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第11章

1998年春、東京

昨年、巨額の簿外債務のために自主廃業を余儀なくされた山川証券がその長い歴史にピリオドを打ち、名実ともにこの世から姿を消した。「飛ばし」取引きで生じた巨額の簿外債務に関して、東京地検特捜部は前会長および前社長の2容疑者を証券取引法違反と商法違反の罪で起訴した。時を同じくして、同特捜部は日本の証券会社・銀行による大蔵省接待汚職事件で、同省の職員2名を贈収賄容疑で起訴したのだった。日本の金融業界は度重なるスキャンダルでその地位を失墜していた。
 
投資銀行部にあるガラス張りの小会議室で市田と本山は長い時間、難しい顔を突き合わせていた。
「先日、話した大亜精鋼の件だが、その後どうなっている」市田が訊いた。
「ええ、先方の本田部長と隠密裏に話しを進めています」
「中西や飯野達には気づかれていないだろうな?」
「はい、その点に付いては万全を期してますから、大丈夫です」市田は本山を心底信頼している訳では無かったが、それ以外の人間をこの件に就ける事は出来なかった。市田が先を促した。
「先週すでにグランド・ケイマン島にペーパー・カンパニーを設立しています」本山が今までの経緯をかい摘んで報告する。
「それで、子会社の株式の相当部分はダミー会社に移管したのか?」
「いえ、それがまだ完了しておりません」
「何をもたもたしているんだ。もうあまり時間がないんだぞ」市田は苛立ちを覚え始めた。
「ええ、わかってます」本山は取り繕うように応える。
「わかっているんだったら、何でさっさと出来ねえんだ。何が問題なんだ?」市田が詰問した。
本山は狼狽しながらも、現状について説明をした。
「実は子会社の残りの所有者であるインドネシア現地の会社の合意がないと、株式の移管が出来ないのです。大亜精鋼が彼らと共同出資で子会社を設立した時の契約書の条項の1つにそう唱ってあるのです。最初は形式的なものであるから、何も問題ないと考えていたんですが、今になって先方の顧問弁護士が茶々をいれてきましてね」
「くそっ。でどうするんだ」市田の苛立ちは最高潮に達した。
「来週早々に本田部長がジャカルタに行って、先方の顧問弁護士と直接交渉されるようです」本山は市田の顔色を伺いながら答えた。
「あの昼行灯が行ったところで話が解決するのか?おい、どうなんだ」市田は取調室で容疑者を厳しく問い詰める刑事の様に本山を追い込んでいった。
本山は返答に困ってしまった。
「本山、おまえも同行しろ」市田が命令した。
「ええっ、私がですか?」本山は意外な展開に狼狽えた。
「そうだ。解決するまでは日本に戻ってくるな。早い話、解決出来なけりゃ、馘ってことだな」
本山は頭から血の気が引いていくのを感じた。秀でた額からは大粒の汗が噴出していた。
 
「亜実、あの2人今朝からずっと会議室に篭りっきりよ」菜緒子はPCの前に座ったまま、軽く顎をしゃくって会議室の方を指して、言った。
「なんか感じ悪いのよね、あのオヤジ達って。また良からぬ事を企んでいるに決まっているわよ」亜実は断定する様に言った。
「例の大亜精鋼の件だけど、うちの内部の稟議書用の資料を作るように本山に言われていたでしょう。本山の奴、最初はそんな事は部長の仕事ではないから、私たちにやれって感じで丸投げにしてきたじゃない。それが、今朝になって急に審査用の稟議書だけは自分でやるから、その他の債券発行に関するドキュメンテーションを進めておいてくれって言ってきたのよ」菜緒子が怪訝そうに言った。
「まあ、その分仕事が楽になっていいじゃない」楽天家の亜実が言った。
「でも、何か匂うわね。本山の奴、指示があるまでは大亜精鋼にコンタクトするなって言ってきたのよ」菜緒子は釈然としない様子だった。
「しっ、ちょっと」突然、亜実が目配せした。菜緒子は亜実の視線の先を追った。エクイティ・アナリストの中西が2人の方へ歩いて来ていた。
「こんにちは」中西は2人に挨拶した。
「あっ、どうも」菜緒子も素早く営業用の笑顔を作って応えた。
「飯野さん、実は今朝、本山部長に大亜精鋼のレポートの取材は彼が指示するまでは何もするなって言われましてね。あんなに急ぐように言ってたのに。大亜精鋼の本田部長さんとアポをとってたんですが、キャンセルの電話を入れたら、本田さんもうすでに了解済みのような感じでしたよ。僕なんだか狐につままれたみたいで」中西はイノセントに言った。
「私の方も、発行に関する稟議書の作成の仕事は突然免除されたわ。本山さん御自身でやるそうよ」菜緒子も現状を中西に説明した。
「なんか変ですよね。まあ、とにかく指示がない限りは動けませんので、何かあったら教えてください」中西は丁重な口調で言った。
「ええ、そうします。お互いに連絡しましょうね」菜緒子も答えた。
腑に落ちない様子で中西が去っていくと、横にいた亜実が言った。
「あいつ、結構いい奴かもね。山川の奴にしては」
「亜実、だから言ったでしょう。みんながみんな悪い奴って訳じゃないのよ。まあ、たまたまうちは外れの率が高かっただけなのよ」菜緒子も中西に対しては悪い印象は無かった。
 
