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大澤源太郎はニュー・ライフを主幹事証券会社にすると、一層の圧力をかけて大亜精鋼の株を買わせた。その後大亜精鋼の株は更に上昇し、700円台まで回復したのであった。大亜精鋼本体の業績も前期が底だった様で、今期はほんの僅かではあるが回復に向い、決算は増収増益が予想されていた。
この調子でいけば、大亜精鋼に転換社債を発行させる事が出来る。発行額は200億円相当で、手数料収入だけで約2億円が転がり込む。まあ悪くないディールだ。市田は大亜精鋼の応接室で大澤源太郎を待つ間、皮算用に余念が無かった。
「市田さん、どうもお待たせしました」大澤が約束の時間に20分ほど遅れて部屋に入ってきた。手数料収入の事に酔いしれ、ふてぶてしい格好でソファーに腰を下ろしていた市田は急いで居住まいと正すと立ち上がり深々とお辞儀をした。
「大澤社長、今日はどうもお時間を頂戴しまして有り難うございます」
「まあ、どうぞお掛け下さい」大澤が市田に椅子を勧めた。2人はあらためて向き合った形でソファーに腰を落ち着けた。
「市田さんのご指示通り、準大手のニュー・ライフ証券と取引きをはじめましてね。その後株価も順調に推移しています」
「今日の後場の寄り付きも709円でまずまずですね」市田は大亜精鋼の本社に入る前に携帯電話でオフィスに電話を入れて確認した株価を、如何にも自分自身がマーケットで株価の事を知り尽くしている様な素振りで伝えた。
「ええ、もう一息で800円台に行くと思います。そこまでくれば、市田さんのところで我が社の転換社債の発行を引き受けてもらえると聞いてますが、間違いありませんよね?」大澤は本田から報告された事を確認するように市田に訊いた。
「はい。あとは御社の今期の業績が発表されている予想のレベルにとどまれば我が社の方も問題なく発行のお手伝いが出来ますよ」市田が言った。市田が業績の話に触れた瞬間に大澤の顔色がかすかに暗みを帯びるのを市田は見て取った。その瞬間、大澤は自分の心の内を市田に悟られたような気がして、自分自身に無性に腹がたった。
「何か業績に問題がありますか?」市田は恐る恐る訊いた。
ソファーから伸ばした足を組み直すと大澤は市田の顔を見据えておもむろに話し始めた。
「市田さん。我が社の今期の業績は本社単体では先に発表しました業績予想の通り僅かながらに増収増益でして、なんとか長く暗いトンネルの出口の明かりが見えてきたところなんですが。実は…」大澤はここで言葉を呑んだ。市田は沈黙したまま大澤が言葉を継ぐのを待った。
「実は、我が社のインドネシアにある連結対象の子会社が問題を抱えておりまして、今期かなりの赤字を計上するんです。現地の会計当局の指導もあって今までの累損も全て清算しなくてはならなくなりました」
何て事だ。せっかくの飯の種をこんな事で逃してたまるものか。市田は内心で大澤の経営者としての無能振りを罵倒した。
「連結ベースで見た場合、どのくらいPL(「損益計算書」)に影響を与えるのですか?」市田が訊いた。
「ざっと、300億の赤字だよ。市田さん、大亜精鋼単体の数字だけで転換社債は発行できないものかね」状況を察した大澤の顔には不安の色が広がり始めていた。
「大澤さん、連結決算をしている企業が突然今回から単体の数字のディスクロジャーのみで債券を発行したら、会社がグループ内に大きな問題を隠蔽してますと明言している様なものですよ」流石の市田も呆れた顔で言葉を返した。
窮鼠となった大澤が反撃に転じた。
「市田さん。わたしはあんたのスイスの口座に今回の社債発行の支度金として5000万振り込んでいるんだよ。もう後戻りは出来ない事はあんたもよく分かっているだろう」
今度は市田が言葉に窮した。2人の間に長い沈黙が流れた。市田は灰皿に置かれた吸いかけの煙草から紫煙が昇るのを無心に見つめていた。どの位時間が経ったのだろう。市田が漸く口を開いた。
「大澤さん。いまから私が言う事は極秘扱いにして下さい。この事は大澤さん、あなた御自身と財務担当の本田部長、我が社側では私とエクイティ部長の本山、この4人だけしか知らない事にします。いいですね」市田はたたみかけるように大澤に迫った。
