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第35章
 
2001年7月東京
 
清水学の前に朝岡慎介と飯野由右子は神妙な表情で並んで座っていた。清水学から、今回の市田への罠についての次の指示を貰う為のミーティングをひと気の無いプライベート・バンクの応接室で開いたのである。時計は午後10時30分をまわっていた。
「慎介、実は市田の匿名口座から一部の金を別に移す件だけど、グランド・ケイマン島に既に設立されたペーパー・カンパニーを買おうと思うんだ。この間、渋谷のネット・カフェに行った時、いろいろ調べたんだけど、約5000ドルほどかかりそうだけど、いいかな。一応了解を事前に貰っておこうと思って」
「ああ、その費用は全部僕が出すから、言ってくれ」
「わかった。それじゃこの件は約1週間ですべて完了させるよ。それから、市田のスイスの口座から直接グランド・ケイマンに送金するのでは、横領が明るみに出た時にすぐに追跡されるから時間稼ぎに間にひとつ駒を入れるよ。地中海のキプロス島にある銀行を使うんだ。よくロシアへの送金の際に使われる銀行なんだ。かなり怪しい資金が行き交っているところなんだよ。まず、そこに送金して、そこからグランド・ケイマンのペーパー・カンパニーの口座に送金する。その先は匿名でここにある10の慈善団体に2億円づつ寄付の形で送金する支持を予め出しておくので、資金が振り込まれると同時に10箇所に分散して資金が出ていく事になるんだ。そうなると、それから先の調査はかなり困難になるだろう」学は慈善団体の名前が書かれたリストを手渡すと送金の際のからくりを詳細に説明した。
「それで市田には事前にこれらの資金の移動の為の指示を出して貰うことになる。当日は奴はモンテカルロにいて何が起こっているのかも知らずにギャンブルをしているという事になるんだ」学が続けた。
「場所は世界有数のカジノの街だ、大博打をやれば億単位のお金が消えても不思議はないさ。もちろん賭博だけでそれだけの大金を市田が使ったというシナリオに結びつけるのは難しいが、それでも、お金が消えたその瞬間に市田がモンテカルロにいるというのは何か訳ありでなかなかの舞台道具になるんじゃないかな」
「いろいろな意味で、事が発覚した時に市田にとってはあまり好ましくない状況であるって事ですよね」由右子が言った。 
「グランド・ケイマンのパーパー・カンパニーから慈善団体への送金指示はどうなるんだ」慎介が質問した。
「それは、今後パーパー・カンパニーを購入した時に手配するから、こちらのほうはすでに僕らの手中にあると思っていいよ。ペーパー・カンパニーを譲渡してもらった時点で、会社が地元の銀行に開設済みの銀行口座を利用する際に必要な認証番号やパス・ワードをもらうんだ。市田のサインも別にいらないからさ。大概の銀行の場合、インター・ネットでその銀行のホーム・ページに入って、認証番号やパス・ワードを入れば、顧客専用のサイトに入る事が出来るんだ。そこから会社が譲渡された事を連絡して、新しいパスワードと認証番号をこの前登録した市田の無料Eメールに連絡してもらえば、あとはそれを使っていろいろな資金移動などに関する指示を出すことが出来るんだ」
慎介と由右子はスパイ小説にでてくるような学の話を黙って聞いていた。
「本当にそんなことが出来るのかしら」由右子が心に思った率直な疑問を口にした。
「大丈夫だよ。プライベート・バンクのわけ有りの客の間ではこの類の事は日常茶飯事だからね」
 
