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清水学とのミーティングを終えて、慎介は由右子と別れると非常階段を使って投資銀行部に戻った、時計の針は12時を回ろうとしていた。オフィスに戻ると隣の席の西野力がまだ仕事をしていた。
「よお、慎介まだ仕事だったのか」
「まあな、力もがんばるよな。まだ帰らないのか」
「いや、もうすぐ帰ろうと思っているんだ。明日の朝一番にアポイントが入っているんで」
「あんまり無理しないで、帰ったほうがいいよ」
「そうだな」西野力はそう言うとパソコンに向かって暫く資料作成に集中した。20分程すると、西野力はパソコンの電源を切って、帰って行った。慎介は部屋を見まわした、まだ、3〜4人のスタッフが残っていた。市田昭雄の秘書の川辺真樹もデスクで仕事をしていた。そうだ彼女なら市田のパソコンにアクセス出来るだろう。そう思って慎介は川辺真樹の方に歩み寄って話し掛けた。
「川辺さん、相変わらず遅くまで大変だね」
「そうなの、市田さん、いつも遅い時間にいろんな事言ってくるから、大変なのよ」川辺真樹はやり場の無い愚痴を慎介にぶつけた。
「朝岡さんこそ、遅くまで大変だね。今日はどうしたの?」
慎介は咄嗟に思いついた事を口にしていた。
「実はロンドンのスタッフが書類を送ってくれることになっているんだけど、まだ届かないんだよ。市田さんと僕のところに送るって言っていたんだけど、まだ僕のところには来てないんだ。電話したら、そいつ午後からずっと外出らしくてつかまらないんだよ。市田さんの所にその書類が届いていればいいんだけど、こんな時間に市田さんに連絡するのも申し訳ないしね」
「なんだ、そんな事、私市田さんのパソコンのパスワード知っているから、調べてあげるわ」そう言うと川辺真樹は市田の部屋に入って市田のパソコンの前に座った。慎介は慌てて後に続いた。川辺真樹は小声でパス・ワードを口ずさみながらキーボードを叩いた。慎介は全神経を集中して川辺真樹の声とキーボードの上の指の動きを観察した。川辺真樹は『BMW』と言ったように聞こえた。そのあと川辺真樹はキーボードの上の数字のキーをいくつか叩いた。パソコンの画面がたちあがるとEメールのアイコンをクリックして、川辺真樹は新しく受信されたメールをすべてチェックした。
「朝岡さんが言っているようなメールは見当たらないわね」
「そうみたいだね。どうも有り難う」そう言うと慎介は川辺真樹が口ずさんだ『BMW』とその後に打ちこんだ数字のことを記憶の片隅に留めた。
「ああそれから、出張の申請用紙もらえるかな」
「国内、海外どっちです」
「国内のほうでいいんだ。大阪出張だから」慎介は書類を受け取ると、先ほど川辺真樹が使った市田のパス・ワードの事を考えながら自分の席に戻って行った。もうあまり時間は残されていなかった。慎介は清水学に貰った代理人による資金移動の依頼書を出張用の申請用紙に重ねてみた。サインの位置は両方とも縦のA4サイズで左右からの位置はほぼ同じであったが、上下が約1センチほどずれていた。偽の申請書を作る時に1センチぐらいずらしても川辺真樹も気付かないだろう。慎介は国内出張用の申請書をコピーすると社内用の封筒に入れて、宛名のところにリサーチ部、Ms. Y. Iinoと書いてメール・ルームが毎朝回収にくる箱に入れると、パソコンの電源を切って帰宅の途についた。会社を出た時には午前1時を回っていた。慎介はタクシーに乗る前にビルの陰から飯野由右子の携帯に電話を入れた。飯野由右子は帰宅途中のタクシーの中だった。
「慎介さん、さきほどはどうも」
「由右子ちゃん、例の川辺真樹のサインの件だけど、国内出張の申請用紙を手配して、君宛てに社内便でまわしておいたから、明日には手元に届くよ」
「わかりました。早速、作業に取り掛かります」
「それから、清水学に貰った代理人による資金移動の依頼書と比べるとサインの位置が多少ずれているんだ」
「どの位ですか?」
「下に約1センチ位ってとこかな」
「それだったら、うまくごまかせますから大丈夫ですよ。何とかやってみます」
「それじゃまた僕のほうからも連絡するから。おやすみ」
「おやすみなさい」
慎介は電話を切ると、電話の受話器から死んだ飯野菜緒子の声が聞こえてくるような気がした。この電話で何度、菜緒子に「おやすみ」を言っただろう。手の中の携帯電話の温もりが悪戯に慎介の淋しさを増幅させていった。何もかも忘れて泣きたい衝動に駆られた。
 
