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山川証券の倒産のニュースのせいか、夜の帳の降りた銀座の街はいつもの華やかさかからはほど遠く、うっすらと死化粧をした薄幸のヒロインのように見えた。黒塗りのベンツが高級クラブがいくつも入る雑居ビルのひしめく『並木通り』を人を寄せ付けぬ厳かな足取りで進んだ。とあるビルの前でベンツはゆっくりと停止した。運転席から初老の運転手が降り、後部座席のドアを慣れた手つきで静かに開けた。葉巻をくわえた中年の男が車から降り立ち、ビルを見上げた。ビルの上から下まで群生するキノコのようにネオンが突き出していた。男はネオンに示された『クラブ優香』の文字を目で確認すると運転手に時間を告げてビルのエレベーターの中に消えていった。クラブはビルの7階にあった。エレベーターを降りるとリノリウム張りの廊下の突き当たりに周りとはちぐはぐな感じの高級なマホガニーの扉が仁王立ちしていた。男が中に入ると薄明かりの中、煙草の紫煙が漂うフロアの奥の方からクラブのママと思しき着物姿の女性が出てきた。
「あら、大澤さん、お待ちしておりました。先ほどからお連れ様お待ちですよ。」
「優香ママ、今夜も一段と綺麗だな」
「まあ、大澤さんたらお上手なこと。さあどうぞ奥へ」
ママは大澤を奥へ案内しながら、店でもナンバー・ワン、ナンバー・ツーの人気のホステス乃里佳と由美に目配せし、大澤のテーブルに一緒に着くように合図した。その半生を銀座の街と共に歩いてきた女らしく、その振舞いは華麗で、優雅で、それでいて隙のない緻密なからくり人形のようであった。
奥のテーブルに座って煙草を吹かしていた市田昭雄はママと一緒に歩いてくる大澤源太郎の姿が目に止まると慌てて煙草を灰皿の中でもみ消して、腰を浮かせた。
「大澤社長」
「市田さん、こんなところで社長はやめて下さい」
「あ、はい。でも・・・…」市田は大澤の申し出に躊躇した様子だった。
奥の長いソファーに大澤、市田が並んで腰を下ろし、大澤の横に優香ママ、市田の隣に乃里佳が掛け、由美はテーブルの前の一人掛けの椅子に腰を下ろすと水割りを作り始めた。優香ママは世事に長けており大澤と市田のビジネスの話にも当たらず障らず絶妙のバランス感覚で参加した。宴席の話題も一巡したところで頃合いを見計らうように優香ママは二人のホステスを連れてテーブルから離れた。
大澤は口にしていたキューバ産の葉巻を灰皿の上に置くと、おもむろに市田に切り出した。
「市田さん、今日時間を頂いたのは他でもない山川の件なんだが」
「ええ」
「言うまでもないが、君の古巣の山川はうちの主幹事証券だ」大澤は間をおいて「いや、だったかな」といい直した。
「それで、どこをうちの幹事証券にしたらいいのかと思い悩んでいるところなのだよ。どこも大野証券に色気を出しているのだが、奴等も計算高くここぞとばかりに天狗になって偉そうな御託ばかり並べてくる」
大澤は一旦灰皿に置いた葉巻を再び吹かし、一息いれた。
「来年には例のワラント債の償還もあるだろう。大野証券が幹事証券になったらうちのエクイティ債の発行を認めるかどうか私自身わかり兼ねているんだよ。それでどんなものか株のプロの君の意見を聞かせて貰おうと思って…」大澤が軽く市田に頭をさげた。
「お褒めに預かり光栄です」市田が恐縮した様子で答えた。
「大澤社長、僭越ながら申し上げます。確かに大野は日本でも最大手の証券会社ですが、何と申しあげたらいいのでしょうか、頭のいい小賢しい人間が多いのです。常に自分達の財布の中に落ちてくる金のことしか頭にないのです。いつも事業会社は食い物にされてしまうのです。そこが顧客サイドに立った山川の営業とは違うのです」
「だから大野が残り、山川が消えたってことですか?」大澤は市田の媚びる態度に嫌気がして、ちょっと嫌みを言った。
「大澤社長、これは手厳しい」男芸者に徹した市田は憤することなくくだけた調子で返した。
大澤は見下すように目の前の男娼に訊ねた。
「それで市田さんはどういうすればいいと思うのかね」
「大野証券のことは諦めて、準大手クラスを主幹事証券につけるのです。大澤社長の手足となって動いてくれるような」
