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第5章

1997年夏、東京

鬱陶しい梅雨が長く続いた。気象庁は梅雨明け宣言を22度にわたり撤回した。合併一年目の東京の1〜6月上半期の業績はリストラによる内部の軋轢と引き続き低迷する日本の株式市場のおかげで芳しいものではなかった。7月にはいると、業績の先行きと自分の進退を案じていたエクイティ・キャピタル・マーケット部の部長ジョン・グラハムが米国ニューヨークのエクイティ本部に席を確保し8月には帰国する運びとなった。グラハムは東京に残留するリスクの大きさを痛感していたのだ。菜緒子をはじめエクイティ・キャピタル・マーケット部のスタッフは皆、こうした結果になる事を春ぐらいから予測していた。 それよりもスタッフの最大の関心事は誰がグラハムの後釜に就くのかということであった。エクイティー・キャピタル・マーケットのナンバー・ツーの清原充が順番としてはポスト・グラハムということになるのであるが清原自身は責任の重いトップ・ポジションに就くよりも二番手の位置でボスを矢面に立たせておくほうが心地よいタイプの人間で、スタッフの誰もが清原が後任になるとは思っていなかったし、清原本人もそれを望んでいなかった。部長のグラハム本人は後任が決まり引き継ぎをするまではニューヨークに戻れないので焦って方々のヘッド・ハンターに後任探しを依頼したのであった。

「グラハムの後釜、まだ見つからないみたいね」
ゴルゴンゾーラ・ソースのペンネを一口食べたあとで亜実が言った。菜緒子と2人でシティ・スクエアの1階の広場の一角にあるイタリアン・レストランで遅目の昼食をとっていた。昼時は何処も混み合うので、2人はその時間帯を避けて午後1時過ぎに昼食をとることにしたのだ。
「まあそう簡単には見つからないでしょう。うちも合併後、業績も振るわないし、合併のゴタゴタもまだ収拾っていないって話は外部にも広く知れ渡っているからね」菜緒子はしたり顔で言った。
「漸く落ち着いたと思ったのに」
「まあ外資系に宮仕えする者の定めだと思って諦めなさい」
菜緒子が諭したが亜実は不満が隠し切れない様子だった。ペンネを2本、3本とフォークでつき刺した。
「そう言えば、清原の奴、青白い顔して、まるで止まり木を無くした小鳥みたいに社内を徘徊しているみたいね」
「突然今まであがめて生きてきた教祖様を失った敬虔な信徒って感じね。自分で何も決められないのよ。家では主導権は奥さんが掌握しているって話よ」
「絶対にお付き合いしたくないタイプの男よね」フォークとスプーンでバッテンを作りながら言った。
「亜実、清原にだって選択権はあるのよ。憲法上はね」菜緒子は亜実をからかった。
「何よ」むくれ顔で亜実は丸めた紙ナプキンを菜緒子めがけてほうり投げた。
「ごめん、お昼時には悪い冗談だったはね」
「悪質な冗談よ。ハラスメントで訴えてやるから」
その時偶然2人が座っていたテラスのテーブルの前の広場を昼食を終えた清原が1人ショルダー・バッグも掛けられないぐらいガックリと肩を落して横切っていった。2人は顔を見合わせると急に笑い声をあげたのであった。

夏休みの時期に入ると東京の株式市場はさらに下落した。景気の先行き見通しは暗く、国際市場では株式会社『日本』(『JAPAN INC.』)に総じて疑問符が打たれ始めた。カー・ラジオのスピーカーから流れる軽音楽の調べをジャック・ナイフで切り裂くように男性アナウンサーの声が飛び込んできた。
「番組を中断して臨時ニュースをお知らせ致します。経営不安説が噂されていた準大手証券の太陽証券が本日午後会社更生法の適用を申請し、事実上倒産しました。負債総額は約2000億円にのぼる模様です。本日夕刻5時に日本橋茅場町の太陽証券本社にて経営陣による記者会見が行われる予定です」
何事も無かったかのように音楽がスピーカーから再び流れだした。7月最終日で都内は何処も渋滞していた。タクシーの後部座席でプロポーザルに校正の赤字を入れていた西野力は書類から顔を上げると言った。
「おお、ついに太陽証券もいっちまったか。だったら簿外債務の噂のある山川証券なんかもっと危ないんじゃないか」
「まあ遅かれ早かれ淘汰されていくんだろうな」慎介が横で応えた。
「山川の場合目下外資系のパートナー探しに必死になって奔走しているって噂だ。お金だけ注入してもらって経営陣もそのまま居残るって都合の好いことを言っているらしい」
「山川はうちにもアプローチしてきてるんだろうな。山川の会長とうちの会長は互いにファースト・ネームで呼び合う仲だそうだからさ」
「俺の大学時代のゼミの仲間で山川に入社した奴がけっこういるんだけど、今職を探しているっていうから、山川も時間の問題かもな」
「経営陣の連中は甘い汁を吸っているからいいだろうけど下で働く社員は悲惨だぜ」
「まったくだ」
車は3度目の信号に引っかかった。2人は品川にある電話設備会社を訪問した帰りだった。曇り空の真夏のジメジメした不快な午後に囚人列車に詰め込まれる囚人のように車はゆっくりと動いた。今にも泣き出しそうな空は金融界に押し寄せようとしている嵐の兆候のように暗く、雲の欠片だけがかなりのスピードで流れていくのであった。

会社に戻ると投資銀行部のスタッフたちは面々にロイターのニュース画面で太陽証券のニュースを見ていた。東京株式市場の後場は証券会社・銀行などの金融株を中心に売り一色で、年初来最大幅の下げの750円安をつけて引けていた。次の倒産が噂される山川証券の株は売り注文に終始し、後場で取引きが停止されたのであった。
「慎介、やっぱり山川もかなりやばそうだぞ…」隣の席から西野力が声をかけてきた。
「外資との提携に生き残りを賭けているんだろう。その結果次第じゃないかな。簿外債務の究明の話もでているし・・・…何かきっと起こるだろう」
「トレーディング・フロアでは山川との一切の取引きを停止するようにという通達があったそうだ」
二人はロイターの画面に次々にアップ・デートされるニュースを見ては先行きを案じ、暗い顔を突き合わせた。

2週間後、山川証券の簿外債務の問題が表面化した。数千億円にのぼる株式の評価損をオフ・ショア金融市場として有名なカリブ海のグランド・ケイマン島に設立したペーパー・カンパニーに移して隠蔽していたのだ。いわゆる『飛ばし』取引きである。現会長・現社長および先代の会長とそのブレーンがこの件に関与した疑いで任意に事情聴取を受けることが報道された。新聞・テレビは挙ってこの問題を取り上げた。巷にはそんな会社に見切りをつけて職を探す山川証券の社員の履歴書が飛び交った。この混乱を収拾すべく山川証券の会長・社長は引責辞任し、飛ばしについては何も知れされていなかった専務取締役2名がそれぞれ新会長・新社長のポストに就く人事発表がなされたのは9月後半のことであった。
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