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午後9時を過ぎていた。投資銀行部ではスタッフたちが市田の顔色を伺いながら働いていた。その日、市田はいつもにまして気がたっていた。
「川辺、本山から何か連絡はあったか?」市田は自分の部屋からがなりたてた。
「いいえ、今のところ何もありません」気分屋の市田に嫌気がさした川辺真樹はパソコンに向かったまま、顔も上げずに声を張りあげて答えた。
「本山が泊まっているホテルに今すぐ連絡しろ」市田はますます苛立ちを募らせていた。
真樹はふてくされた顔をして、ジャカルタのグランド・ホテルに電話を入れた。電話が繋がるとアジア訛りのひどい英語を話すオペレーターが出た。真樹は本山の部屋に電話を繋いでもらい、本山が出るのを待った。数回の呼出し音が鳴ったあと、線が繋がる音がした。
「もしもし、本山ですが」
「あっ、本山さん。川辺です。市田さんが至急お話しになりたいそうです。そのままお待ち下さい」真樹は本山が何か言おうとする前に電話を繋いでいた。ホテルのバーで1杯ひっかけて、ほろ酔い気分で部屋で寛いでいた本山は急に酔いが醒めていくのを感じた。ラインが繋がると市田が出た。
「本山、そっちの首尾はどうだ」本山は声の調子から、市田がかなり焦っているのを感じた。
「どうも市田さん、実は今日、大亜精鋼の本田部長と2人で、こちらで共同出資している会社の顧問弁護士と会いましてね・・・」本山はミーティングについて報告した。
「それで、先方はどう言っているんだ」市田が先を急いだ。
「ええ、今日のミーティングで大亜精鋼の持ち分の相当部分をその他の会社に移管する事は、当初の共同出資の際に締結した契約に反するから、受入れられないと強硬に主張しましてね」
「それで、大亜精鋼が転換社債を発行出来なかったら、共同出資の会社事体の存続も危ぶまれる事になることは話したのか」市田の声は益々威圧的になっていった。
「はい、その件については本田部長がかなりしつこく言われたのですが、先方の弁護士は契約は契約だからの一点張りで、今日の会議は平行線のまま、合意を見る事なく終わってしまいました」
「何か他に解決の糸口は無いのか。契約の一部を変更するとか」
「はい、その点についても検討しましたが、契約の一部を変更するには、こちらの会社の取締役会の特別決議で過半数の合意がないと承認されません。それに、次回の取締役会の日程は4月の後半で、それよりも先に、特別決議の為に取締役を招集するには、大亜精鋼の大澤社長がこちらのトップに会って正式に説明しないと無理でしょう。そうしなければ、転換社債の発行もかなり厳しくなりそうです」本山は極度の緊張で口の中がからからに乾わいていくのを覚えた。
「その顧問弁護士を金で買う事は出来ねえのか」
「買収するって事ですか?」本山は自分の耳を疑い、市田に訊き返した。
「ああ、金には糸目をつけないから、とにかくそいつを落とせ。いいな、絶対にだぞ」市田の緊迫感が受話器からひしひしと伝わって来た。
「分りました。それでは・・・」本山がすべてを言い終わる前に電話は既に切れていた。本山は漸く自分が愚かにも悪魔に魂を売ってしまった事を悟ったのであった。
 
翌日、市田は事前のアポイントメントも取らずに大亜精鋼の大澤社長を訪ねた。大亜精鋼の本社の正面玄関の自動ドアを通り抜けると、大理石のホールを大股で我がもの顔で受付けまで歩いて行った。
受付の女性が2人、起立すると深くお辞儀をして、「いらっしゃいませ」と笑顔を市田に向けた。
「ユナイテッド・リバティーの市田だが、大澤社長と緊急の用でお会いしたいんだが」市田は傲慢な態度で言った。
通常、役員クラスとの面談についてはすべて予め受け付けに伝えられているが、大澤はその時間にミーティングを持つ予定はどこを探してもなかった。
「お約束でいらっしゃいますか」不審に思った受付けの女性が丁重に訊いた。
「いや、アポなしだ。大事な用件なんだ。私の名前を大澤さんに伝えてもらえばいいんだよ」市田は憤慨を表わにした。受付けの女性は狼狽して、社長秘書に電話を入れた。
社長の大澤は今期の決算の数字について公認会計士と社長室でミーティング中であった。デスクの上の電話の内線が鳴った。大澤は会計士に断って、電話に出た。
「社長、ユナイテッド・リバティーの市田さんが、下の受付けにおみえになってます」
「そんな約束はしてないはずだが」大澤は首を傾げて言った。
「はい、アポイントメント無しですが、緊急な用件だとおっしゃっているそうです」秘書は下の受付けから聞いた事をそのまま伝えた。あの下衆野郎、調子に乗りやがって。大澤は怒りを覚えたが、平静を装って秘書に指示した。
「ああ、わかった。応接室にお通ししたまえ。20分ほどお待たせする事になるが、よろしく伝えておいてくれ」
