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第36章
 
2001年8月東京・モンテカルロ
 
大亜精鋼の財務部長、本田千秋は7月の末までにメイン・バンクの東名銀行の担当者と来たる8月5日の転換社債200億円の償還の為の送金の手続きをすべて完了していた。その後、本田のほうから何も連絡がなかったので、慎介は東名銀行のほうですべてうまく手配してくれているのだろうと思っていた。
大澤源太郎と市田昭雄は7月30日に成田からドイツのフランクフルトに向けて出発した。予定通り、大亜精鋼が買収したドイツの会社の視察、および役員会への出席という名目で市田は出張の届けを出していた。すべてが順調に、予定通りに進んでいた。慎介はリビング・ルームのソファーに腰をおろし過去を振り返り感慨に耽った。サイド・ボードの上に飾られた菜緒子との写真を手にすると、慎介は改めて失ったものがどれほど自分にとって掛け替えのない大切な人であったのかを痛感し、悲しみが心の底から滲み出して明けることのない夜の様な漆黒の染みをつくっていく感覚に身をまかせていた。こうしてじっとしているとやがて体中が冷たい液体で満たされてしまいそうだった。今まで菜緒子の仇を討つために、必死でそんな気持ちを押さえてきたのであった。市田への復讐計画のお膳立てがすべて整い、慎介の中で張り詰めていた一本の緊張の糸が切れた。写真の菜緒子は笑っていた。今にも写真から抜け出して慎介に何かを語りかけるように。シェリーが慎介の顔を心配そうに見上げて、悲しげな声で鳴いた。慎介は写真をサイド・ボードの上に戻すと、手の甲で頬に流れる涙をぬぐって、足元でじっと自分の様子を見ているシェリーを抱え上げると鼻先を突き合わせて話しかけた。
「シェリー、おまえは何も心配しなくていいんだよ。もうすぐ全て終わるから」
シェリーが慎介の鼻を舐めた。
「くすぐったいな、シェリー」
その時、不意をつくように電話が鳴った。時刻はすでに午前零時をまわっていた。こんな時分に一体誰だろう。シェリーを床に下ろすと慎介は受話器を上げた。
「朝岡です」
「慎介、こんな遅くにすまん。まだ起きてた?」
「学か。ああ、そろそろ寝ようと思っていたところさ。どうかしたのか」
「いや、例の大澤源太郎のお伴で、明日フランスに向けて出発するから・・・、ちょっとここ2、3日忙しくて、連絡出来なくてすまん」
「そうか、いよいよだな。あと何かやり残した事はないか?」
「いや、慎介たちは8月5日がくるのをただ待っていればいいんだ。また、むこうからも連絡するから」
「よろしくたのむ」
「ああ、任しておけ、あとは大船に乗ったつもりでいてくれよ。出張から戻って来た時には、シャンパンでお祝いだ」
「ドンペリ用意しておくよ」
その後、慎介は切れた受話器をじっと握り締めたままその場に立ち尽くした。
 
翌日、慎介は飯野由右子をランチに誘い、シティ・スクエアから徒歩で5分くらいの裏通りにあるイタリアン・レストランに行った。ウェイターが窓側の明るい席を勧めたが、2人は人目につかないように奥のテーブルを選んだ。ランチ・メニューから慎介はピザ・マルガリータを、由右子はペンネ・アラビアータを選び、シー・フード・サラダをシェアした。
「昨日の晩、学が連絡してきた。今日から大亜精鋼の大澤の件でヨーロッパに出張するそうだ」
「予定通りですね」
「ああ、あとは8月5日を待つだけだ」
「すべてうまくいくでしょうか。何だかとても心配になって・・・」
「由右子ちゃん、ここまできたらもうあとは腰を据えて待つしかないよ」慎介は自分にも言い聞かせるように言った。
「そうですよね。でも何か気になるんです。うまく言葉に出来ないんですが・・・」
「結構、心配性なんだね。大丈夫だよ」慎介は由右子を元気づけるように言ったが、自分自身の中でも何かすっきりしないものが蠢いていた。
 
