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第8章

1997年12月、東京

大手証券会社の山川の倒産に続いて日本を代表する都市銀行の一行が破綻した。景気の見通しは暗く市場の雰囲気は悪化する一方であった。増大する信用不安から日本の銀行は更なる貸し渋りに走り、資金繰りが困難な中小企業の倒産が相次いだ。師走に入っても街は例年の賑わいを見せるどころか悲し気な表情でうつむき加減であった。クリスマスのデコレーションもどこと無く色褪せていた。
ユナイテッド・リバティーの97年度の業績は欧州・米国ともに最高益を更新した。欧米の産業界の再編に伴うM&Aが急増したことやエクイティ・マーケットの活況に後押しされたのであった。ニューヨークやロンドンのスタッフ達ははやくも来年1月に支払われるボーナスのことで浮き足立っていた。一方、日本を含めたユナイテッド・リバティーのアジア地区だけが業績が振るわなかった。投資銀行部のマイヤーは業績不振の責任を取らされるのではないかという噂が11月ごろからちらほらと囁かれていた。特に旧リバティー・ワン側のスタッフからのマイヤー・バッシングは痛烈であった。そのXデーはついに現実のものとなった。
 
旧スイス・インダストリアル・バンク時代から慎介はマイヤーに可愛がってもらった。マイヤーは慎介のことを大変優秀な部下として認めていた。マイヤーから突然ランチの誘いを受けたのは12月第2週のことであった。マイヤーはランチの場所にオフィスのあるシティ・スクエアから車で10分ほどの閑静な住宅街の中にあるこじんまりとしたフレンチ・レストランを選んだ。ユナイテッド・リバティーの他の社員から見られることも無く2人だけで静かに話しをしたいマイヤーの意図がそこにあった。アペリティフのドライ・シェリーを一口のんだ後でマイヤーが言った。
「朝岡君、いや慎介、実は私はスイスに帰ることになると思う。まだこの話はコンフィデンシャルなんだけど、君だけには前もって知らせておこうと思って…」
慎介は予期していた事とはいえ実際にマイヤーの口から打ち明けられると驚きと寂しさの混じった複雑な気持ちになった。
「この1年間自分なりに一生懸命努力したのだが投資銀行部のスタッフを一つにまとめる事は出来なかった。不徳のいたすところだ。申し訳なく思っている」
「マイヤーさん何もあなたの所為じゃありませんよ」慎介は涙声になっていた。
「慎介、そう言ってくれて嬉しいよ。しかし、結果は結果なんだ。新体制は1年のものさしでしか物が測れないのだよ。しかし、日本というところではそれは通用しない。私は東京で20年間仕事をしてきた。私なりに日本のカルチャーや日本人の気質が理解出来ると自負しているのだが…残念ながらそんな私の経験も新生ユナイテッド・リバティーでは活かす事が許されないのさ」マイヤーは無念そうに言った。
「私の唯一の心残りは君をはじめ私と一緒に仕事をしてきた旧スイス・インダストリアル・バンクのスタッフの事だよ。営業で顧客の信頼をしっかりと掴んでいるのは僕達旧スイス・インダストリアル・バンクであって、リバティー・ワンではないんだよ。それは僕達がつねにお客と誠実に接してきたからだよ。慎介、このことはこれからも決して忘れてはならないよ」マイヤーはまるで自分自身に言い聞かせるように言った。
 
翌週、マイヤーがスイスに帰国する話が正式に発表された。社内ではマイヤーの後任を含めユナイテッド・リバティー東京の組織改革の話が出ていた。
 
「ねえ、聞いた?うちのトップ・スリー、スイス本社の会長とニューヨークの社長、ロンドンの副社長三人揃って東京に来るらしいよ」亜実がランチの席で言った。
「あなたよくいろんな話仕入れてくるわね。その話は何処から聞いてきたの?」菜緒子が訊いた。
「情報ソースは明かさないのが鉄則よ。だからヒ・ミ・ツ」亜実はネイル・アートの施された綺麗な人差し指を唇の前でたててニヤリと笑った。
「けちね」
「だけど、それって今後の東京の戦略を決めるかなり重要な会議でもやるんじゃないかな。トップ・スリーがわざわざ御自らお出ましになるぐらいだから」慎介が言った。
「市田の秘書の川辺真樹に聞いたんだけど、奴の水曜から金曜までのスケジュールを急きょ全てキャンセルするように言われたらしくて、文句言ってご機嫌ななめだったよ」西野力が言った。
「何かきな臭いわね」
「そう言えばうちのマイヤーも水曜から何も予定を入れるなって今朝言ってたよ」学も思い出したように言った。
5人は1階のテラスのカフェで昼食を共にしていた。
「今週に入ってから腰巾着の清原の様子が変なのよ」菜緒子が言う。
「どんな風に?」慎介が訊き返す。
「どんな風って、いつもあんなに市田に媚びまくっていたのに、なんだか媚びても無駄だって事を悟ったような感じになってるのよね」亜実の同意を求めるように菜緒子が言った。
「なんか清原の奴、壊れちゃったみたい。きっと市田に何か言われたのよ」
「会社の運転手の河村さんに訊いてみようよ。彼も事情通だからさ」古株の学が提案した。
 
学が河村から仕入れてきた情報によると、水曜の早朝にスイスの会長とロンドンの副社長が成田に到着。彼らはそのまま千葉のゴルフ場のホテルへ直行。同日、午後ニューヨークの社長が成田に到着。同じくゴルフ場のホテルへ直行。その夜はそのホテルの個室で何人かの東京のスタッフを交えてディナーをする模様。翌日、木曜日は朝からゴルフ。そのあと都内へ移動。宿泊は日比谷のノーブル・ホテル。金曜日に彼らをホテルから六本木のフォーラム・プラザまで送り迎え。土曜日に社長は関西空港経由で飛ぶらしく羽田まで見送り。つづく日曜日に会長、副社長を成田まで見送り。以上が今回のスケジュールだった。
フォーラム・プラザはレストラン併設の貸会議室である。まるで漁師が穴の空いた網を一つ一つ丁寧に繕うように散在する猫の額ほどの土地を何年もかけてコツコツと地上げして建設されたインテリジェント・ビルのワン・フロアにあった。そこで戦略会議がある事は間違いなさそうだ。今後の戦略、組織がその会議の場で決められるのである。慎介はマイヤー無き後の投資銀行部の行方に不安を隠せなかった。隣の席の力が言った。
「来週には新体制が発表されるらしいよ」
翌週月曜日、エクイティ・キャピタル・マーケット部のウィークリー・ミーティングで市田はとてもご機嫌だった。いつもの下衆な雰囲気は隠せないのだが、それでも言葉使いも優しく、不気味であった。
「皆さん、今年も後少しでおわります。残念ながらユナイテッド・リバティー東京の業績はあまり芳しいものではありませんでした。私もこちらにきましたのが十月でしたので私本来の力が十分に発揮できておりません。来年は一丸となって目標を達成すべく頑張りましょう。投資銀行部のマイヤーさんもスイスに帰国されることになり、東京の組織の再構築が急務なのは皆さんも噂されている通りです。近々に新しい組織の枠組みが作られるでしょう。それまでは皆さん今まで通り業務に専念して下さい」
スタッフの誰もが不審に思った。菜緒子の心の何処かで警鐘がけたたましい音をたてていた。
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