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その時、市田の秘書の川辺真樹の電話がけたたましい音を立てた。市田の部屋でパソコンをいじっていた慎介たちは急に心臓を鷲掴みにされて息がとまり、まるで金縛りにあった様に動きをピタリと止めた。電話は激しく鳴り続けていた。慎介の心の中で警笛が高らかに共鳴していた。慎介は意を決して市田のデスクの電話の受話器を取って、コール・ピックアップ・ボタンを押して電話に出た。
「ユナイテッド・リバティーですが?」
「市田だ。誰だ?」
「朝岡ですが…」
「何ですぐ電話に出ないんだ。他に誰もいないのか」市田が苛立っているのが受話器を通して伝わってきた。
「すみません、ロンドンからの電話を1本もっていたので」
「川辺はどうした。帰ったのか?」
「彼女さっきまで市田さんが言われた仕事をしていましたよ。夕方から具合が悪かったみたいでさっき帰りましたが。市田さんに言われた書類はすべて机の上においてある事を市田さんから電話があったら伝言しておくように言われています」
「何だつきのものか?」下品極まりない市田の態度に慎介は怒鳴りたい衝動と戦った。
「さあ、それは。市田さんはお戻りになりますか」
「いや、ちょっとM&A絡みの大事な話があるから今日は戻らないと思う」
「そうですか。わたしもそろそろ失礼しようと思いますので」
「そうかご苦労」それで電話は切れた。
横で電話の会話を固唾を飲んで聞いていた由右子と学が慎介の顔を見ていた。
「やばいな、慎介、おまえがここに1人残っていた事が市田に知れてしまった」
「でも取りあえず市田にはもう帰るって言ったから、1時間後にまた戻ってくれば怪しまれないだろう」
「あっ、大事な事を私たち見落としています」由右子が叫んだ。
慎介と学は驚いて由右子の顔を見た。
「さっきこの部屋に入って来た時、慎介さんのカード・キーを使いましたよね。それって、うちのセキュリティーに誰が入室したかって記録が残るって聞いたんですが・・・」
「そうだよ。由右子ちゃんが言う通りだ。カード・キーの入退室の記録はすべて管理部に残されているんだよ。だから、この時間に慎介がここに入室していたって事が記録に残っているんだ」学が由右子の話を補足した。
「つまり、一旦ここを出て、再度僕のカード以外を使って入室すれば、そいつがここに遅くまで残っていたという事実を証明する訳だな」慎介が確かめるように言った。
「でも、ほかの人のカード・キーなんてここにはありませんよね」由右子が不安な表情を浮かべた。慎介は暫く考え込んでから言った。
「あっそうだ。川辺真樹のところにビジター用のカード・キーが2・3枚あったはずだ」慎介は川辺真樹のデスクに行って、引出しをあけて確かめた。黒い表紙のファイルが10冊ほど並べられていた。その中で、背表紙に『ビジター』と書かれたファイルがあった。海外の拠点のスタッフが東京に出張で来た時の為のファイルのようであった。慎介は引出からそのファイルを抜き出すと開いてみた。そこには一部の海外のスタッフの日本に入国する際のビザの申請用紙やその他様々な資料がファイルされていた。ファイルの1番後ろの内ポケットにカード・キーが3枚、無造作につっこまれていた。慎介はその一枚を引き抜くと部屋を一旦出て、そのカード・キーを使って部屋の鍵を開けてみた。そのカードは問題なくセキュリティー・システムに反応して施錠が解除されたのであった。慎介は2人の所に戻ると言った。
「このカード・キーを使えば大丈夫だ。これで僕が最後までここにいた人間ではなくなる」慎介が明るい笑顔をみせた。
「それじゃ、早急に一旦ここを出てから、深夜にそのカード・キーを使ってこの部屋に入室して作業の続きをやろうじゃないか」学が提案した。
 
槙原はほろ酔い加減の市田昭雄を近くのバーまで歩かせた。程よくアルコールが体にまわり、市田の歩みは心もとなかった。槙原が目指したバーはビルの地下にあった。薄暗い階段を降りる時、市田は何度も転びそうになり、手摺にしがみ付いた。見るからに市田の体にはアルコールが回っているのだが、槙原が仄めかした買収の案件欲しさに市田の頭だけは不思議と覚醒していた。このまま、ここで別れれば市田は必ず会社に戻るであろう。慎介たちが市田の部屋に忍び込み、パソコンに小細工をしているところに市田本人が戻って鉢合わせになったら計画が水泡に帰してしまう。何としても市田をここで引き止めなければ。2人は暗いバーの店内を黒服のボーイに案内されて奥のほうの席に通された。席につくと市田はボーイに水を持ってくる様に頼んだ。その後、運ばれてきたグラスの水を飲み干すと幾分酔いが収まったようで、市田は槙原の目を見て訊いた。
「槙原君、それでM&Aの案件っていうのは何かな」
「市田さん、ここで一気に本題に入る前に何か注文しましょう」
槙原はシングル・モルトのウィスキーをロックで注文した。市田はもう飲物はどうでもいいらしく慎介と同じ物を注文した。
「それでは本題にはいりましょう、市田さん。この件は・・・」槙原は思わせぶりな態度で言葉を切った。
