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翌日、朝一番でエクイティー部の本山から連絡が来た。慎介は昨日の状況を説明し、市田と連絡がついてない事を付け加えた。8時30分頃に慎介は大亜精鋼の財務部長、本田千秋に電話をいれ、送金された資金が届いてない事を連絡した。驚いた本田は200億円の送金の手配はすべて東名銀行が代行して行っており、それは何かの間違いだと言うだけであった。送金を担当した、東名銀行にも連絡を入れたが、本田と同様に請求書の指示どおりに海外送金の手配をしているので、何かの間違いではないかと言い、東名銀行の為替資金部に大亜精鋼の送金について調査してもらうことになった。慎介はチューリッヒ本店に大亜精鋼が東名銀行から送金をしたことを確認した旨のEメールを打った。とりあえず、これで多少時間が稼げるだろうと慎介は思った。多分、早ければ今日の午後には市田が連絡してくるだろう。慎介は今後どう対処すべきか自分の身の振り方についていろいろと思いを巡らせた。
本山憲造が市田に連絡がついたのはその日の夕刻であった。本田千秋もほぼ同じ時刻に大澤源太郎と連絡がとれた。チューリッヒの本店からは今日中に200億円が入金されなければ投資家側からディフォルト条項が発動され大亜精鋼は名実ともに債務不履行に陥る事になると、威しの様な催促の電話が1時間おきに本山と慎介のもとに入った。市田は本山に至急原因を解明するように指示したが、本山にはなす術がなかった。今の大亜精鋼に新たに200億円からの資金を手当てする事が出来ないのは火を見るより明らかであった。ただ悪戯に時間だけが過ぎていった。チューリッヒの本店では事態を重要視して、担当部門長から担当役員を経て頭取にまでこの件は伝えられた。同日のスイス時間の午後5時に緊急の役員会が召集された。創業から150年以上の歴史とその上に築かれた信頼を傷つける事を危惧した役員たちは、状況によっては当座の200億円の緊急融資をする事を決定したのであった。同日の東京時間の8時ごろ東名銀行本店の為替資金部は確認作業の為、ユナイテッド・リバティーのチューリッヒの本店に今回の海外送金の際に大亜精鋼が使用した送金依頼書の写しをファックスで送った。約1時間後の東京時間の午後9時にはスイスから送金先の口座番号が違う事が連絡された。この事はすぐに東名銀行から大亜精鋼の本田千秋財務部長に連絡された。それを受けて本田は慎介にその旨を連絡してきた。
「朝岡はん、どうも頂いた請求書の番号が違っていたようなんです」
「請求書に書かれた番号が違っていたんですか」
「ええ、たった今、東名銀行から連絡が入ってきたんですがね。何でしたら手元にあります請求書の写しをそちらにファックスしましょうか。ちゃんと市田さんのサインも入っていますから間違いありませんよ」
慎介はここぞとばかりに役者に徹し、意外そうな感じの声で訊いた。
「市田のサインですか。請求書はチューリッヒの本店からそちらに届いていませんか」
「いえ、市田さんがサインされたものしか私のところには来ていませんが」
「そうですか。通常は本店から請求書が発送されるのですがね。変ですね」怪訝そうに慎介は言うと、続けた。
「本田さん、その請求書を至急ファックスして下さい」
約5分後に、慎介は市田のサイン入りの請求書のファックスを手にしていた。慎介はその請求書のコピーをそのまま本店の担当者にファックスした。
本店はその請求書をもとに同口座の資金の流れを一時凍結したが、その時には既に200億円は昨日の内にキプロス島に送金されていた事が判明した。キプロス島の銀行に緊急連絡を入れたが、既に銀行の営業時間は終わっていて、翌日まで待たなければならなかった。同日の東京時間の午後10時ごろには、ユナイテッド・リバティーのチューリッヒ本店で、請求書に書かれた送金先の口座がプライベート・バンクの一部の顧客が持つ匿名口座であることを突き止めていた。ニューヨークに出張中のプライベート・バンク部門の最高責任者アレックス・ゴードンはその時、五番街・61丁目にあるホテルでクライアントとブレック・ファースト・ミーティングの最中であった。黒服のウェイターが恭しく小さく折りたたまれたメモを持ってきた。ゴードンはメモを見ると中座して、レストランの脇にある公衆電話からクレジット・カードを使ってチューリッヒの本店に連絡を入れた。チューリッヒのプライベート・バンクの担当者は今回の日本の企業が200億円相当の資金をチューリッヒに送金する際に、不正にプライベート・バンクの一部の顧客が持つ匿名口座が利用され、その口座の持主の名前を開示するように迫られている事を伝えた。
「しかし、スイスの銀行法の定める守秘義務に照らせばそれは出来ないだろう」ゴードンはつっけんどんに言った。
「その通りですが、この口座の持ち主がユナイテッド・リバティーの社員なんです」
「なんだって・・・」ゴードンは驚きのあまり次の言葉を失ってしまった。チューリッヒの担当者は口座の持主がユナイテッド・リバティー東京の投資銀行部の本部長の市田昭雄である事、市田自身が今回の送金者である大亜精鋼と関わりがある事を伝えた。ゴードンはしばらく、受話器を持ったまま考えた末に、口座の所有者の名前を開示する事を許可した。
「ただし、あくまでもこのことはうちの内部だけにとどめておくんだ。プライペート・バンクの客が関与していたという事はどんな手を使っても排除するんだ」ゴードンは電話を切るとすぐにユナイテッド・リバティーの最高責任者ヘンリー・シュミッドの直通電話をダイヤルした。電話の線はすぐに繋がった。
「ゴードンですが」
「シュミッドだ。こんな時間にどうした」
「頭取こそ、こんな時間までそちらにいらっしゃるのは、日本企業の件ですか」
「なんだ君のところにもその話はもう伝わったのかね」
「いや、実は・・・」ゴードンはたった今チューリッヒから連絡を受けた事を包み隠さずシュミッドに説明した。シュミッドは黙ってゴードンの話に耳を傾けた。ゴードンが話終えた後、受話器の向うでシュミッドは暫く沈黙したままであった。ゴードンがあまりの緊張感に絶え切れなくて次の言葉を発する直前にシュミッドが沈黙を破った。
「状況はよく分かった。あとは私に任せてくれ。その市田という男の身柄を我々の手で拘束する」
「申し訳ありません。宜しくお願いします」
 
