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金曜日、慎介は朝から落ち着かなかった。全く仕事が手につかなかった。果たして計画通りうまくいくのかだろうか。失敗したらどうなるのだろう。市田のオフィスに忍び込んでいるところを他の誰かに見られたら何と言えば言いのだろう。様々な最悪の状況が慎介の心に去来していた。慎介はエスプレッソ・コーヒーを飲んで何とかはやる気持ちを落ち着かせようと自分自身と格闘したのであった。
その日のお昼過ぎに、慎介は大亜精鋼の財務部長、本田千秋から電話を貰った。本田は東名銀行が残りの100億円の融資を正式に決定した事を連絡して来たのであった。来る8月5日の返済資金200億円の送金については東名銀行の担当者と先般の請求書および慎介が送ったファックスをもとに必要事項をすべて確認して送金指示書もすべて準備したとの事であった。全ての駒は確実にそろっていった。計画はフィナーレに向けて一歩一歩着実に階段を上っているのであった。
慎介にとっては1年にも思われた長い1日が暮れようとしていた。午後6時過ぎに市田は外出先から戻り、Eメール等をチェックしてから、いくつかの事を秘書の川辺真樹に指示してから再び外出していった。予定通り、槙原との夕食に向かったのであった。市田が出たあと川辺真樹は何やら忙しそうに悲しげな顔をして仕事に余念が無かった。慎介は何か川辺真樹にあったに違いないと思った。さり気なく川辺真樹のデスクに近づいて声をかけた。
「川辺さん、今日は僕の分まで映画楽しんできてね。感想聞かせてよ」
川辺真樹は悲しそうな今にも泣き出しそうな目をして、慎介に言った。
「ちょっと映画にはいけないかもしれないの。せっかく朝岡さんにチケットもらったのに。ボーイ・フレンドにも何て言おうかと思って・・・」
「一体どうしたの・・・」
「市田さんに今日は8時ぐらいに失礼しますって言ったら、いろいろと雑用を言いつけられてそれが終わるまでは帰ってもらったら困るって」
なんて卑劣な奴なんだ。慎介は心の中で舌打ちした。
「それで、どんな事をやるように言われたの」慎介の質問に川辺真樹は泣きそうな顔で答えた。それはいずれもたいした内容ではなかったし、適当にやればそれほど時間のかかる事でもなかった。時間は6時45分だった。
「ボーイ・フレンドとは何時に約束しているの」
「渋谷駅に8時30分なの」
「それじゃ十分間に合うよ。君は取り敢えずこのデータをブルームバーグから取り出して印刷してくれないかな。僕はこっちをやるから」
「朝岡さんも今夜は他のことで忙しいんじゃないの?」
「大丈夫だよ。9時にロンドンの奴らとテレフォン・コンファレンスをする予定になっていて、それまでは何もする事がないから」
「本当に? 有り難う」川辺真樹は珍しく殊勝に礼を述べた。
午後8時には市田が指示していった資料が一通り出来あがった。川辺真樹はそれを1つのファイルにまとめると市田の机の上に置いた。
「さあ、もう行ったほうがいいとよ。遅れるよ」
「でも、市田さん、また9時過ぎには戻ってくるから・・・」
「大丈夫だよ。言われたことはきちんとやった訳だし。どうせ酔っ払って帰ってくるんだから。何か言われたら、川辺さんは気分が悪くなって帰ったって事にしておくから。問題ないよ」
川辺真樹は慎介の言葉に励まされて、気を取り直すと帰る身支度をした。
「朝岡さん、いろいろとすみません。また、映画が終わった頃に連絡しますから」
「気にしないで十分に楽しんできて。大枚はたいているんだから、僕の分まで見てきてよね」
「有り難う、そうするね」川辺真樹はペこりと頭を下げると急いで部屋を出ていった。川辺真樹の後ろ姿を見送りながら慎介はふっとむねを撫で下ろした。時計が午後9時を回った頃には、さすがの金曜日でオフィスには慎介と同僚の西野力の2人だけだった。隣の席の西野力が慎介に話かけてきた。
「今夜はまだ仕事なの」
「いや、もうそろそろ帰るよ。力はどうなの」
「うん、僕もこの資料をロンドンの担当者に送ったら、六本木にくりだそうと思っているんだ。慎介も一緒にどう」
「誘ってもらって嬉しいけど、今夜はやめとくよ。今週はかなりオーバー・ワーク気味で疲れているからね」
「そうか、残念だな」
