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翌日、市田はプライベート・バンクの清水学に電話を入れた。
「プライベート・バンク、清水でございます」
小心者の市田は緊張していたが、いつもの虚勢をはって声をだした。
「エクイティ・キャピタル・マーケットの市田だが」
市田の暴君振りは学の耳にもすでに入っていたので、学は身構えた。市田昭雄が一体俺に何の用だろう。
「はじめまして。清水学です」学は改めて名前を名乗って自己紹介した。
「実は君の名前を大亜精鋼の大澤社長に聞いてね…」
「そうでしたか、それで今日はどのようなご用向きでしょうか」
「そちらで私自身の口座をスイスの本店に開設しようと思っているんだが」
「失礼ですが私どもの最低預け入れ金額は5000万円からになっております」
「ああそう聞いているよ。一旦口座を開設して貰えればすぐにそこに送金する手配をしたいんだ。宜しいかな」市田が聞いた。
「わかりました。そうしますといろいろと提出して頂かなければならない書類がありますので、一度こちらのオフィスへお越し願えますか。その際に身分証明となるもの、例えば免許書とか、パスポートのような写真の付いたものをお持ち下さい。」
「ああ、分かった」
「いつぐらいが宜しいでしょうか?」清水学はメモ帳に大きなクエスチョン・マークを何重にも書きながら喋っていた。
「明日の午後はどうかね」
「ええ、私のほうは今のところ何も予定は入っておりません」
「では午後3時に伺うことにするよ」
「はい、お待ちしております」清水学はメモ帳の上に描いた黒々とした『?』マークを見つめて、いかにも腑に落ちないという様子で受話器を置いた。

11月にしては暖かい夜だった。庭に面したテラスのカウチに腰をおろしブランデーの入ったグラスを傾けて大澤源太郎は思いを巡らせていた。銀座のクラブで市田昭雄と話したことを大澤なりに反芻していた。市田が心から信頼出来る人間ではないことぐらい大澤は百も承知だった。だがしかし一方で大亜精鋼の存続がかかっていた。先代がここまで大きくした大亜精鋼王国を源太郎の代で潰すわけにはいかないのだ。焦りが源太郎を駆り立てた。大澤自身自分の採った判断が果たして正しいのかどうか測りかねていた。ただ大亜精鋼のことを考えると残された選択肢はさほどなかった。悪魔に魂を売ってでも大亜精鋼を守らなくてはならない。テラスの向こうのリビング・ルームの内側から愛犬のゴールデン・リトリバーが心配そうな目で主人のことを見ていた。大澤はテラスのカウチから重い腰を上げるとリビングに通じる大きなサッシのガラス扉を開けて室内に入った。中にいた愛犬の頭を撫でながら大澤が言った。
「ラッキー、おまえは何も心配しなくていいんだよ」
主人のメッセージが通じたのか、ラッキーは「クゥーン」と悲しそうに鼻を鳴らすと奥の部屋へ消えていった。

