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第12章

1998年春、東京

ゴールデン・ウイークが終わり、初夏の香りが街に漂いはじめていた。
ユナイテッド・リバティーでは市田とその子分達がわがもの顔で社内を闊歩していた。4月の終りまでに、前からいたかなりのスタッフが市田のやり方に賛同出来ず、会社を去って行った。M&A部の槙原は市田の陰湿極まりないやり方に耐え兼ねていた。一方で、M&Aのディールを3本抱えて、多忙な毎日を送っていた。連休も返上して、3月から手がけていた日本の製造器メーカーによる東南アジアの企業買収の案件を漸くクローズした所であった。やっと一息ついた槙原は5月末にニューヨークで開催されるM&Aのグローバル・コンファレンスの事を考えた。あと3週間しか時間がない。連休前に手書きで作った会議用のスピーチの原稿をワープロで打つ様にテンプ・スタッフの大原陽子に頼んでいた事を思い出した。ちょうど陽子が槙原の横を通り過ぎようとしたのをつかまえて、槙原は訊いた。
「大原さん。前にワープロで打ってくれるように頼んだ例のスピーチの原稿どうなった」
「ああ、それでしたら連休の前に仕上げてEメールで槙原さんにお送りしてますが」テンプ・スタッフの陽子は隙がなく、事務的に返答してきた。
「ごめん、しばらく忙しくてメールを全部はチェックしてなかったもんで」槙原は謝った。
「あっ、それから」陽子が急に思い出したように言葉を継いだ。
「投資銀行の市田部長が昨日おみえになって、その原稿のコピーを一部持って行かれました。槙原さんの了解を得てと思ったのですが、市田さんが槙原さんと話をしているとおっしゃったので、コピーをとって差し上げました」
「何だって。僕はそんな話は聞いていないよ」槙原は無意識のうちに怒った声を陽子に浴びせた。
狼狽した陽子は次の言葉を失って、今にも泣き出しそうな目で槙原を睨みつけると、言った。
「そんな事私に言われても困ります」
槙原は一瞬我に返ると、自分が陽子に対し威圧的になっているのに気づいた。槙原は素直に陽子に詫びた。
「ごめん。別に悪気はなかったんだ」
陽子は気を取り直して話を続けた。
「それから、市田さんが今回の会議には槙原さんは出席されない事になったので、飛行機のチケットはキャンセルするようにと言って行かれました」そう言うと陽子は自分のデスクに戻って行った。
またしても市田の策略だ。卑劣な手を使って、俺の事を追い出そうとしているんだ。槙原は市田に問い質そうと電話に手を伸ばしたが、指先が怒りで震え、辛うじて市田の内線番号をプッシュすることが出来た。
市田の秘書の川辺真樹が電話にでた。
「はい、投資銀行部、市田の席です」
「M&Aの槙原ですが、市田さんは今いらっしゃいますか」槙原が訊いた。
「市田さんは今外出中ですが、携帯電話に繋ぎましょうか」
「ああ、じゃお願いします」
しばらく呼び出し音が鳴ったあとで、市田の下衆な声が聞こえてきた。
「市田だが、何か急用かね?」市田は槙原から電話がかかってくる事が予めわかっていたようで、刺のある言い方をした。
「今月末のニューヨークで開かれるM&Aのグローバル・コンファレンスの事ですが、私が準備していたスピーチの原稿を市田さんがお持ちになったと聞いたんもんで」
「ああ、そのことか」市田は呆けて答えた。
「うちのテンプの大原さんに私は参加しないからと言われたそうですが、東京から1人行って現状のM&Aのビジネスについて発表をしなければならないのですよ。ですから、出席しなくてよいと言われても・・・・・・」槙原が全部言い終える前に市田が割り込んだ。
「槙原君、君はここ何年か続けてこの会議には出席しているんだろう?」市田が訊いた。
「ええ、まあそうですが」
「だから、今回は番場に会議に出てもらおうと考えているんだ。今回、私がこちらに来て初めての事だから、私も番場と一緒に参加しよう思っているんだ」市田はさも当たり前の事のように言った。槙原は右手の拳を固く握り締めた。市田を殴りたい衝動に駆られた。槙原はそんな気持ちをなんとか自制して、市田に言った。
「市田さん。この会議では各地域のM&Aの担当者が現状と将来の展望について、かなり精緻にプレゼンテーションをしなければならないのですよ。それをまだ入ったばかりの番場さんにやらせるのは無理があるのではないですか」
「君の作ったスピーチの原稿を見せてもらったが、よく出来ていたよ。会議まであと3週間あるから、それまでに番場が例のスピーチの内容をしっかりと頭に叩き込めればいいんだ。こんなものは、何事も経験だよ。今回は番場にもそのチャンスを与えてくれ」市田はやや謙るような口調になった。
槙原は確信した。このまま、ここにいたらこの男に骨の髄までしゃぶられて最後には捨てられてしまう。市田は自分の為にはそこまでやる男だ。
 