3日後に本山はジャカルタに向けて出発した。エクイティ部のスタッフ達はここぞとばかりに束の間のパックス・ロマーナを満喫した。パーティ好きのアメリカ人のディビッドの発案で、夕方からエクイティ部ではピザとビールが振る舞われた。本山がいないだけでスタッフの顔は皆生き生きとしていた。亜実がアンチョビとドライ・トマトがトッピングされたピザ2人分を紙皿にのせて菜緒子の席まで持って来た。
「菜緒子、早く食べようよ。無くなっちゃうわよ」亜実が急っついてきた。
「うん、有り難う。このあとにはピザ・マルガリータをお願いね」
「もう、今度は菜緒子が取って来なさいよ」亜実が膨れっ面で応えた。
菜緒子は市田や本山達が来る前の楽しかった頃の会社の事を思い出していた。
中西圭太がビールの入った紙コップを片手に2人の所にやって来た。
「どうも、何だか今日は皆さん雰囲気が明るいですね」中西が明るい声で言った。
菜緒子は「本山がいないからよ」と言おうとしたが、同じ山川証券出身の中西にそんな事を言って、それが本山の耳に入るかもしれないと案じて思い止まった。
「あら、そうかしら」菜緒子は呆けて答えた。
「ええ、とってもいい感じですよ。皆さん、いつもとは違う顔をしてますよ。本山さんはここでは皆さんに好かれていないんですよね?」中西が訊いた。
中西の唐突な質問に菜緒子も亜実も返答に困り、お互いに顔を見合わせた。
「あっ、すいません。山川出身の僕にそんな事答えられませんよね」中西はあっけらかんと言った。
「ところで、本山さんは今どちらに行かれたんですか。何も言って行かれなかったから」
「シンガポールの支店で1週間ほどエクイティのアジア・パシフィック地域の戦略会議があって、その後は香港に行くってアシスタントの子に言い残して発ったみたいよ」
「シンガポールですか?」中西が驚いた様子で訊いた。
「ええ、どうしたの」菜緒子が中西に詰め寄った。中西はどうしたものかと思案顔になっていたが、2人の視線に圧され、観念して、話はじめた。
「実は僕、見てしまったんですよ。旅行会社が本山さんにファックスしてきたフライト・スケジュールを」躊躇いを隠せない様子で中西は言った。
「シンガポール経由でジャカルタ行きのスケジュールになってました」
「ジャカルタ?」菜緒子が意外な顔をして訊いた。
「ええ。一緒にジャカルタのグランド・ホテルを1週間予約されてました」
横で話を聞いていた亜実が急に思い出したように口をはさんできた。
「ああそう言えば、今朝大亜精鋼の本田部長に転換社債の発行スケジュールの件で電話をいれたら、アシスタントの女の子が急にインドネシアに出張に出ましたって言ってたわ」
「本山さん、大亜精鋼の本田部長と一緒なんですかね」中西がぽつりと言った。
「さあ、どうかしら。でも偶然にしては出来すぎているわよね」菜緒子が言った。
「本山さん、ここ2、3日、こそこそと隠れるように何かやってらっしゃったし」中西が思い出したように言った。
「何か匂うわね」好奇心旺盛な亜実が探偵よろしく言った。
「僕も正直言って、どうしたらいいのか戸惑っているんですよ」中西は困惑した顔を見せると、肩を落として自分のデスクに戻って行った。
中西の背中を見送りながら、亜実が菜緒子にむかって自分の意見を述べた。
「あいつ、嫌な奴じゃないみたいね」
「うん、真面目なタイプの人みたいよ。嘘がつけないみたいね」菜緒子はビールが空になった紙コップを手の中で意味も無く玩んだ。
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