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「それは無理だと思います」菜緒子が異を唱えた。菜緒子の声はユナイテッド・リバティー東京の大会議室の隅々まで響き渡った。ミーティング中に睡魔とねんごろになって、とろけた蜜の様な清原の脳髄にまで差し込んでいく勢いであった。
「昨年から大亜精鋼の状況は全く変わっていません。確かに株価は400円台まで回復していますが、それでも200億相当の転換社債を発行すれば発行済み株式総数の3割にあたり、再び株が売られてしまう原因になり兼ねません」会議に出席していたアナリストの中村純子が菜緒子の援護をした。
「しかしね、うちの市田本部長が大亜精鋼の大澤社長から直々に依頼されているんだよ。それを無下に断る事は出来ないだろう、君たち」本山が見下すような調子で言った。
「でも、いくらなんでも現在の株価のレベルで転換社債を発行させるのは、大亜精鋼の株式にとって、マイナスの面のほうが多すぎますよ」純子がアナリストの立場から、現状の大亜精鋼の株式に対する見方の詳細を解説した。
本山は純子の説明を聞き終えると、おもむろに純子に訊き返した。
「中村君、それでは、どの位の株価のレベルであれば大亜精鋼の転換社債の発行にご賛同頂けるのかね?」
「少なくとも800円ぐらいないと」
「わかった、では、株価が800円を超えたらと言う条件付きで大亜精鋼に転換社債の発行を提案しよう。いいね、それで」本山は線を引いた様な細い陰湿な目で中村純子を見据えるようにして問い質したのだった。
「えっ、ええ」純子は言葉に詰まりながら答えた。
「それでは、エクイティ部としては、今の前提で大亜精鋼にスイス市場での転換社債の発行を奨めよう。1週間後に市田本部長と大亜精鋼の大澤社長のところへ行くから、それまでにうちの考え方を提案書
の形にまとめておいてくれ。飯野君と湯川君で協力してやるように」
「あっ、は〜い」亜実は気乗りしないという調子の声で答えた。
「湯川君、これは大切なミーティングなんだから、適切な正しい日本語で作ってくれよ。往々にして外資系の方はまともな日本語に慣れてないからな。まあ、最終稿は私がチェックするので安心したまえ」
菜緒子は亜実の顔が紅潮していくのが分かった。
「それから、中村君、君にも新しい大亜精鋼のアナリスト・リポートを書いてもらわなければならない。『強気の買い推奨』のリポートをな」
「それは大亜精鋼の今後のビジネスの推移について、トップ・マネジメント・インタビューをしないと何とも言えません」純子が困惑して言った。
「何も気にする事は無いんだよ。君はただ買い推奨のストーリーを作り出しさえすればいいんだ」
「レポートを捏造しろとおっしゃるんですか?」
「いや、私はそうは言ってないよ。大亜精鋼の株を誰もが買いたくなるような物語を聞いてみたいんだ。これは本部長の市田さんからの命令でもあるんだ。君はそれを忠実にこなせばいいんだよ。君も一端のアナリストかもしれんが、僕もエクイティ部の部長として君を評価する立場にある事を忘れんでくれよ」
純子は呆れて返す言葉さえ見つからなかった。
 
「私もう耐えられないわ」亜実が唸った。
「私もよ」菜緒子が続いた。
「何だか腐った果物に巣食っていた害虫達が這い出して来て、気が付いたら軒先を取られてしまってたってとこかな。なんだって私達があんな下衆な奴等に支配されなきゃいけないの、本当に腹立たしいわ。何とかならないのかしら」菜緒子が噛み締めるように言った。
「今朝のミーティングであの腰巾着野郎が言った事覚えてる?『外資系の方はまともな日本語に慣れてないからな』だって。奴等なんかその上等な日本語で男芸者やって、日本の会社騙して、最後に自分達の会社まで潰しちゃったんだから世話無いわよね」亜実が悪態をついた。
「まあまあ2人とも落ち着いて」慎介がなだめ役にまわった。
午後8時を回っていた。3人は会社を抜け出して近くにあるショット・バーで会合を開いていた。
「慎介、私たちもう本当に限界にまで来ているわ」菜緒子が吐き捨てるように言った。
「まあ、とにかく奴等が邪悪なのはよく分かった。ただ、今の時点では奴等が実権を握っているのも悲しいかな事実だ。暫く奴等の出方を見てみようよ」慎介が淡々と言った。
「よく冷静にそんな事言えるわね」菜緒子はちょっと呆れ顔になった。
それから暫くの間、慎介は2人の愚痴の聞き役に徹したのであった。2杯目のビールを飲み終えると、菜緒子はさり気なく腕時計に目をやった。もうすぐ9時になろうとしていた。
「あっ、こんな時間。もう行かなきゃ。亜実帰るわよ」
「おいおい、慌ただしいな」慎介が言った。
「毎晩9時を回ったくらいに本山が接待から酔っ払ってオフィスに戻ってくるのよ。誰がちゃんとオフィスで働いているかをチェックする為にね」
「ええっ、そんなこと馬鹿げてるよ。やめなよ」慎介は信じられないという顔になった。
「だけど、今以上の嫌がらせをされる事を思うとね…」亜実が大あくびをしながら言った。
「慎介、投資銀行部も遅かれ早かれ私たちエクイティ部の二の舞よ。本山は腰巾着のような子分だけど、なかなかの役者でね。アホの市田に入れ知恵するくらい朝飯前なのよ。」
菜緒子が腰を上げながら言った。
「また連絡するから、じゃあね。あとここの勘定任せたから宜しくね」
「えっ、何で…」慎介が全部言い終わる前に2人は疾風の如く消え去った。1人残された慎介はグラスに半分残ったジン・トニックを口に含むと、菜穂子が最後に言った言葉を頭の中で反復した。確かに市田が上司になってから投資銀行部でも仕事がやりづらくなっていたのは事実であった。
 
