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第10章

1998年2月、東京

1月末日付けでアナリストの中村純子はユナイテッド・リバティーを退職した。純子はライバルの米系大手の証券会社に移籍した。純子の退職はエクイティ部のスタッフに大きな動揺をもたらした。部長の本山は純子が最後にだしたストレート・パンチがかなりこたえたらしく、暫くの間、寡黙で大人しかった。本山は中村純子の件では市田にもかなりこっぴどく叱咤されたらしく、1週間の間にバーコードの毛髪も更に少なくなった様だった。本山にとって、純子の後釜を探す事が市田から与えられた急務であった。求人広告やヘッド・ハンターなど、あらゆる手段を講じたが、なかなか後任は見つからなかった。しびれを切らした市田は本山を呼び出した。
「本山、中村の後釜の目星はついたのか?」
「いえ、それがまだ今のところ適切な人材が見つからなくて…」
「何をもたもたしているんだ。元はと言えばおまえが撒いた種なんだぞ。はっきり落とし前つけてもらうぞ」
「申し訳ありません」
「本山、いつも言ってるけどな、詫びはいらねえんだよ。俺がほしいのは銭っ子なんだ。まだ分かんねえのか。この馬鹿」市田は本山をなじった。
「本当に申し訳ありません」冷汗でびっしょりになって本山は両膝を小刻みに震わせながら言った。
「大亜精鋼の例のプロジェクトにはどうしてもアナリストの買い推奨が必要なんだ。おまえにもその事は分かっていただろう。そんな大事な時に商売道具を逃しやがって…」言葉を継ぐごとに市田の怒りは増幅していった。
「まあ、いい。おれもそれほど期待していた訳ではないから」市田が吐き捨てるように言い放った。
「中村の後任は俺が何とか調達するから、本山、おまえは例のファイナンスの準備を進めてろ。もう2度と失敗は許されないからな」
「はい、わかりました」本山は何とか声を振り絞って答えた。
 
それから13週間後に市田が1人の男を連れてエクイティ部にやって来た。市田はその男を本山に紹介した。
「本山、紹介するよ。こいつは中西圭太だ。元山川証券の経済研究所で電子・精密機械の産業分野を担当していたアナリストだ。来週からうちに来てもらうことにした」中西圭太は小柄で、30歳半ばであったが、スポーツ刈りに短く切ったヘア・スタイルの下にある顔は童顔で、20代後半ぐらいの年齢にしか見えなかった。気弱そうなおとなしい感じで、見るからお坊ちゃまのような印象であった。紺のスーツに地味なネクタイをして、どこから見ても日本のサラリーマンという出で立ちであった。本山はその時まで中西には面識がなかった。
「はじめまして、中西です。宜しくお願いします」中西圭太は緊張した面持ちで挨拶した。
「なかなか骨のある優秀な奴だよ。あの東大出のお姉ちゃんなんかより本当のビジネスが分かる数倍使える奴だ」市田は太鼓判を押すように言った。
本山は市田が事前に何の相談もなしに人事採用を決定した事に不満を覚えながらも、何も市田に対して言う事が出来ない自分の処遇を恨めしく思った。
「本山、何か異論でもあるのか?」市田が言った。
「いえ、異論だなんてとんでもない。市田さんのお墨付きとあれば私達エクイティ部もこれで一安心です」
「ああ、そうか」市田は本山の返答を軽く受け流すと中西圭太に向って言った。
「それじゃ中西、あとはこの本山の指示に従ってうまくやってくれ」
「はい、分かりました」
「俺はちょっと他に会議があるので失礼する。帰る前にちょっと俺の所に顔出してくれ」言い残すと、市田はエクイティ部を後にした。本山は中西と2・3言葉を交わした後で、中西をエクイティ部のスタッフに紹介して回った。
 
「ねえ、あの中西って男どう思う?」亜実が菜緒子の横っ腹を突ついて訊いた。
「どうって、まあ、市田や本山よりはまともそうじゃないかしら」菜緒子は素直な自分の印象を述べた。
「でも、同じ穴のムジナってことないかしら」亜実が不安そうな声で訊いた。
「亜実、最初から色眼鏡で見たら駄目じゃない。まあ、とにかくお手並み拝見といきましょう」
「まあ、相変わらず、冷静ね」
「ところで、例の大亜精鋼の転換社債発行のプロポーザルどうする。中村女史の件で本山の奴も市田に絞られてここのところ大人しかったけど、これでまた動き出すでしょう」
「十分ありえるわね。でも、どうせ私たち外資系の人間の書いた物にはいろいろと難癖つけてくるんでしょうから」亜実は投げやりな調子で言った。
「でも今回は本山の奴、市田に苛められた後だけにその鬱憤を晴らそうといつにも増してねちっこく来るわよ」菜緒子がおどけて意地悪そうな顔で亜実に言った。
「やめてよ。菜緒子、冗談きついわよ。洒落にならないでしょう」
「まあ、とにかくやる事だけはやっておきましょうよ。奴が何か意地悪な素振りをみせたら、『コンプライアンス』って言葉をちらつかせるのよ。あいつ今回の中村さんの件で相当参っているはずだから」菜緒子は子悪魔的な笑みを浮かべた。
「うわっ、性格悪い!」亜実がしかめっ面になった。
「何言ってるのよ。目には目を、歯には歯をでしょう」菜緒子は平然と言い放った。