慎介はその後もこの緊急事態に対応する為にオフィスに居残っていた。午前零時を回ったころに本店の担当者から電話が入った。担当の男は無愛想な声で市田昭雄と至急話しをしたいと告げた。慎介は市田が現在海外出張中である事を告げると、男は市田の所在を訊いてきた。状況が状況なだけに、慎介は男に市田の現在の滞在先を素直に教えた。男はこのことを市田には伝えるなと釘を差すように慎介に言うと一方的に電話を切った。ついにチューリッヒ本店で市田の匿名口座が使われた事が発覚したんだ。慎介は咄嗟にそう思った。オフィスには慎介の他には誰もいなかった。慎介は携帯電話で清水学が宿泊するモンテカルロの『オテル・ド・パリ』の電話をダイヤルした。電話はすぐに学の部屋につながれた。3回の呼出音の後に学の声が受話器から聞こえてきた。慎介はその後の事の経緯を学に伝えた。
「大澤と市田にも今日連絡が入って大変な事になっている。まだ、市田は自分の匿名口座が今回の不正に使われた事は気づいてないけど。いまは2人ともホテルの自室に待機しているよ」
「本店は市田のことを疑いはじめていると思うんだ。だからしつこく市田の居場所を訊いてきたんだよ」慎介が自分の推測を述べた。
「いよいよ動きはじめたな。夕方に大澤と市田と夕食を一緒にとることになっているから、また何かあったらこちらから連絡するよ」そう言うと学は電話を切った。
 
時計は午後8時になろうとしていた。清水学はホテル・ド・パリのロビーで大澤と市田を待った。約束の時間に15分ほど送れて大澤と市田が現れた。大澤と市田の顔は憔悴しきっていた。3人はホテルのメイン・ダイニングに歩を進めた。心なしか大澤も市田も何かに捕らわれているように重い足取りであった。レストランのテーブルにつくと3人は誰もが言葉少なであった。前菜を食べ終わったころ、レストランの入り口の方から数人の男たちが駆け足で入ってくるのが見えた。先頭の男は長身でヴァレンチノのスーツをモデルの様に着こなし、5人の制服の警官を従えていた。大澤も市田も何事が起きたのかと目を丸くして様子を傍観していた。男たちは躊躇することなくまっすぐに3人のテーブルにやって来た。スーツ姿の長身の男は背広の内ポケットから一枚の紙切れを取り出すと3人に向かって言った。
「市田昭雄はどちらですか」
「市田は私だが、何か?」市田が怪訝そうに言った。
「スイス連邦警察からあなたの身柄を拘束するように命令が出ています」男は命令書と思しき紙切れを市田の鼻先に突きつけた。男は連れてきた部下に目配せをした。制服の男達は市田を引き立てて連行しようとした。
「いったいこれは何なんだ」大澤が怒りに声を張り上げた。ヴァレンチノの男は大澤を見下す様な視線を投げかけると続けた。

「お2人にも重要参考人としてチューリッヒまでご同行願います」
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