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大亜精鋼の本社は新宿副都心の高層ビル群を少し外れた山手通り沿いの15階建ての自社ビルであった。エントランス・ホールの床は総大理石張りで、正面奥の総合受付けのテーブルは福島産の黒御影石『浮金石』で作られていた。慎介が中村純子と連れ立って正面の自動扉をぬけると総合受付けに腰掛けていた女性3人がすくっと立ち上がると深々とお辞儀をした。
「ユナイテッド・リバティーの朝岡と申しますが、本日午後2時に御社の大澤社長様と財務部長、本田さんとお約束を頂いております」
受付嬢のひとりが丁重に応対した。
「お待ち申し上げておりました。それでは右手のエレベーター・ホールの左手一番奥の社長室直通のエレベーターをご利用ください。上で社長秘書がお待ち申しあげております」
2人が無人のエレベーターに乗り込むと15階分あるボタンの番目のライトが点灯して扉が自動的に閉まった。社長専用のエレベーターは総合受付や上の社長秘書室から遠隔操作されているのであろう。十五階につくとエレベーターの扉が開き、二人が降りると、そこには社長の専属秘書と思しき年配の物腰の柔らかい品のある女性が待機していた。彼女に案内されて慎介達はいまにも足を取られそうな毛足の長い絨毯の敷き詰められた長い廊下を進んだ。応接室には黒の革張りの一人掛けのカウチが中央の応接テーブルをはさんで両側に四個づつ配されていた。二人は奥の真ん中の二脚に腰を下ろした。慎介は待っている間落ち着かなかった。大澤社長が中村女史の説明を素直に受け止めるとはとても考えられなかった。それはすでに本田部長が試みて玉砕しているのである。地雷畑の上を歩くような気分で、慎介は落ち着かず、手にしていたメモ・パッドに書いた文字のインクが汗で滲みだしていた。一方、中村純子はこんなことは時間の無駄なのだというクールな顔をしていた。
応接室の奥の扉が開くとがっしりとした体躯で長身の大澤源太郎とその後に大澤と比較すると貧相きわまりない風貌の本田が現われた。
「お待たせしました」
慎介と中村純子は椅子から立ち上がり、挨拶した。大澤が2人に再度椅子に座るよう促した。本田は大澤の横で借りてきた猫のように小さくなって腰をおろした。
「お忙しいところお呼び立てしまして申し訳ありません」
「こちらのほうこそ大澤社長様の貴重なお時間を頂戴して、恐縮しております」
儀礼事項がすんで式次第は本題へ突入した。
大澤がおもむろに口を開いた。「実は、今日お越し頂いたのは他でもない、おたくにお願いして我が社が発行したスイス債の件についてご相談したいことがありまして……」大澤は含みを持たせるように言葉を一旦切った。
「ご承知のように今年の10月に満期を迎えます。我が社もその償還資金の手当てをそろそろ考えないといけないと思っているんです。先日、本田部長から市場からの再調達が困難であると報告を受けて、私としてもどういう理由でそうなっているのかをリード・ハウスの御社に是非聞かせて頂きたいと思ってね」大澤は威厳のある態度を保ち、且つ相手を威嚇するようなトーンで話した。慎介は喉の中が猛烈な勢いで乾いていくのを感じた。応接テーブルの上に出されたお茶をひと啜りして、慎介は言った。
「先日、本田部長に現状の市場環境については詳細を説明させて頂きました。 10月のスイス債の償還資金を再度市場から調達するのは目下、困難な状況にあると思われます。 それまでに市場が回復する見込みもかなり薄いようです」
「もっとはっきり言ってくれたまえ。再調達は不可能ということだね」
慎介は躊躇いがちに「はい。現状からは不可能です」と明言した。
「だが、我が社は欧州市場、特にスイス市場では数回にわたる発行実績があり、我が社を贔屓にしている投資家をかなり掴んでいると理解しておったのだが…」