高価な調度品の飾られた洒落た雰囲気の応接室に通された市田はなんとなく場違いな感じがして居心地が悪く落ち着かなかった。市田はユナイテッド・リバティーのプライベート・バンキング部の第2応接室のソファーに腰を下ろしていたのだった。女性のスタッフの1人が飲み物を運んできて市田の前のガラスのテーブルの上に置いた。セリーヌのベージュ色のスーツを身に纏いすらりと伸びた足元ではフェラガモのバックルが光りを放っていた。市田好みの今風の都会的な匂いのする女だった。
「清水は間もなく参ります」
彼女は軽く会釈して部屋を出た。市田は出されたコーヒー・カップを手にした。出されたコーヒーも本格的なエスプレッソ・コーヒーだった。2分程してドアがノックされ、清水学がプライベート・バンクの東京の責任者ハンス・グートを連れて部屋に入ってきた。市田は若僧の清水だけがミーティングに出てくるものだと思っていたので予期せぬハンス・グートの参加に戸惑った。
「市田さんお待たせしました。ハンス・グートが是非一緒にお話をしたいと申しまして、電子メールで連絡を入れさせて頂いたのですが」
「今朝から出ずっぱりだったもんで、メールにはまだ目を通してないんですよ。それは失礼をしました」
グートが割って話に入った。
「市田さん、この度は私どもプライベート・バンクに口座を開設して頂けると聞きました。誠に有り難うございます」
「大亜精鋼の大澤社長のお奨めでしてね」
市田は場違いな自分を意識したのか控えめに言った。市田は手短に山川時代から大亜精鋼の大澤社長との関係についてグートに説明した。グートと市田は暫く今後の日本の株式市場の展望について話をした後、グートが恭しく言った。
「あまりお忙しい市田さんのお時間を頂戴してもなんだから、早速口座開設の手続きを始めましょう」
グートの横に座っていた学が用意してきたマニラ封筒から書類の束を取出した。
「それでは順を追ってご説明します」
最初に顧客情報カードが渡された。記入事項はネーム(名)、ファミリー・ネーム(姓)、生年月日、国籍、現住所、電話番号、家族構成、家族各自の詳細、職業、年収、母親の旧姓、最後に署名欄、カードの下の方にはカードの記入に立ち会ったプライベート・バンクのスタッフの署名欄・日付けとなっていた。市田は黙々と書類に取り組んだ。
「次に本人確認をさせて頂きます。写真のついた身分証明書をご提示下さい」
市田が一瞬何を今更と言いたげな不満顔になったのを学は見逃さなかった。
「市田さん、お手を煩わせて申し訳ありません。ただ、スイス本社の社内規定で如何なる例外も許されないものですから」
市田は学に自分の心の内側を見られているような気がしてはっとした。大澤社長が学のことを『頭の切れる』と表現したのを思い出した。
市田は上着の内ポケットからパスポートを取出すと、学に手渡した。学は素早く市田のパスポート・ナンバーを書類の欄に書き取った。それから市田の了解を得てパスポートの写真と番号の入ったページを一緒に持ってきたラップ・トップ・コンピューターのスキャナーで読み取り、意味不明のアルファベット十文字をファイル名にして保存した。
市田は数種類の書類を次から次に記入させられていい加減うんざりし始めていた。市田の雰囲気を察した学が言った。
「あと2つで終わりです。次は署名鑑です。こちらの空欄に同じ署名を3つして下さい」
市田は無言で3つ同じサインをした。初めて中学で習ったような筆記体の文字が3つならんだ。最後の書類は委任状だった。学が内容を説明した。
「この書類に明記される人が市田さん以外の人間で、唯一あなたの口座の資産を動かす指示が出せるのです。もちろんこれは市田さんがご存命の間においてのみの話ですが。死亡の場合は法律に則った相続の手続きが執られますので、特別に遺言でも無い限りは配偶者の奥様、お子さんに口座の財産は移管されます。普通、皆さんは奥様に委任されるケースがほとんどですが、どうされますか?」
市田は書類に目を落したまま考え込んだ。
「家内以外の人間でも宜しいですか?」
「ええ、それはもう市田さんのご判断にまかされます」
「今はこの口座のことは家内には知らせたくないのでね」
「わかりました。それではどなたに委任されますか」
市田は予期せぬ事態にし当惑を隠せなかったが、しばらく考え込んでから答えた。
「当面私の秘書の川辺真樹を委任しますが宜しいですか?」
学はグートと顔を見合わせた。グートが黙ったまま肯くのを見てから学は話を続けた。
「ええ、結構です。ではその方の姓名とご本人の署名をこの書類の空欄の部分に記入して頂いて、私まで送り返して下さい。大変重要な書類ですので社内便ではなく、お手数でも市田さんご自身でお持ち頂けますか」
「了解しました」
「それでは本社の手続きが完了し次第、市田さん名義の口座と口座番号、パス・ワードをお知らせします」
市田はふと大澤社長に指示された『匿名口座』のことが頭を過ぎった。
「すみません」市田が訊いた。
「はい」書類を確認していた学が顔をあげて応えた。
「あの今私が開設した口座は、その所謂私の名前が名義になったものですか」
「そうですが何か?」
「いや実は大亜精鋼の大澤社長に『匿名』の口座を開設するように奨められましてね」
匿名口座だって。それは一部の限られた顧客のみが持っている銀行口座であった。学とグートは顔を見合わせた。
「『匿名』のですか?しかし数年前にスイスの銀行法が改正されて匿名の口座は新規に持つことは出来なくなってしまったのですが、ご存知でしたか?」
「それでは大澤社長の口座はどうなっているのかね?」
「それは顧客情報なので何も申し上げられません」
「大澤社長に確認してもらえないかね」
「市田さんが顧客として私共に指示されるのであれば喜んで連絡をとりますが」
「ああそういう事にしてくれ」
「かしこまりました」

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