8月5日、転換社債200億円の返済期日が到来した。チューリッヒの本店で大亜精鋼からの送金された資金の着金が確認されるのは当日のスイス時間の午後3時過ぎでぐらいである。東京時間の午後10時以降であった。慎介は本店から何らかの連絡が入ると思い、オフィスに残っていた。隣の席の西野力が声をかけてきた。
「慎介、今日も遅いのか?六本木にでも飲みに行かないか」
「行きたいのはやまやまだけど、ちょっと仕事がたまっているんでまた次回にするよ」
西野力はがっかりした顔をしながら言った。
「慎介、おまえ最近つきあい悪いよな」
「ごめん、また今度な」慎介は両手を合わせて謝るポーズを作ってみせた。
その時、慎介の内線電話が鳴った。電話のディスプレーに川辺真樹の名前が表示されていた。
「朝岡さん、チューリッヒの本店の人から、市田さんあてに大亜精鋼の件で大至急の電話が入っているの。市田さん、いま海外出張中っていったら大亜精鋼の担当者に代わってくれって、この電話とってもらえる?」
ついにきたか、慎介は心の中でそう思った。
「ああ、そのまま回して」
すぐにチューリッヒの担当者の緊迫した声が飛び込んできた。
「チューリッヒ本店のセトルメント部門のベルマンですが、本日、大亜精鋼から振り込まれるはずの200億円の資金の着金が確認出来ないんです。至急、会社に連絡をとってどちらの銀行から送金されたかご確認願えますか」
「分かりました。もう日本時間の午後10時を回っていますので、会社の人と連絡がつくかどうかわかりませんが、とにかくやってみます。それから、送金のほうはメイン・バンクの東名銀行を使っているはずですから、そちらでも再度ご確認願います」チューリッヒの本店で確認作業をしても何もないのはわかっていたが、その場を取り繕う様に慎介は言い添えたのであった。
隣の席に座っていた西野力が心配そうに声をかけてきた。
「大変そうだな」
慎介は極力大変な事がおきたように振舞った。
「ちょっと厄介な事になっているんだ。今日大亜精鋼から振り込まれる予定になっている転換社債の償還資金の200億円の着金が確認出来ないらしいんだ」
「200億円だって。でもこの時間じゃ会社とは連絡がとれないだろう」
「そうなんだ。ただ、送金の手配をしているのはメイン・バンクの東名銀行だから、そこに連絡をしてみるよ」
「何か手伝える事があったら、遠慮せずに言ってくれ」
「取りあえず、明日になってみないと具体的には何も出来ないから。エクイティ部の本山さんには連絡するよ。今時分会社にいるとは思えないけど。案外、接待を終えて会社に戻っているかもしれないから。ちょっと、エクイティ部まで行ってくるよ」そう言うと慎介はオフィスを一旦出た。廊下の突き当たりにある非常階段へと続くドアを開けて、おどり場に出るとズポンのポケットから携帯電話を取り出して、清水学がEメールで知らせてくれたモンテカルロの宿泊先のホテルに電話を入れた。
「ホテル・ド・パリです」フランス語の女性が電話に出た。慎介が英語で宿泊客のムッシュ・シミズの部屋に繋いでほしいと告げると、フランス語アクセントの英語で女は「モメント」と言って電話を学の部屋に繋いだ。暫く呼び出し音が続いて、聞きなれた男の声が電話に出た。
「もしもし、学か。慎介だ」
「なんだ、慎介か。ちょうど今帰って来たところなんだ。大澤源太郎はまた市田の奴に1億円相当の金を払ったみたいなんだ。今夜は今から夕食に出て、その後はカジノにギャンブルに繰り出すみたいだ。今回は俺もお伴させられるんだが・・・」
慎介はまわりを警戒しながら、早口でチューリッヒの本店から200億円の資金の着金が出来ていない旨を連絡してきたと学に伝えた。
「予定通りに事はすすんでいるな」学が冷静に言った。
「それで、この事を市田にも伝えようと思うんだが・・・」
「それはちょっと待ってくれ」学は慎介の言葉を遮る様に言った。
「でも取り敢えず、市田の耳に入れておかないと、あとが大変だからな」
「それじゃ、今から2時間後にホテルに連絡を入れて市田を呼び出せばいい。その頃には市田は大澤源太郎と僕と出かけているからな。その隙を狙って、市田への伝言をホテルに頼めばいい。今夜は市田にはカジノに行ってもらわないと困るんだ。それに、今市田に変に騒がれてもやばいからな。今夜中にチューリッヒ本店のコンピューターが200億円の資金をキプロス島のプライベート・バンク専用の口座への送金を処理してしまう。同時にキプロス島からグランド・ケイマン島への送金手続きが自動的に行われ、その後は予定通り、そのうちの20億円が世界中の慈善団体に匿名で寄付されるんだ。残りの180億円はグランド・ケイマン島のペーパー・カンパニーが所有する口座にしばらく残される事になる。ここまで、捜査の手が伸びて来るのに約1ヶ月はかかるだろう。しかし、送金指示書が偽造され、200億円からの資金が市田のチューリッヒの匿名口座に送金された事が発覚するのは2、3日以内の事だよ。来週の今ごろは市田の奴は立派な犯罪者さ。すべては計画通りさ。心配しなくても大丈夫だよ」
学は妙に自信に満ちた様子であった。
「慎介、僕はそろそろ大澤と市田のところに戻らなくてはならないから」そう言って学は一方的に電話を切った。電話を終えて慎介はしばらく非常階段に腰を下ろして考えた。慎介の心の中には何か釈然としないものがあった。その後、慎介は気を取り直すと、形だけでも連絡を入れておこうと思い、エクイティー部に足を運んだ。オフィスには数名のスタッフが残っていたが、本山の姿はなかった。慎介は副部長の清原充の姿を認めると歩み寄って話し掛けた。
「清原さん。本山さんは今日はお戻りになりますかね」気だるそうにパソコンに向かっていた清原は慎介の声に不意をつかれた様子であった。
「ちょっと聞いてないので分かりませんね。秘書の子も今日は帰ってしまっているようだし。何か緊急の要件ですか」
慎介は肯くと、簡単に大亜精鋼の件を話して、本山に連絡をとりたい旨を伝えた。清原は驚いて本山の携帯電話に連絡を入れたが繋がらなかった。
「今日のところはもう時間も時間なので、何も手を打てませんから、本店との連絡は引き続き私のほうでやっておきますから、本山さんと連絡がとれたら私の方に電話して下さる様にお願いしてもらえますか。念の為にこれが僕の自宅と携帯の番号です」慎介は小さな紙片に番号を書きつけて清原に手渡した。清原が今夜これ以上、本山と連絡をとるために手をつくすはずはないと確信しながら・・・
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