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その週末の土曜日は梅雨の中休みで、久しぶりに青空が広がっていた。お昼ごろにベッドから這いずり出て、熱いシャワーを頭から浴びて、キッチンでコーヒーを煎れていると、シェリーが足元にまとわりついて来て、朝食を強請った。
「シェリー、おはよう。お腹が空いたのか?ちょっと待ってろ今缶詰開けてやるから」
シェリーはひと鳴きすると、じっと慎介の様子を見つめていた。慎介は缶詰の中身をお皿に移すと、キッチンのフロアにそっと置いた。
「今日は菜緒子の妹が来るんだよ」慎介はシェリーの背中を撫でながら言った。
慎介はコーヒーを持ってリビングのソファーに腰を下ろすと、新聞や溜まった手紙の類に目を通した。暫くして、インター・フォンが鳴った。
インター・フォンの小さなモニターに大きな紙袋を抱えた飯野由右子の姿が映っていた。慎介はオート・ロックを解除して、由右子を中に招きいれた。慎介は玄関の扉を開けて、由右子がエレベーターで上ってくるのを待った。暫くするとエレベーターの扉が開いて、由右子が降りて来た。黒のノー・スリーブのニットに黒のパンツ、黒のエナメルのドライビング・シューズに黒いハットまで被っていた。
「ごめんなさい。ちょっと遅れてしまって」
「大丈夫だよ、ちょっと前に起きたところだから。さあ、中に入って。それにしても、黒尽くめでこれからどこかに忍び込む女スパイみたいだな」
「まあ、似たりよったりの事をしようとしている訳ですから」由右子が服装の色とは対照的な爽やかな白い歯を見せて笑った。
慎介は由右子を奥のリビング・ルームに案内した。由右子は紙袋を床の上に置くとソファーに腰をおろした。朝食を済ませて、身繕いをしていたシェリーがキッチンから現れて、由右子の足元に擦り寄っていった。
「人懐っこい猫ですね。何て言う名前なんですか」
「シェリーっていうんだ。菜緒子とは仲良しだったから、由右子ちゃんとも巧くやっていけるんじゃないかな」
「へえ、君は私のお姉ちゃんの知り合いなのね」由右子がおどけた調子で言った。由右子は何気なくリビングのサイド・ボード目を遣った。そこには慎介と姉の菜緒子が2人で大学のキャンパスで撮った写真が飾ってあった。2人とも白い歯を見せて笑っていた。由右子は急に胸が締め付けられて、目に熱いものが込み上げてくるのを感じた。慎介はそんな由右子の様子を察知して、優しく声をかけた。
「由右子ちゃん、過去を振り返っても、菜緒子は帰ってこないんだ。だけど、僕らがやるべき事ははっきりしているから・・・」
「すみません」由右子はバックからハンカチをとりだしてそっと目頭を押さえた。
「それじゃ、はじめようか」慎介が元気づける様に言った。由右子は大きな紙袋からいろいろなものを取り出して、リビングのテーブルの上に並べていった。半透明のA4サイズのトレーシング・ペーパー、糊の入ったチューブ、大き目の刷毛、特殊な形をしたカッター・ナイフ、白い手袋。
「慎介さん、まずこの手袋をしてください、指紋が一つでも残るとまずいですから」慎介は由右子から手袋を受け取るとそれを両手にはめた。
慎介は会社から持ち帰っていたユナイテッド・リバティー東京の便箋が30枚ほどの束の入ったクリアファイルをテーブルの上に置いた。由右子はテーブルの上に古い新聞を広げて、会社のマークの入った便箋を1枚おいて、その上にトレーシング・ペーパーを重ねた。
「サインの場所ってこのあたりでいいと思います?」由右子が訊いた。
「もう少し下のほうかな」
由右子は慎介が指示した場所に鉛筆で軽く印をつけた。それからトレーシング・ペーパーを外すとそれを新聞紙の上において印をつけた個所をサインの入る大きさ分だけ丁寧に定規をあててデザイナー用の特殊なカッターで切り取った。由右子は同じ作業を六回繰り返して、6枚のトレーシング・ペーパーに長方形の穴を空けた。
「こんどはこれを便箋に貼り付けます。慎介さん、何か平たいお皿を一つ貸して頂けますか?」
慎介は一旦キッチンに引っ込むと、カレー皿を1枚手にして戻ってきた。
「こんなのでいいかな?」
