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第7章

1997年11月、東京

夏以降、簿外債務の問題が表面化し、経営危機に陥っていた大手証券の一角である山川証券の信用は国内外の市場で失墜していった。11月に入り山川証券の信用不安は更に本格化し、資金繰りは困難を極めた。その間、山川の新首脳陣は外資系金融機関との提携による生き残りを画策し奔走したのであった。しかしながら、山川の抱える負債総額が依然不透明で、山川との提携を日本市場への足がかりにしようと前向きに検討していた外資系数社も最後の決断を下しかねていた。

11月の第4土曜日だった。少しだけ空いた遮光カーテンの隙間から朝の柔らかい光線がベッド・ルームに忍び足で入ってくる。けだるい朝の雰囲気が漂っていた。慎介はベッドの脇のサイド・ボードの上にある目覚まし時計を手に取った。もう11時になろうとしていた。慎介は遥か遠い昔に置き忘れてきた記憶を辿るかのように昨晩のことを思い出そうとした。そうだ、昨日は菜緒子、亜実、西野力のメンツで『ガス抜き』と称して日ごろつのる憂さ晴らしをしようと六本木で飲み明かしたのだった。六本木の交差点で菜緒子と一緒にタクシーに乗ったのが午前3時だったところで記憶が途切れた。慎介は二日酔い気味の重い頭を振ると横でまだ心地良さそうに寝息をたてている菜緒子の顔をみた。そうだ、菜緒子は昨晩うちに泊まっていくことになったんだ。慎介は寝顔の菜緒子の額に軽く口付けをするとそっとベッドから抜け出した。カルバン・クラインのブリーフ1枚だけの姿で慎介はバス・ルームへ向った。ブリーフを無造作に脱ぎ捨てると慎介は浴室に入った。浴室のひんやりとした冷気が足元から這い上がってくる。慎介は熱いシャワーを頭から浴びた。だんだんと全身の感覚が覚醒していくのを感じた。シャワーを終えて慎介はバス・タオルを腰に巻いて、リビング・ダイニングに行き、ステレオのスイッチを入れてお気に入りのFM局に周波数をあわせた。英語と日本語のディスク・ジョッキーで最新のポップスが紹介されていた。ボサノバ調の曲がスピーカーから流れていた。慎介はそのままキッチンへ行き、コーヒーをいれた。ペーパー・フィルターからコーヒーの豊潤な香りが湯気となって舞い上がった。何処からともなく忍び足で音をたてることも無く『シェリー』が足元に擦り寄ってきた。シェリーはチンチラ種で長いシルバー・グレーの優雅な毛皮を纏ったキュートなメス猫だった。彼女はコーヒーの匂いを嗅ぎ付けると忍び足でやって来ていつもコーヒー用のクリームを慎介にねだった。
「おはようシェリー」慎介はシェリーの背中を撫でながら話しかけた。シェリーは慎介の手の動きに合わせて気持ち良さそうに背伸びをした。慎介はコーヒー用のクリームを小皿の上に注ぐとキッチンの床の上の置いた。シェリーは待ってましたとばかりに皿の中のクリームを舐め始めた。慎介は早くカフェインを体内に注入し頭をすっきりさせたかった。マグ・カップにいれ立てのコーヒーをなみなみと注ぎ、スウエット地の部屋着を付けるとリビングのソファーに腰を下ろした。暫くすると寝起きの菜緒子が慎介のTシャツを着て、目を擦りながらリビングに現われた。まるで大人用の服を着た子供のような出で立ちだが、Tシャツのすそから2本すらりとでた形のいい脚が慎介をはっとさせた。
菜緒子が照れくさそうに言った。
「いい匂いに引き寄せられたみたい。私にも1杯頂戴」
「かしこまりました。お姫様」慎介は優しく応えるとキッチンに引っ込み、新しいマグ・カップを手にして戻ってきた。コーヒーを菜緒子に手渡すとそっと彼女の額にキスをした。
「よく眠れた?」
「うん。とっても」
ふたりはリビングのソファーに腰をおろした。口の周りの毛をクリームで汚したシェリーが慎介の足元に擦り寄って来て、猫なで声をあげた。菜緒子はシェリーを両脇を手のひらで挟むように抱き上げると鼻を突き合わせた言った。
「シェリー、私の慎介を誘惑しないで頂戴。お願い」
シェリーはか細い声で鳴くと、ペロリと菜緒子の鼻を舐めた。
「シェリーくすぐったいわ」菜緒子はシェリーを床の上に戻した。
南向きのバルコニーに面した大きなガラスのサッシ扉の内側に置かれた観葉植物の葉が太陽の光に反射してキラキラと輝いていた。ラジオはハスキーな声の女性シンガーのソウル調の曲を紹介していた。ただ漠然と時間だけが融けて流れ出していくような不思議なセピア色の空間に2人は漂泊していた。
突然、2人を現実に引き戻す無機質な女性アナウンサーの声がマグニチュード7を超える巨大地震となって休日の朝のアンニュイな雰囲気を破壊した。
「ここで臨時ニュースをお伝えします。先に簿外債務の問題が発覚し、経営危機に陥っていた証券大手の山川証券が自主再建を断念、大蔵省への自主廃業申請など軸とした最終調整に入った模様です。自主廃業に踏み切れば、負債総額は約2兆円規模になる見込みで、本邦企業の倒産としては史上最大となります。本日午後4時より中央区八重洲にある山川証券本社で首脳陣による緊急記者会見がある模様です」
慎介はラジオのスイッチを切るとリモコンでテレビのスイッチを入れた。テレビは番組を変更し、緊急報道特別番組として山川証券の自主廃業のニュースを伝えていた。ショート・ヘアーのニュース・キャスターが何処かのエコノミストと思しき中年の男性をスペシャル・ゲストとしてディスカッション形式で番組は進行していた。
「今回の山川証券の自主廃業決定についてどうご覧になりますか」
「先般、山川の簿外債務の問題が表面化した時点ですでにマーケットは決断を下していたと思います。問題の発覚後、海外の格付け機関は挙って山川の格付けを『投資不適各』にダウン・グレードしました。これが山川にとって致命傷になったわけです。連鎖反応で信用不安は急速に拡大し、山川は資金繰りがつかなくなってしまったのです。最後は市場からの退場を余儀なくされた形での幕切れとなったのです」
「今回の件が日本株式市場に与える影響はどうでしょうか?」
ニュース・キャスターとエコノミストのやりとりは続いていた。
慎介は菜緒子と顔を見合わせた。
「これからどうなるんだろうね」菜緒子が訊いた。
「同業者が職を求めて巷に溢れるんだろうね」
「うちにもまだ山川証券の人がくるのかな。あの市田みたいなやな奴たちが」
「どうだろうね。でもみんながみんな市田みたいな奴じゃないよ。現に俺の大学時代のゼミの仲間だって山川の社員だしな。山川にだって優秀な人材は沢山いるんだ。そういう人達が流出すれば市場にとってはプラスの材料になるんじゃないかな。確かに市田はうちにとってはBADLUCKだったけどな」
「私なんだか嫌な予感がするの」菜緒子が言った。
「考えすぎだよ」慎介が諭すように菜緒子に言った。
この時慎介には菜緒子の予感が現実のものとなることを知る術はなかったのだった。
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