2日後、慎介は立派にカモフラージュされた国内出張の申請用紙を飯野由右子から受け取った。それは完璧な出来映えであった。
「取り敢えず、3部作りました。それからくれぐれも記入する時には手袋を忘れないで下さいね」
そうだ、この書類にも慎介たちは一切証拠を残してはならないのであった。クリア・ファイルに入れられた出張申請用紙を慎介は受け取ると、大切そうにブリーフ・ケースの中にしまい込んで、食後のコーヒーに口をつけた。昼下がりのシティー・スクエアのテラス・カフェは昼食の客で賑わっていた。客の大半は若いOL達か、外資系の会社で働く外国人のスタッフ達であった。慎介はまわりの人に聞こえないように声をひそめて例の市田昭雄のパソコンのパス・ワードの件をはなした。
「川辺真樹はBMWって囁くように言ったんだ。その後にいくつかの数字を入れていたんだ」
「市田昭雄ってBMWに乗っているんですか」由右子が何気なしに訊いた。
「そうか、それだ。うん奴は昨年BMWを買ったんだよ」
「という事はその後の数字って、車のナンバーじゃないでしょうか」
「早速確かめよう。ログ・イン番号は奴のパソコンにしか記憶されていないから、いずれにしても奴の部屋に忍びこまなければならないな」
「でも、市田は自分の部屋に鍵をかけて帰らないんですか?」由右子が訊いた。
「最近は秘書の川辺真樹が帰る前に鍵をかけている様なんだ。ただ、彼女が市田よりも早く退社する時は鍵は開けたままで、市田自身が最後に自分で鍵をかけているようなんだ」
「川辺さんは合い鍵を持っているんですね。彼女はそれをどこにおいているんですか」
「それが、自宅の鍵と一緒にキー・ホルダーに付けているから、彼女が帰ればそれで終わりなんだよ」
「黙って借りて合鍵をつくるのはどうなんですか」
「彼女、とても神経質だから。その線でいくのはちょっと無理かな」
「それじゃ、どうやればいいんですか。せっかくここまで漕ぎ着けたのに」由右子の顔に無念の波紋が広がっていった。
「方法は1つしかないんだ。川辺真樹を市田よりも先に帰宅させる、そして市田は午後10時くらいには会社に戻る事になっていたけど、結局戻れないような状況を作り出す。それから、オフィスには誰も人がいない。この3つの条件があれば、何とかなると思うんだ・・・」慎介自身もそんな都合のいいように事が運べるとは思っていなかった。あくまでもそれは希望的観測に過ぎなかった。
 
ランチから戻ると慎介は手袋と由右子から貰った書類を持って男子トイレに行った。個室に入ると鍵をかけて、手袋を両手にするとクリア・ファイルから出張申請用紙をそっと取り出して、個室の壁を下敷きにして、必要事項を記入していった。最後に申請者のサインという欄に自分の名前を署名した。急いで、それをクリア・ファイルに戻すと手袋をはずしてポケットに無造作につっこんだ。そのままオフィスに戻ると慎介は書類を川辺真樹に手渡した。真樹はざっと見ると経理の処理のための区分コードを記入して、担当部門承認欄に自分のサインをした。
「それじゃ、このチケットの手配、総務の方にまわしとくから」そう言うと川辺真樹は書類を自分の机の脇に置こうとした。
「いや、まだ確認が取れてないアポイントが2件あるので、それがOKになってから手配するよ。だからそれはテンプの子にやってもらうからいいよ」
「そう、わかった」川辺真樹はサインをした申請書を慎介に戻した。
これで何とかまた1つ難関をクリアしたぞ。慎介は自分自身を鼓舞するように心の中で呟いた。
あとは市田のパソコンにどうやって近づくかが唯一残された問題であった。
 
カウンターの上に備え付けられた電光掲示板には日経平均の構成銘柄のその日の終わり値が左から右に流れていた。午後6時だというのに大手町界隈で働く、外国人のトレーダーたちで店は賑わっていた。その日のトレーディングで一儲けしたと思われるトレーダーが赤い顔をして興奮気味に仲間にビールを振舞っていた。槙原理一はカウンターでギネス・ビールを2杯買うとそれを両手に持って隅のほうにあるカウンターにやって来た。槙原は1つを慎介に手渡すと、背の高いスツールに腰を下ろした。
「その後、計画は順調にいっているようだな。連絡がないから大丈夫なんだろう」
「すみません。ろくに連絡もしなくて」慎介は今までの経緯、展開を詳細に槙原に説明した。槙原は黙って慎介の話に耳を傾けた。慎介が話終えると、槙原は暫く思案してから言った。
「それじゃ、俺が市田の奴を連れ出してやるよ。午後10時くらいには奴が会社に帰るような約束にしておいて、おれが奴を連れまわせばいいんだよな」
「ええ、でもそんな事本当に出来ますか?」慎介は半信半疑であった。
「まあ、まかせてくれよ。仕事になりそうな話をちらつかせれば奴は必ず食らいついてくるから」
「それじゃいつにしますか」
「そうだな、来週の金曜日にしよう。金曜日だったら、他のスタッフもいつもよりは早く帰るだろうから」
「わかりました。僕のほうも何とか川辺真樹が早くオフィスを出るように小細工してみます」
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