500円というところまで回復していた。
市田昭雄と本山憲造は客との宴席を終えて車でオフィスに戻っていた。程よく酔っ払ってご機嫌の市田が窓の外を見たまま訊いた。
「大亜精鋼のファイナンスの件はどうなっているんだ」
「前にお話しましたように、東名銀行が条件をつき付けてきたんで、予定を1カ月早める形で準備しています。それからどうも大澤社長がニュー・ライフ証券に話をした様で、4月にはいってからニュー・ライフの買い手口が増加して、このマーケットで株価も順調に上昇しています。600円台まで回復すれば問題無く転換社債は発行できます。たとえ600円台に届かなくても500円台の後半であればいけるとうちのロンドンのデスクも言っていますし･･･」
「ああ、そうか。大澤さんもついにニュー・ライフ証券にまで揺さぶりをかけたか。たぶん幹事証券会社を換えるとか言って奴らのことを脅したんだろうな。ニュー・ライフには気の毒だが、何とかこの調子で株価が上昇していってほしいもんだな」いつもの市田らしくなく、疲弊した様子であった。
「問題はアナリストの鈴木の事ですが･･･」本山が市田の逆鱗に触れないように機嫌を覗いながら恐る恐る言った。
「前におまえから報告を受けた時からどうしようかと考えていたんだが、今じゃ前の中西の時とは状況が違うからな。鈴木の奴はリサーチ部門の所属だから、たとえ俺が投資銀行部の長で東京全体の責任者であっても、それをリサーチ部長のサイモン・ゴールドウィンにごり押しするのはちょっとな。大亜精鋼の件については内容が内容だけに悩ましいよな。後々社内で俺達の悪い評判がたっても困るからな･･･」いつも強引に事を運ぼうとする市田にしては珍しく慎重な意見であった。
「鈴木の奴も、大亜精鋼の件についてはとてもナーバスになっていて、レポートを書かせるのはとても無理でしょう。昨年の例の買収案件の時に無理強いして書かせたレポートの事を今でも根にもっているようですから。ですから逆に今回のプロジェクトからははずしておいたほうがよろしいかと思いますが」本山は率直に自分の意見を述べた。
「それじゃ、準備に誰をつけるつもりなんだ」
「市田さん、実は急に思い出した事がありましてね」本山はしたり顔で言った。
「何をだ」早く言えとばかりに市田は本山の方に身を乗り出していた。
「実はあの死んだ飯野菜緒子の妹の飯野由右子なんですが、前の大亜精鋼のファイナンスの時にファイナンスに関連して投資家に配布する資料等を作成する為に雇った広告代理店に務めていまして、前回のファイナンスの時にもいろいろと関わっていたんですよ。大亜精鋼の本田財務部長も彼女の事はとても気に入っている様ですし、ここはひとつ彼女に手伝ってもらうのが得策だと思うのですが、どうでしょうか？」
市田は神妙な顔をして本山の提案を様々な角度から考察してみた。飯野由右子は小売のシニア・アナリストのアシスタントであった。しかし実際にファイナンスのマンデートは大亜精鋼から貰っている訳だから、リサーチ部長のサイモンに昔の経緯を説明して頼めば、別に怪しまれる事もないであろう。
「よし、今回はその線でいこう。早速明日にでも俺の方からサイモンに頼んでみよう」 |
|