「かしこまりました」秘書はそう言うと電話を切った。その後、大澤は会計士とのミーティングを手短に済ませて、社長室のソファーに深く腰を下ろして、瞑想に耽っていた。先代の築き上げた大亜精鋼王国は今まさに瀕死の瀬戸際に立たされている。これを救う為には、あの下衆な市田と組むしか方法がなかったのだ。大澤は自分の境遇を呪わないではいられなかった。社長室の窓からいつも眺めている新宿副都心の高層ビル群が今日は不吉な墓標の様に見えた。大澤は重い腰を上げると、市田のいる応接室へ向かった。
市田は応接室で苛々を募らせながら大澤が来るのを待っていた。大澤が部屋に入ると、2人は挨拶を交わして、ソファーに腰を落ち着けた。
「市田さん、どうされたんですか、ご連絡もされずに来社されるなんて」大澤は皮肉を込めて言ったが、市田はそんな事に動じるような玉ではなかった。
「大澤社長、実は例の株のペーパー・カンパニーへの移管の件ですが」
「それなら、うちの本田君とおたくの本山さんが今ジャカルタで交渉中じゃないのかね」
「それが、思うように進展していないらしいのですよ」市田は昨日本山と話した事を大澤に話した。大澤は本田からそこまで詳しい報告は受けていなかったらしく、驚きを隠せない様子だった。
「状況から察すると、大澤社長御自ら乗り込まれないと問題は解決しない様ですね。社長御自身で先方のトップ・マネジメントと話をされたほうが、よろしいかと思いまして、今日はそのお願いに参上した次第です」市田は丁寧な言葉で提案をしたが、内容は絶対服従の命令であった。面白くなかったが、後には引けない事は大澤自身が一番よく分かっていた。
「それでは、私自身がジャカルタに行って交渉しろという事なのかね」
「御社の本田さんじゃ役不足です。会社の運命がかかっている事でしょう。あんな昼行灯みたいな男に交渉をやらせるなんて自殺行為もいいとこですよ」市田は歯に衣を着せぬ発言をした。
「君、失礼じゃないかね」さすがの大澤も市田の暴言に抗議した。
市田は大澤の憤慨を一笑すると続けた。
「大澤さん、明日にでも発って頂きたいのですが、さもなければ例の転換社債の発行が出来きなくなってしまいますが、それでもいいんですね」大澤はダニの様な市田に動かされる自分の運命を罵りたかった。
「でも、今週は既にいろいろと予定が入ってましてね」
「大澤さん、この事を解決出来なければ、もう予定に患らわされる事も無くなってしまいますよ」市田は不敵な笑いを浮かべて、大澤に向かって言った。大澤に残された選択肢は無かった。
「緊急の用件というのは以上かね、市田さん」大澤は市田に早く帰ってくれと言わんばかりに訊いた。
「ええ、そうです。至急ご検討下さい。手遅れにならないうちに」市田は更に追い討ちをかける様に言った。大澤はさり気なく腕時計に目をやると、深くため息をついて言った。
「市田さん、私は次の約束がありますので、そろそろ失礼します」
市田も慇懃に大澤に向かって言った。
「すみません失礼しました。お忙しい社長のお時間をこんなに頂戴しまして」
大澤は市田をエレベーター・ホールまで見送ると、社長室に戻り、自分のデスクに腰をおろした。デスクの後ろの壁に掛けられた大亜精鋼の創業時の古い工場の写真に目をやると、大澤は深い罪悪感と自己嫌悪に苛まれた。暫く考えこんだ後、デスクの上の電話の受話器をとって内線で秘書を呼んだ。
1分も経たないうちに、社長秘書がスケジュール帳を手にして現われた。
「社長、失礼します」ベテランの秘書らしく、頭から爪先まで一瞬の隙もなかった。
「ああ、すまんが今週の私の予定を全てキャンセルしてくれ」
「はい、分かりました。アメリカのファントム社の副社長グレッグ様とのブレック・ファースト・ミーティングと東洋自動車工業の藤田社長様との夕食会についてはどのように致しましょうか」
「グレッグ氏には私から直接電話してわびを入れるよ。藤田さんとの件は先方に連絡して日取りを変更してくれ」秘書はスケジュール帳を開くと社長の指示を書き込んだ。
「かしこまりました」秘書が応えると、大澤は軽く頷いた。
「それから、今日中にジャカルタ行きの切符を手配してくれないかね。出発は明日だ、帰りの便は土曜日にしてくれ。いつもの様に日本航空の便にしてくれ、もし取れなければシンガポール経由のシンガポール航空でもいいよ」
「はい、分かりました。ホテルはいつもどおりグランド・ホテルで宜しいですか」
「うん、そうしてくれ。今日はこれで失礼するよ。頭痛がひどくて」
「社長、大丈夫ですか?頭痛薬でもお持ちしましょうか」大澤を気遣って秘書が言った。
「いや、心配はいらんよ。フライトが取れたらチケットを運転手の木村君に自宅まで持たせてくれたまえ」大澤は一通り指示をすると、秘書を下がらせた。
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