暫くして2人は投資銀行部の部屋の電気を全て落とした。所々つけたままのパソコンのモニターが青白い光りを放っていた。二人はエレベーターで1階まで降りた。西野力は慎介に別れを告げるとビルの車寄せに待機していた客待ちのタクシーに乗って六本木の方へ消えていった。これで準備はOKだ。慎介は携帯電話で飯野由右子と清水学にそれぞ連絡を入れ、10分後に投資銀行部の部屋の前で落ち合うことにした。慎介がエレベーターで上に戻ると2人は投資銀行部の入り口の前で待っていた。慎介はカード・キーを使って扉を開けると2人を部屋の中に招き入れた。部屋の電気は落とされ、いくつか消し忘れられたパソコンのモニターが怪しい光を撒き散らしていた。3人は部屋を突っ切って市田の部屋に向かった。市田は9時ぐらいには一旦帰社するつもりで部屋は施錠されず扉は開いたままであった。3人は白い手袋をした。市田のデスクのパソコンの前には由右子が腰を下ろしていた。帰ってくるつもりの市田のパソコンの電源はつけっぱなしであった。時間が経過して、コンピューターはロックされていた。由右子はコントロール・キーとALTキー、デリート・キーを3つ同時に叩いた。次の瞬間、パスワード入力の画面が現れた。ログ・インの欄には既に市田のログ・イン名が入っていた。慎介は数日前にビルの地下の駐車場で市田のBMWを確認するとナンバー・プレートの番号を控えていた。慎介は番号を控えたメモを由右子に渡した。由右子はBMWと打ってその後に慎介から渡された番号を六桁打ちこんでエンター・キーを叩いた。パスワードが間違っていると言う警告がパソコンの画面に表示された。
「多分、数字を入れる時に最初の2つと後の4つの間にハイフンか何かを入れるんじゃないかな。
車のナンバー・プレートってあの『12、3456』って読むだろう」学が言った。
由右子が学の指示通りにパス・ワードを打ちこんでエンター・キーを叩いたが、結果は同じだった。
「それじゃBMWのあとにもハイフンを入れてみたらどうかな」
由右子がキー・ボードを叩く音だけが部屋の中で響いた。結果は同じであった。3人はその後もいろいろな組み合わせのパス・ワードを試してみた。慎介の額には緊張の所為か汗が滲み出ていた。慎介は市田の車のナンバーを書きとめたメモを眺めた。車のナンバー・プレートは『か』という平仮名があった。
「BMWKAって打って、その後数字を入れてみて」慎介が言った。
由右子の指が慎介の指示どおり動いた。数字を入力すると最後に由右子の右手の小指がエンター・キーを叩いた。次の瞬間、市田のパソコンは長い沈黙から息を吹き返えしたのであった。
 
槙原が予約した小料理屋は西麻布の交差点から一本入った裏通りにあった。店の正面には竹林が配され、下からライトで青々とした孟宗竹が照らし出されていた。店の入口は通りから引っ込んだ奥にあり、入口まで等間隔に敷石が置かれていて、あたりには打ち水が撒かれていた。店内はモダンな和風のインテリアで統一され、客層も洗練されたいた。市田と槙原は一番隅のテーブルで差し向かいに腰を下して日本酒を酌み交わした。懐石スタイルで、次々に手の凝った料理が運ばれてきた。目で見るだけでもたんのう出来そうな料理を行儀悪くたいらげていく市田の様子を2時間にわたって目の当たりにしなければならないのは槙原にとって苦痛以外の何物でもなかった。槙原は心の中で何度も慎介の計画の為と自分に言い聞かせた。料理があらかた終わりになった頃には、市田は日本酒をしこたま飲んで、かなり出来上がっていた。市田が唯一関心があるのは槙原が電話で仄めかしたM&Aの案件の事であった。いつまでたっても槙原がその事に触れないので、市田は痺れを切らせ始めていた。和服姿のウェイトレスがデザートの水菓子を運んできた頃には市田の忍耐は限界に達したらしく、ちらちらと腕時計を見て落ち着かない様子であった。槙原は意図的にそんな市田に向かって言った。
「市田さん、お時間のほうは大丈夫ですか。ここじゃあまり込み入った仕事の話はなんですから。近くに静かな落ちついたバーがあるんですよ。場所を移してそこで話しをしようと思っているんですが…」
市田は槙原の誘いに敏感に反応してきた。
「いや私もここじゃ何だと思っていたんですよ。私のほうは時間は大丈夫ですよ。今日は金曜日ですし、ちょっとオフィスに連絡をいれてもよろしいですか」
「ええどうぞ私は支払を済ませておきますので…」
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