「ええ十分すぎるくらいです」由右子は皿を受け取るとそのうえにチューブから糊を出して、刷毛で糊をかき回した。次に由右子はカラー刷りのマンションや車のチラシ広告をテーブルの上に広げて、先ほど穴を空けたトレーシング・ペーパーをその上にそっとのせ、糊のついた刷毛で手際よく、万遍なく均等に糊を伸ばしていった。糊のついたトレーシング・ペーパーを破れないように両端を摘まんでそっと持ち上げるとそれを用意したユナイテッド・リバティー東京の便箋の上にきれいに重ねるようにおいて4隅がずれないように慎重に貼り付けた。トレーシング・ペーパーは便箋に鎔け込んでしまったかの様に一体化していた。カッターで開けた長方形の穴がどこにあるのかさえよくわからなかった。
「由右子ちゃん、すごいじゃないか」慎介は感嘆の声を上げた。
「有り難うございます。この糊は速乾性が高いので5分ほどすれば完成です」そう言うと由右子は残りの5枚を同様に便箋に貼り付けていった。シェリーがソファーの端に座って興味深そうにじっと様子を覗っていた。
「コーヒーでもいれようか」慎介は由右子を労った。
「便箋を汚すといけないから一気にやってしまいましょう」そう言うと由右子は腕時計を見た。
「もうそろそろ大丈夫です。5分以上経ってますから」由右子は完成した六枚の便箋を束ねた。次は便箋にカモフラージュ用の書類を印刷する事になっていた。慎介がテーブルの脇においてあったブリーフ・ケースから1枚のフロッピー・ディスクを取り出した。
「市田昭雄の名前で出せそうなお礼状と昇進のお祝いの手紙を用意してきたよ。この類のものであれば市田も簡単にサインするだろう。パソコンは向こうの部屋にあるから」
慎介は由右子を案内してパソコンが置いてある部屋に移った。慎介はスイッチを入れるとパソコンがたちあがるのを待ってフロッピー・ディスクを差し込んで、用意した手紙を呼び出した。慎介は手紙の日付を変えると1枚プリントしてそれを用意した便箋に重ねてライトにかざしてみた。切り取られた長方形の部分がちょうどサインをする位地に重なっていた。慎介は細工をした便箋に印刷をする為にプリンターに紙をセットしようとした時、無意識のうちに手袋をはずそうとした。
「だめ、慎介さん、手袋」由右子が咄嗟に声を上げた。慎介ははっとして、自分の不注意を恥じた。心臓の鼓動が早くなっていくのがわかった。慎介は気を取り直して便箋をプリンターにセットすると、再度、手紙の宛名と日付を確認して、カーソルをプリンターのマークの上に移動させてマウスをクリックした。2〜3秒遅れてプリンターは低い唸るような音をたてて1枚の手紙を吐き出した。慎介はそれを手袋をした手でそっと取ると細部にわたるまで目を走らせた。見事な出来栄えだった。完成した手紙を再度ライトにかざすと切り取った長方形の穴の部分の色がかすかに違うのがわかる程度であった。
「すごいじゃないか」慎介はそう言うと他に用意した手紙を3つ呼び出して、同様に便箋に印刷したのであった。
「4部あれば大丈夫だろう」そう言うと慎介は自分の指紋がつかないようにその4枚の手紙を丁寧にクリアファイルの中にしまった。「慎介さん、それじゃ、1枚使って、試してみませんか」由右子が提案した。慎介は最後に印刷した手紙をもう1度便箋の上に印字して、サインの位地に無造作にペンを走らせた。2人はお互いの顔を見て目で確認しあうと、由右子がその手紙を手にとって隅のほうからカッター・ナイフを使って薄いトレーシング・ペーパーの一部を剥がすと、そこを摘まんでゆっくりと桃の皮を剥く様に便箋からトレーシング・ペーパーを剥がしていった。半透明のトレーシング・ペーパーには先ほど印刷した文字達が踊っていた。糊はほとんどがトレーシング・ペーパーに付着していて、便箋にはほんの少し薄いゴムのような塊が残っていた。由右子がそれを新品の消しゴムでそっとなぞると垢のような塊になってボロボロと便箋から剥がれていった。最後には慎介の殴り書きのサインがポツンと残された1枚の便箋となった。慎介は目を見張った。
「完璧だ。これで市田のサイン入りの偽の請求書が出来る」慎介はあたかも自分に話しかけている様に言った。
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