「それは何かとてつもなくおいしい話なんでしょうね」市田は槙原の言葉に腰を浮かせた。
「実はうちのグループで、シンガポールにあるIT関連の会社の売りのマンデートを獲得したんですが、日本で何とか買い手を探したいんですよ。多分、取引のサイズは100億円前後になると思われますが・・・。市田さんの方で買い手を探してもらう事は可能でしょうかね。手数料は軽く1億円ぐらいはいくと思いますが」
「それはもう喜んでお手伝いさせてもらいますよ」市田は予想通り槙原の話に食らい付いてきた。槙原のチームはすでにこの会社の買い手について、マーケット・リサーチは終えていた。昨今のIT産業の陰りから、日本でもこの会社の買収に関心を寄せる会社など皆無に等しかったのであった。しかし、市田の厚顔無恥な図々しさをもってすれば100に1の確率で買い手を見つけてくるかもと槙原は一方で思った。
「それでは早速明朝にでも資料をお送りしますよ。市田さんにご相談してよかったですよ・・・」
「槙原君、君と俺の仲だ。これからもこの手の話があったら回してくれよ。俺は何でも売ってみせるから」市田は自信満々であった。この男にとってM&Aもバナナの叩き売りも同じなんだ。槙原は改めて市田のことをそう思った。2人はしばらく酒を飲みながら仕事の話を続けた。撒き餌の話が市田の心を捕らえたのか、槙原の意に反して市田は酔いから覚めている様子であった。かろうじて仕事の話が市田をその場に留めていたが、30分もすると再び市田はそわそわと落ち着きを無くし始めた。槙原は市田がそろそろ帰ると言い出すのではないかと不安になった。その時、市田は中座して洗面所に姿を消した。市田を引き止めるにはこれしかない。槙原は心の中でそう呟くと予め用意してきた粉末状になった睡眠薬を上着のポケットから取り出すと、周りの誰もが見ていないのを確認してから市田のグラスに入れ、すばやく人差し指でかき混ぜた。槙原は何食わぬ顔をして市田が戻って来るのを待った。席に戻ると市田は前に置かれたグラスに残る琥珀色の液体をいっきに喉の奥に流し込んだ。睡眠薬の所為で味が変化したのか、市田は一瞬変な表情を浮かべたが、グラスをテーブルに置くと、槙原に礼を述べた。
「槙原君。きょうは大変ご馳走になって・・・。そろそろ失礼しようかと思っているんだが」
「市田さん、ほかにもちょっといけるシングル・モルトがあるんですよ。もう一杯だけ付き合って下さいよ。それに今日は金曜日ですし。市田さんのいろいろな武勇伝なんかも聞かせて下さいよ」
お世辞に気をよくした市田は、槙原の誘いを受ける事にした。新しいウィスキーが運ばれてくると、市田はそれを飲みながら、自分が今までに手がけてきた仕事の事を自慢げに話した。興が乗った市田はいつのまにか3杯目のグラスを空けていた。その頃にはアルコールの助けもあって睡眠薬の効果が現れはじめた。市田の意識は朦朧とし始めていた。目の前の槙原の姿が二重に見え始めた時、市田は帰らなければと自分に言い聞かせる様に押し寄せる睡魔と戦っていた。その勝負はあっけなく終わった。間もなく市田は槙原の前で舟を漕ぎはじめた。薬が効きすぎたかな。槙原は時計を見た。午後11時であった。市田は多分このまま朝まで泥酔しているだろう。でもこのあと市田をどう始末すればいいんだ。まさか自分のマンションに連れて帰る訳にもいかないし。そのうち市田が低く唸るようないびきをかき始めたので、槙原は勘定を済ませて市田をバーから連れ出した。槙原は正体を失った市田の腕を首に回して、体を支えながらバーから出ようとした。見かねたウェイターが肩をかしてくれた。2人で市田を間に挟むと倒れないように前傾姿勢で地上へと続く階段を上った。槙原はウェイターに礼を言うとチップとして1000円札を握らせた。槙原は市田を自分の片方の肩で支え、あいたほうの手でズボンのポケットから携帯電話を取り出して朝岡慎介に連絡した。
「はい、朝岡です」
「槙原だ。そっちのほうはどんな状況だ」槙原が訊いた。
慎介は手短に今までの経緯を説明し、深夜過ぎに再び市田の部屋に戻ることを伝えた。
「そうか。いまこっちのほうは大変なんだ。市田の奴、すっかり出来上がってしまって…。奴の家まで送り届けようと思っているんだが住所が分からなくて困っていたところだ」
慎介は早口に槙原の現状を由右子と学に伝えた。学はその話を聞くと慎介と電話を代わった。
「清水です。槙原さん、市田の奴をどこかのシティー・ホテルに連れ込む事は可能ですか。そうすればその間の市田のアリバイを証明できる第三者は誰もいなくなりますから。つまり、市田本人が今夜真夜中にオフィスにいてEメールを送ったという事実を市田本人は否定出来ない訳ですよ」慎介と由右子は感心しながら学の話を聞いていた。
「俺1人ではちょっと無理だな。誰か手伝いに来てくれないかな」
「分かりました。いまどちらですか?」
「西麻布の交差点のそばだ」
「それじゃ、六本木にあるシティー・ホテル『メトロ』にしましょう。今から20分位で行きますから」
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