中村純子が辞表を出したのは翌週の事であった。当初、本山憲造は辞表を受理しなかった。上司に相談も無しに会社を辞める事を決めたことが仁義に反するというのである。本山は純子を会議室に呼び出して、脅したのだ。
「中村君、君ね、この業界は狭いんだよ。こんなやめ方をして他で雇ってもらえると思っているのかね」本山はその細い目に陰湿な光を漂わせて言った。
「ご心配には及びません。私個人の問題ですから。それに私はアナリスト・レポートの捏造に荷担するつもりはさらさらありませんので」純子は淡々と言い放った。
「どうも君は誤解しているようだね。捏造なんて人聞きの悪い。私は大亜精鋼の株が多くの投資家の関心を引くようなストーリーを取材して欲しいと言ったまでだよ」純子のあまりにも強気の態度に圧されたのか、本山は優しいトーンの声色で言った。
「それと捏造とどう違うんですか。前にいらっしゃった会社ではそのような事は黙認されていたのでしょうが、私たちはグローバルな土俵で仕事をしているのです。そんな事が認められる訳ないじゃないですか」恐れるものが無くなった純子は、追い討ちをかけるようにズバリと思っている事を本山の鼻っ面に叩き付けるような調子で言った。
「まあ、ずいぶんはっきり言ってくれるね。私たち山川の人間を馬鹿にしているのかね」流石の本山も憤慨を隠せなかった。
「いいえ、とんでもありません。現に元山川証券出身の優秀なアナリストの方達とも親しくさせて頂いてますから」純子は顔色ひとつ変える様子もなかった。
「中村君、そう意固地にならないでくれたまえ。こう見えても僕も業界じゃ顔が広いんだよ。こんなやめ方をすれば君の次の就職先にも影響するよ」
「本山さん、それは脅迫ですか?そうならば私にも考えがありますから」
純子は本山の常識を逸した行動に最後まで毅然とした態度で望んだ。
「他にお話が無ければこれで失礼します」純子は言い残すと本山を1人残して会議室を後にした。純子はその足で人事部とコンプライアンスに出向き、本山の横暴振りを洗いざらいぶちまけた。
 
本山のところにコンプライアンスの責任者から電話が入ったのはその日の夕刻であった。
「はい、本山ですが」本山は電話に出た。
「本山さんですか。コンプライアンスの鈴木ですが、実はおたくの中村純子さんからクレイムがきましてね。その事実関係を教えて頂こうと思って電話をしているんですよ」
外資系の企業でコンプライアンスという部署がどういう位置付けなのか理解出来ない本山は、何が起こっているか分からないまま、「はあ、うちの中村が何か」と狐につままれた様に訊きかえした。
「本山さん、あなた彼女から出た辞表を適切な形で受理されなかったばかりか、脅迫に近い内容の事を彼女に言われたそうですが。実際のところどうなんです?」日本とアメリカの弁護士の資格を持つ鈴木は詰め寄るように問い質した。
本山は秀でた額から冷や汗が滲み出すのを感じた。何とか取り繕って本山は応えた。
「ああ、それなら彼女に是非うちに残ってほしいと思って、ちょっと強く言っただけですよ」
鈴木は本山を見下すようなため息をもらすと言った。
「本山さん、うちは外資系の会社なんですよ。コンプライアンスもすべてグローバル・スタンダードに統一されているんです。従業員が退職するのも彼等の自由意志に任されているんですよ。それを故意に邪魔したりする権利は誰にもないんですよ。今回の件は彼女が法的に訴える事も出来るんですからね」
元来小心者の本山は唖然として鈴木の話を聞いていた。
「とにかく、会社としてこんな事でごたごたが起きるのは勘弁してほしいんです。中村さんの方は私の方でなだめておきますから。彼女の辞職の手続きもこちらで速やかに取らせてもらいますので、宜しいですね?」
有無を言わさない口調で鈴木が言った。
「それはまあ。宜しくお願いします。」
「それから、本山さん。入社の時にお渡ししたコンプライアンス・マニュアルにちゃんと目を通しておいて下さいね。今お話した事が詳しく書かれてますから」
鈴木の事務的な連絡はそれで途絶え、本山が握りしめる受話器の送話口からは「プープー」という音だけが響いていた。本山ははっと我に返ると受話器を戻して、市田のもとへ向った。
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