大澤は切迫した市田の形相に圧されて、頷くしか無かった。
「市田さん、そうすれば転換社債は発行できるんだね」大澤は藁にも縋る思いで訊いた。
市田は黙ったまま頷くと、言った。
「そのインドネシアの子会社を連結対象から外しましょう」市田がぽつりと言った。
「でもどうやって」
「御社のその子会社への出資比率はどのぐらいなんですか」
「51%だ。残りは現地の下位の財閥系の企業が所有しているんだ」
「ではその51%の半分以上を他の会社に持ってもらいましょう」
「でも、いったい何処にそんな奇特な会社があるんだね。赤字会社に資本出資するような」大澤は胡散臭そうに訊き返した。
「もちろん、そんな会社はありませんよ。でもそんな会社を作る事は可能でしょう」市田は意味深な笑みを浮かべて大澤に言った。
「会社を作る?」
「そうです。会社を作るんですよ。カリブ海のタックス・ヘブンにペーパー・カンパニーを設立して、そこにそのインドネシアの子会社の御社の持ち分の相当部分を持たせるのです。そして、御社の持ち分を20パーセント以下にして、連結の対象から外すんです」
「でも、それは事業会社や金融機関が損失を隠蔽するためにやっていた『飛ばし』になるのではないかね?」
「ええ。そうです。大澤さん何か問題がありますか。御社に残された選択肢はもうそんなにはないんですよ」市田は悪びれもせずに、最後の止めを刺すように大澤に向って言った。弁慶の泣き所を突かれた大澤は返す言葉も見つからなかった。
 
「槙原さんから夜のお誘いがかかるなんて、どうしたんですか」慎介はおどけた調子で兄貴分の槙原をからかうように言った。
「慎介、俺がおまえを飲みに誘うのがなんか問題でもあるか」
「いや、別にそんな意味で言ったんじゃないですから、気を悪くしないで下さいね」
「ああ、わかっているよ」槙原はしんみりと言った。今日はどことなくいつもの槙原らしさが無かった。
「槙原さん、何かあったんですか?」慎介が心配そうに槙原の顔を覗き込んだ。
「ああ、まあいろいろとな」槙原は水鳥の形をした箸置きを摘まんで、まるで子供が水遊びをする様に白木のカウンターの上で鴨を泳がせる真似をした。そして、その鴨をカチンと慎介のグラスにぶつけるとポツリと言った。
「慎介、実は俺会社を辞めようと思って…」
「えっ、何ですって」慎介は驚きを隠せなかった。
市田が投資銀行部長になって、M&Aの部門に子飼いの番場を差し向け、槙原を追い出そうとしている事の経緯を槙原は慎介に話した。
「慎介、市田は心底信用できない人間だよ。奴は自分に従順な兵隊だけを集めようとしているんだ。奴にとって兵隊が優秀であろうがなかろうが、それは全く関係ないんだ。奴に反抗しない大人しい人間だけが必要なんだ」
「でも、番場さんはM&Aの経験はほとんど無いんでしょう?」
「まあな。だから、市田にとって、俺みたいな人間は邪魔なんだよ。番場には命令できるけど、俺には面と向っては何も言えないだろう。奴にとってそれはとても居心地が悪い事なんだよ」
「そんな馬鹿げた事って…」慎介が呟くように言った。
「ああそうさ。馬鹿げているよ。だけど、その馬鹿げた事が市田にとっては常識なんだよ。慎介、この会社は長く続かないぞ。どっかでボロが出る。そのボロに一緒にまみれない様に気をつけろよ。市田を決して信用するんじゃないぞ」槙原はまるで自分自身に言い聞かせるかのように話した。
「ええ、それは僕も感じてました。些細な事なんですが、市田が投資銀行部長になって、僕が担当していた会社の1つが急にエクイティ部の本山さんが直接担当する事になったんです」慎介は大亜精鋼の件を槙原に説明した。真剣な面持ちで慎介の話を聞いていた槙原が言った。
「それが市田のやり方なんだよ。大亜精鋼も近々仕事になりそうな先だから、これを子飼いの部下達の手柄にしてやろうとしているのさ」
慎介は槙原の怒りの業火に焼かれるような思いで話しに耳を傾けたのであった。
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