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ジャカルタの本山から市田に電話が入ったのは金曜の夕刻だった。
「おう、本山か。朗報か?」市田が訊いた。
「ええ、大澤社長がこちらに来られて、事が急速に展開しましてね」
「まあ、今まで役者が足りなかったからな」市田は陰湿に本山を苛めた。
「市田さん、それを言わないで下さいよ」本山は許しを乞うように媚びるような口調で言った。
「それで、先方は株式の移管を認めたのか?」
「ええ、大澤社長が共同出資する現地の財閥系の会社の会長に直接掛け合われましてね、その会長が顧問弁護士を説き伏せたんです。その前に弁護士には5万ドルほど握らせてますから、奴にとっては濡れ手に粟ですよ」本山は市田に事が無事に運んだ事を伝えようとしたのだが、最後の一言が致命傷となった。
「まあ、その5万ドルはおまえのボーナスから引かせてもらうからな」市田が冷淡に事務的に言った。
「市田さん、そんな」本山が抗議するような口調になった。
「おまえ、何か俺に文句あるのか。文句放れてる暇があったら、とっとと帰ってこい。もうおまえはそこには要らないんだ。ホテル代だって勿体無いだろう」
「ええ、明日の便で帰国します」本山はしぶしぶ答えた。
 
「皆さん、おはようございます」清原がエクイティ部のスタッフの前で言った。エクイティ部のマーケッティング・ミーティングの司会を本山が出張で留守の間、副部長の清原が仕切っていたのだ。
「まず報告なんですが、昨夜、本山さんから連絡がありまして、今日の午後に成田に着かれるそうです。その足でオフィスに戻られるそうですから、夕方にはこちらに来られると思います」その後、清原から他愛のない2、3の連絡事項が報告された。
「それでは、先週から今週にかけて何か進展があった人は報告してください。僕のほうは取りたてて何も無いんですが」清原の発言には役付きとしての責任感がまったく感じられなかった。
「飯野さんはどうですか?」清原は菜緒子に振ってきた。
「例の大亜精鋼の転換社債の発行の準備に取り掛かってますが、急に本山さんが海外出張に行かれたのでいくつかの点については現在保留になったます。先方の部長さんも現在、海外の子会社に出張に出られていて、八方塞がりな状態です」菜緒子は状況を説明した。
「うちの内部の稟議書の方はどうなっているのですか」清原が訊いた。
稟議書の件は本山自身が直接自分でやる事になった事を伝えると、清原は怪訝な顔をした。
「その事でしたら直接本山さんに訊いて下さい。私自身、何故そうなっているのか理解に苦しんでいる方ですから」菜穂子は嫌みを込めて事務的に答えた。
「大亜精鋼の転換社債の販促用のアナリスト・レポートはどうなっているんですか?」清原はまったく自分のカバーしている先で仕事がとれないのか、目先の唯一のディールになるかもしれない大亜精鋼にかなり御執心のようであった。
「アナリスト・レポートも現在、本山さんのほうから暫く会社への取材は控える様に言われまして、指示を待っている最中です」中西圭太が言った。この件についても清原は本山から何も話をされておらず、ミーティングの間中、困惑の顔を隠せなかった。
横に座っていた亜実が菜緒子の耳元で囁いた。
「清原の奴、聾桟敷のS席の観客って感じよね」
菜緒子は亜実の言葉が可笑しくて、笑いを殺そうと軽く咳払いをした。
 
午後6時過ぎに本山が憔悴しきった顔をしてオフィスに戻ってきた。一回り痩せたような感じさえして、ついこないだまで威張り散らしていた頃の覇気は微塵も無かった。エクイティ部のテンプ・スタッフの女性が本山に連絡事項を告げた。
「投資銀行の市田さんが戻られたら至急お会いになりたいそうです」彼女の声は本山には肌を切る冷たい冬の北風の様に思えた。本山はガックリと肩を落して頷くと重い足取りで市田の所へ向った。
「市田さん、只今戻りました」本山は最後に残された力を振り絞って、言葉にした。
「おう、本山ご苦労だった。」本山の予想に反して、市田は労いの言葉をかけてきた。
「有り難うございます。私はそれほどお役には立てませんでしたが」本山は謙遜気味に言った。
「とにかく、結果は上々だ。それで今後どのように事を運ぶつもりなんだ?」市田はいきなりビジネスの話を始めた。ジャカルタでの報告の事しか頭に無かった本山は焦って、次の言葉を必死になって探した。
「あ、あっ、そ、その、大亜精鋼の本田部長が戻って来られたら、早速、連結の数字の集計に取り掛からせます。その数字を基にうちの内部の稟議書を作成します。予測ベースの数字にはなりますが、何れにせよ一旦、3月末までに大方の状況をインべストメント・コミッティー(稟議書の履行の有無を話し合うための内部の決定機関)に提出しておいたほうが良いと考えています」本山は懸命にその場を繕った。
「それで本田さんいつ戻って来るんだ?」市田の声のトーンが変わってきた。
「インドネシアとマレーシアの工場を回られて、来週の水曜日に戻られると聞いています」本山はビクビクしながら言うと、市田の反応を待った。市田は本山の予想を裏切らなかった。
「何だと。会社の一大事って時に、工場の視察だ。いったい、何を考えているんだあの昼行灯は!」遂に、市田の怒りが爆発した。
「大澤さんは戻ってきているんだろう?」市田は本山に詰め寄った。
「ええ、大澤社長とは今朝ジャカルタの飛行場で一緒でしたから。彼はシンガポール経由の便に搭乗されましたので今夜はシンガポールに宿泊されるようです。週末にゴルフの約束があるとおっしゃっていたので、少なくとも金曜日までには戻られると思いますが」
「それじゃ、大澤さんと月曜の朝一番にミーティングをしよう」市田は強引だった。
「大澤社長のご予定も聞いてみませんと」本山が言っているのも全く聞いていない様で、部屋のガラスの壁を一枚隔てて向こう側のデスクに座っている秘書の川辺真樹を呼び付けた。
「川辺、ちょっと来てくれるか」市田の声が投資銀行部のフロアを駆け抜けた。
真樹はその日は昼食も摂らず、市田が近々M&Aの評議会でスピーチをする際に使うグラフや表などの資料を作成する為にパワーポイントと格闘していた。市田の度重なる邪魔が仕事の能率を著しく阻害して、真樹は小声で悪態を吐くと席を立った。
「はい、市田さん。お呼びでしょうか?」真樹が訊いた。
「おう川辺。俺の来週の予定だが、月曜日はどうなっている?」
「月曜日は、M&Aの番場さんと名古屋に出張になってますが」真樹は市田の健忘症が恨めしかった。
「ああ、そうだったな。すまんが、名古屋行きを別の日にして、月曜日の午前中に大亜精鋼の大澤社長とのアポイントを入れてくれ」市田が指示した。
「大亜精鋼のアポが入らなかったら名古屋出張はそのままでよろしいですね」真樹は先回りして訊いた。
「是が非でも大澤さんと話さなければならないんだ。だから、名古屋の変更は決定だ。英語で言うと『バイ・オール・ミーンズ』って奴だな」市田は言うと御満悦に笑った。
「分かりました」と一言だけ言い置いて、真樹は呆れ顔で市田の部屋から出た。

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