「例えば?」
「そうですね平和証券とか新興のニュー・ライフ証券なんかがよろしいかと思いますが。彼らにとって法人顧客を増やすまたと無いチャンスですからね。彼らに御社の主幹事証券としていい顔をさせてやるのですよ。その代わりに彼らに御社の株を買わせて株価をつり上げるのです。株価が少なくとも800円台まで回復すれば転換社債の発行も夢では無くなります」市田は他人に話しを聞かれてはいないかときょろきょろと回りを見回した。
「それじゃ株価操作の疑いがかかるのでは?」
「ですから今から時間をたっぷりかけて仕込むのです。ワラント債の償還は来年の8月ですよね。約半年かけて株価を現在の100台から800円台まで嵩上げすれば、たとえ証券取引委員会に目を付けられることになっても反論はいくらでも準備できますよ」市田は自信満々で言った。
大澤はまるで価値の測り知れない抽象画の芸術作品を見るような目をして市田を見据えた。
「市田さん、本当に出来るんだね。あなたに任せて大丈夫なんだね」
「大澤社長、この市田昭雄、男に二言はありません」
市田の口約束など信用出来ない事は明らかであったが、今の大澤にとって他の選択肢は無かった。
「ことがすべてうまく運べば、別に個人的にあなたには礼をさせてもらうよ」
「ご安心ください」
「ところで市田さん、あなた個人の銀行口座を海外にお持ちですか」
「いえ、私などしがないサラリーマンですから」
「それじゃ、おたくのプライベート・バンクで口座を作ってもらったらどうですか」
「でも、私にはそんな大金もありませんし」
「市田さん、私はあなたに今後謝礼を支払わなくてはならないのです。私の個人の口座からあなたの口座へ。こんなことに日本の銀行を使ったら、すぐさま税務署の餌食ですよ」
「しかし、うちのプライベート・バンクは最低預け入れ金額がたしか日本円で5000万円からですよ」
「それではすぐにプライベート・バンクであなた個人の口座をおたくの東京のスタッフに作らせなさい。5000万円は口座が開設され次第振り込むと言っておけばいい。市田さんはかつてロンドンに駐在されてますよね。だから、ロンドン赴任中に貯めた資金がオフ・ショアのマン島にある銀行に預けたままになっていると説明をしておけばいいですよ」
「でも実際に私には5000万円なんて大金はありませんから」
「ですから、それは私が手付金ということで市田さんにお支払いします」
大澤のペースで話しはどんどん進められた。
「プライベート・バンクの口座には2種類あって、口座の名義人の名前が表に出てくるものと『匿名口座』と呼ばれる名義人がアルファベットや数字だけで表わされるものがあるんですよ。この場合、口座の番号と一緒に本人確認の為のパス・ワードを設定することになります。パス・ワードには自分とは全く関係の無いものの名前が使われます。ネーミングは重複するものが無ければ何でもいいんです。市田さんあなたにはこの匿名口座を開設して貰いたいのです」
資産家の大澤はすでに複数のプライベート・バンカーと付き合いがあるらしく、淀み無くプライベート・バンクの詳細について語った。
「スイスの銀行法は世界でも屈指の厳格な法律で顧客情報は手厚く保護されているんです。罰則規定も厳しく、顧客情報を外部に故意はもちろん善意でも漏洩した銀行員には懲役刑が待っているんです。だから通常の名義の入った口座でも別に問題は無いのだが、万が一ということも有り得る。匿名口座にしておけば最悪の事態になった場合でも追求の手が身に及ぶ可能性は皆無に等しいと考えていいんです」
市田は大澤のスパイ小説のような話を絵空事のように聞いていた。
「市田さん、これであなたと私は一連托生ということになりますよ」
「あっ、はい」市田は肯定はしたものの戸惑いを隠せなかった。
「おたくのプライベート・バンクに清水学という頭の切れる若いお兄ちゃんがいるんだが、彼が私の担当だ。彼に頼めば話しは早いだろう。私の名前を出してくれても構わんよ」
「はあ、そうさせて頂きます」
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