「はい。それはご指摘の通りですが、現状の市場環境は御社がかつてスイス債を発行された時とは全く異なっています。国際市場で日本に対する信用度が著しく低下しているのです。その事は最近のジャパン・プレミアムからもお察し頂けると思いますが」
大澤が苛立ちをあらわにして言った。
「朝岡さん。私は何もお題目が聞きたくておふたかたにおいで頂いた訳ではないのですよ」
「しかし・・・…」慎介は言葉に詰まった。
「転換社債の発行も無理かね?」
慎介の横で沈黙を保っていた中村純子が口を開いた。
「大澤社長、現在の御社の株価水準で同額の資金を調達すれば、かなり大幅な株式の希薄化につながります。そうなれば御社の株はさらに売り込まれてしまいます」
「つまり、八方塞がりということかね」
「ええ」純子はあっさりと応えた。
慎介は背筋に冷や汗が滝のように流れ落ちるのを感じた。
「本田君、我が社としてはどうしたものかね?」大澤が質問の矛先を本田にむけた。
貝のように硬く口を閉ざしていた本田は椅子からとびあがりそうになりながら言った。
「目下、メイン・バンクの東名とは最悪のケースに備えてつなぎ融資の話を進めております。東名の融資担当者は、起債のメドがつけばつなぎ融資の件について内部決済がおりるんやが言うてはります」
大澤は深く一息ついた。
「つまり、起債の予定が立てば東名は融資にOKする訳だな」大澤が本田に念を押すように聴いた。
本田は何も言わずに頷いた。
大澤は慎介の方を向くと「朝岡さん、起債の予定を立てて頂けませんか?」と丁重に振る舞った。
「大澤社長、再々申し上げておりますように現在の状況では起債は無理です」
「朝岡さん、私は何も起債をするとは申しておりません。起債の予定を作ってほしいと申し上げているだけです。起債が出来るがどうかは最後に市場が決めることです。」
「それは起債の予定をたてて、それで東名のつなぎ融資を引き出すということですか?」
「わたしはそうは言っていません。朝岡さん誤解なさらないように。ただ、何事にも不測の事態は付き物だと言うことを申し上げているまでです。我が社がスイス債を償還出来なければ、債務不履行になり、その他の債務の償還もしなくてはならなくなります。つまり、最悪の場合倒産ということになります。そうなれば我が社にかなりの額を融資している東名銀行の債権も焦げついてしまうことになります。それは東名の本意ではないでしょう。東名にとっても有益な結果に繋がるような策を考えるのが当然でしょう」
慎介はとてつもない黒い罠に転落していく自分自身を垣間見た気がした。
「私の一存では、この場でご返答しかねます。戻りまして、上司と相談しませんと・・・…」
「よろしくご検討ください。まあ、返事はいずれにせよ一つしかないと思いますがね」
大澤はたたみかけるように言い放った。良心の呵責に苛まれたのか申し訳なさそうな面持ちで本田は横にぽつんと座っていた。
大澤は腕時計に目をやると「次の約束がありますので」と言って、おもむろに腰を上げたのだった。

慎介はオフィスに戻ると大澤とのミーティングの内容を上司のマイヤーに報告した。その間、慎介はスロー・モーション・ピクチャーのようにマイヤーの顔色が見る見る変化していく様を目の当たりにしたのだった。
「朝岡君、それでは我々は大澤の芝居の片棒を担ぐということではないか?」マイヤーの声は怒りに震えていた。慎介は何と返答したらよいかわからなかった。
「我々はまんまと大澤の仕組んだ術中に嵌まってしまったんだ。大澤の申し出を受け入れなければ大亜精鋼は債務不履行になり我が社の看板に傷がついてしまう・・・…」
マイヤーは自分の窮地を呪った。
「しかし、断じてそんな詐欺まがいのことは出来ない。スイス債の償還を単純な銀行融資で進めるように再度大亜精鋼を説得するんだ」
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