翌週に本山は菜緒子と市田がスカウトしてきた中西圭太を連れて大亜精鋼の財務部長の本田千秋を訪ねた。
「本田部長、お忙しいところ大勢で押しかけまして」本山が媚びるような挨拶をした。
「いや、わざわざ皆さんでお越し頂いて、心強い限りですわ」
中西圭太と菜緒子は初対面の本田に名刺を差し出し、軽く自己紹介を済ませた。
その後で、本山がエクイティ部の部長の威厳を示そうと重々しく切り出した。
「本田部長、今日は例の転換社債の発行の今後の手順についてお話をしようと思いましてね。うちの市田も御社の大澤社長に直々にお願いされている件なので間違いのない様にと申しておりまして…」
「ほなら、転換社債の発行を本山さんのところで引き受けて下さるんですね」本田は結論を急いだ。
「いえ、まだ弊社の内部の最終決定まではいっていません。それは今後、デューディリジェンスを経てからの事になります」
「じゅうじゅう?」本田が真顔で訊いた。
「デューディリジェンス、まあ審査ですね」菜緒子が本田のために助け舟を出した。
「ああ、審査ね。ほな最初からそう言うてもらわんと。スイス語はようわからなもんで」菜緒子は笑いを押し殺す為に下を向いた。本田は視線の先を本山の方に移してから、さっきとはうって変わった落胆した調子で言った。
「それじゃ、まだOKが出たわけではないんですか」
「ただ、基本線で市田も御社の転換社債の発行に合意してますから、問題は無いと思います」本山はその場を取り繕うように言葉を継いだ。
「本山さん、思いますじゃ困りますのや。これが発行できんことにはもう後がありませんのや」
「ええ。あと問題は株価ですね」
「ああ、その株価ならかなり戻ってますやろ。2月に入ってから600円台まで回復してますしな。うちの社長も幹事証券をニュー・ライフに換えはって、うちの株の売り込みにそりゃもう懸命ですわ」
「弊社の試算でも株価が800円台にまで戻れば、資本構成上の問題は全くなく、発行に踏み切る事が出来ると考えています。もうちょっとですよ」本山が言った。
「そうですな」本田も腕組みをして感慨深そうに言った。
「ところで本田部長、実は御社を担当させて頂いておりましたアナリストの中村純子が弊社を退職しましてね」本山は残念そうな表情で言った。
「ああ、あの優秀なお嬢さんがですか。そりゃ惜しい事をしましたな。そしたら、今後誰がうちとこの株の宣伝を書いてくれはりますの?」現金な本田が訊いた。
「今日一緒に参りましたこの中西が今後担当させて頂きます」
「宜しくお願いします」中西が言った。
「あと、ここにおります飯野が御社の債券の発行全般にかかる事務を担当します」
「飯野です。宜しくお願いします」菜緒子は改めて挨拶をした。
「いや、こちらのほうこそ宜しくお願いします」大亜精鋼の社運がかかったことだけあって、本田は真剣な目で応えた。
本山が部長振りを見せ付けようと本田の前で菜緒子に向って言った。
「それじゃ、今後のスケジュールについて、飯野の方から説明させて頂きます。飯野君」本山が菜緒子に目配せをした。菜緒子は亜実と一緒に作った提案書の小冊子を一部づつ各人に配ると説明を始めた。
「今後、3月決算の数字が5月の半ばに発表されますが、この数字をもとにして弊社で資料を作成します。その資料は弊社が御社の債券を引き受けるかどうかの判断材料となります。例年、5月の決算発表に続いて、ほとんどの会社が6月末の株主総会まで動けませんので、最短で発行出来るのが7月の頭になります。弊社としてはこのタイミングで発行を検討して頂きたいと考えております」
「うちは発行出来るのやったら何時でもお願いしますわ」本田が口を挟んだ。菜緒子はそんな本田の言う事など無視して続けた。
「御社のケースについては、弊社の内部の決済でも時間を要すると思われますので、いまの段階から3月末の本決算の数字をある程度把握しておきたいんです。この件については本田部長のご協力をお願いします」
「ああ、もうそれは喜んでお手伝いします」本田はもう債券の発行の事しか頭になかった。
「それから、本田部長、ここにおります中西が御社のレポートを作成しますので、いろいろと教えてやって下さい」本山が言った。
「いや、中西さん、宜しゅう頼むさかいな。うちの株あがる様に書いてな」
「あっ、はい。頑張ります」中西はどう答えてよいか分からず、お座成りな返答をした。
同席していた菜緒子は中西が一体どんな人間なのか判断しかねていた。
本山は市田と大澤社長との関係をちらつかせながら本田に向って言った。
「御社の大澤社長とうちの市田が組んでいるんですよ。もう恐いものはないでしょう」
「今日の話は早速社長にも話しておきますわ」本田は凶とも吉とも分からないままに言った。
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