パソコンの画面の右下に目をやると12時をまわっていた。市田の名を使ってEメールを本店に出してから、約1週間が過ぎようとしていた。何の連絡もなく、その事についてこちらから問い合わせることも出来ず、慎介は眠れない日が続いていた。市田の秘書の川辺真樹が投資銀行部宛てにきた郵便物を各担当者に配っていた。慎介が座っているデスクの列に来て、川辺真樹が声をかけてきた。
「大亜精鋼の担当って、朝岡さんだよね」
「ああそうだけど・・・」
「それじゃ、これ」川辺真樹は一通の封筒を手渡した。ユナイテッド・リバティーのマーク入りのチューリッヒの本店の住所が印刷された封筒に、赤いペンで「東京の大亜精鋼の担当者に渡すように」と一言注意書きが書かれていた。慎介ははやる心を川辺真樹に悟られまいと平然を装って、受け取った封筒をデスクの脇において、再びパソコンに向う振りをした。川辺真樹が遠ざかったのを確かめると慎介はあたりを見まわした。お昼時で、オフィスに人は疎らだった。隣の西野力は大阪に出張中であった。慎介がレター・オープナーで封筒を開けると、中から一回り小さいサイズの封筒が1通出てきた。表書きには大亜精鋼の住所と財務担当部長宛と記されていた。これだ、本店の担当者はあのEメールの指示に従ってくれたのであった。慎介は続いてその小さいサイズの封筒を開封すると、中には8月に全額返済となる転換社債の返済資金送金先と期日の記された請求書が入っていた。慎介はその請求書をクリアファイルに入れると自分のブリーフ・ケースの中に突っ込んだ。それから、証拠を残さないようにいま開けた二つの封筒を部屋の隅にあるシュレッダーで裁断した。その日の午後、慎介は外出先から飯野由右子と清水学に電話をいれて、請求書の件を報告した。いよいよ次に市田のサインを貰わなければ。慎介は予め市田の予定を確認していた。その日の晩は午後6時からホリゾン生命の相談役との宴席が入っていた。本店からの請求書は無事押さえたから、今夜実行に移そう、慎介はそう決意した。
 
投資銀行部の壁にかけられた時計は午後9時をまわっていた。慎介は時間を気にしながらパソコンの画面に適当なプレゼンテーションの資料を呼び出して、何かの作業をしている振りをしていたが、頭の中は市田のサインを貰うことで一杯であった。痺れを切らして慎介は川辺真樹の所に行った。川辺真樹は残業食の焼鳥弁当を食べていた。
「川辺さん、今夜も遅いね。市田さんは戻ってくるのかな」
「うん、多分ね。今日は銀座だったから10時ぐらいには戻って来るんじゃないかな。何か急用だったら連絡するけど」
「いや別にそこまでしなくてもいい事だから」そう言うと慎介は自分の席に戻って行った。自分のデスクに座って悪戯に時が流れるのを待った。時間の流れが急に恐ろしい程遅くなったように思えた。どのくらい経ったのだろう、急に扉が音をたてて開くと市田昭雄がほろ酔い加減で入室してきた。
「みなさん、毎晩遅くまでご苦労!」酒気を散らしながら市田は自分の部屋に入っていった。自分のデスクにのけぞるような姿勢で腰を下ろすと川辺真樹を大声で呼んだ。
「川辺、ちょっとコーヒーもって来てくれ」
川辺真樹は返事もせず、憮然とした顔でコーヒー・マシンの方へ行って、紙コップにコーヒーを入れると市田の部屋に持って行った。市田はコーヒーを飲んで、少しでも酔いを覚まそうとしている様子が見てとれた。慎介は今だと思った。ブリーフ・ケースから由右子と一緒に用意したお礼状と昇進のお祝いの手紙が入ったクリア・ファイルを取り出すと、市田の部屋に出向いた。部屋の前で一旦立ち止まると空けられたままの部屋のガラスの扉をノックした。市田は顔をあげて眠そうな目で慎介を見た。
「おう、朝岡か、何だ」
「すいません、いくつかのお礼状と昇進祝いの手紙に市田さんのサインを貰おうと思いまして」
「何だ、そんな事か、明日にしてもらえねえか、ちょっと疲れるんだ」
「いや、明日には発送したいので、今貰えると助かるんですが」
市田は舌打ちをすると、渋々慎介の手からクリア・ファイルをひったくった。
「おまえも強引だな」そう言うとクリア・ファイルから4通の手紙を取り出して、1枚づつサインをしていった。最後のサインをした時、市田の手が机の上においてあったコーヒーの入った紙コップにあたった。慎介はとっさに手を伸ばしてこぼれそうになった紙コップを手で押さえた。
「おお、危ないとこだった。サンキュー。それじゃこれ」市田は4通のサインの済んだ手紙を掴むと慎介に渡そうとした。慎介はそれを受け取ろうとして咄嗟に思った。ここで素手で受け取ったら指紋がついてしまう。
「ちょっとコーヒーが手についたみたいなんで、そのクリア・ファイルに入れてもらえますか」
市田は慎介の依頼に従順に従い、手紙をクリア・ファイルに入れた。それを受け取ると慎介は市田の部屋を後にしたのであった。

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