「大澤社長から連絡があって今こちらに向かわれているそうです」加賀友禅の着物を優雅に着こなして、優香ママが大澤からの言づてを伝えた。
「ああ、どうも」礼を言うと、バー・カウンターで市田は出されたスコッチの水割りに口をつけた。その日、市田は大亜精鋼の大澤源太郎と彼のご贔屓の銀座にある『クラブ優香』で会う約束をしていた。市田は大澤が約束した、転換社債発行の成功報酬の事を考えていた。既に大澤から前金で5000万円受け取っている。残りは1億ぐらい吹っ掛けてもいいだろう。皮算用する市田の顔には知らず知らずのうちに笑みがこぼれていた。テーブル席からカウンターまで煙草をとりにきたママが市田の様子を見て言った。
「あら、何かいい事があったんですか?」
無防備にも心中を覗かれたようで、市田は一瞬狼狽したが、咳払いをして誤魔化した。その時、クラブのドアが開いて、大澤が入って来た。
「いや、お待たせして申し訳ない」大澤は遅刻を詫びた。
「私も今しがた着いたばかりですから」市田は大澤にあわせた。
優香ママが2人を奥のテーブル席へ案内した。人は沈むようなソファーにどっしりと腰を落ち着けた。大澤は出されおしぼりで顔を拭くと、一息ついて言葉を吐いた。
「市田さん、例の件は今のところ順調に事が運んでいるようだね」大澤は御満悦だった。
「ええ、万事抜かりなくやっております」市田もそつなく答えた。
「宜しく頼みますよ」大澤の声には力がこもっていた。
「今回は御社の再起がかかった重要な案件ですから、私、市田、一肌も二肌も脱ぐ覚悟ですよ。大澤社長はでんと大船に乗ったつもりでいて下さい」
「ところで、今回は会社説明会も一緒に開催するそうだが、何せ初めての事だから、私自身もやや戸惑い気味なんだよ。市田さん、大丈夫かね?」
「その件も専門の会社のスタッフを就けて作業中ですから、問題はありませんよ」
「私自身、そんなに大勢の外人の前でスピーチをした経験などありませんからね」大澤は柄にもなく不安そうな顔をちらつかせた。
「社長御自身が聴衆の前で堂々としている事が大切なんです。いろいろな質問も出るでしょうが、どんな質問にも決してあわてず、冷静沈着に答えるのです。これは事前にリハーサルをしますので問題はありませんよ」市田が励ますように言った。
横に座っていた優香ママが頃合いを見測って店の女の子2人を大澤のテーブルに着けた。
それから、暫くの間は他愛のない世間話で座は盛り上がった。夜も更けて他のテーブルの客がちらほらと席を立ち始めた頃に、大澤は優香ママに目配せをして、席に市田と2人っきりにしてもらった。大澤は葉巻に火を点けると深々と一服してから、徐に言葉を吐いた。
「市田さん、今回の件が成功したら、例の報酬をお支払いしないといけませんな」
市田は歓喜の表情が顔に出るのを、何とか隠そうと咳き込む真似をした。冷静を装って短く返答した。
「ええ、まあ」
「私はね、この前の5000万の他に、事が成功裏に運んだ暁には1億の謝礼を考えているんですよ。ですから、今回の案件は失敗は絶対に許されませんよ」大澤の目が鋭く光りを放った。
『1億』市田の頭の中で、数字だけが走馬灯のように回り始めた。我に返った市田は声を上ずらせながら言った。
「ええ、この件は命に代えても成功させます」
市田の声が客も少なくなったフロアに響いた。カウンターに座って店の看板を待っていたホステスの何人かが市田の方を見た。
「ところで、7月にはスイスで調印式ですが、市田さんも行かれますか?」大澤が訊いた。
「ええ、喜んでお供します」
「それは心強い。市田さん、調印式が終わったら、市田さんのスイスの口座に1億円を振込みますよ。私はそのあと3日ほど休みを取って、モンテカルロでギャンブルをしようと思っているんですが、市田さんも一緒に行かれませんか。手持ちの資金も入る事だし。とても興奮しますよ」大澤は市田を誘った。
「2日ほどであれば」市田は決め兼ねるような口調で応えた。
「それじゃ決まりですね」大澤は強引に決定を下した。
本山は大亜精鋼の本田千秋と捏造した連結決算の数字をベースに、転換社債の引受けに関するユナイテッド・リバティー内部の稟議書を作成した。この稟議書作成の作業に本山は誰も寄せつかなかった。この稟議書はアジア・パシフィック地区のインベストメント・コミッティ(引受けの有無を決定する内部の委員会)にかけられた。コミッティは電話会議で行われ、東京、香港、シンガポール、シドニーからそれぞれ選ばれたコミッティ・メンバーと稟議をあげるスタッフが参加して行われる。市田は東京のコミッティ・メンバーの一人であった。稟議書の提出者は自分の順場が回ってくるまで会議室の末席に待機していなければならない。本山憲造が緊張した面持ちで東京の会議室の一席に腰をおろしていた。会議の司会進行役をしている香港のシャーリー・チェンの声が会議テーブルの上のインター・ホンから響いた。
「次は東京の案件で、スイス・フラン建転換社債2億スイス・フラン。ユナイテッド・リバティーが主幹事、発行会社:大・亜・精・鋼です。東京どうぞ」
本山は手の平にかいた汗をズボンの膝で拭うと、転換社債の詳細について説明をした。本山は心臓の鼓動が加速度的に高まって行くのを感じていた。
メンバーの一人で、クレジット・オフィサーのチャン・キムが大亜精鋼の連結の数字について、疑問をぶつけてきた。昨年対比で何故収益の数字が急に改善しているのか、という点であった。
本山は予期せぬ質問に目の前が真っ白になってしまった。緊張のあまり額に大粒の汗が噴き出し始めた。そんな本山の様子を見兼ねて市田が助け舟をだした。
「それは、今回大亜精鋼が海外の子会社の1つを売却したからです。同子会社はかなりの含み益を抱えてまして、それによってその他の累損も相殺出来たのですよ」
「それはどの位の金額だったんですか」チャン・キムが食い下がった。
「いま具体的な数字はここにはありませんが、大亜精鋼が90年代前半の円高の時期に投資した部分が多くて、かなりの為替益も今回実現しています。詳しいデータが必要ですが」
「いえ、そこまでは、ちょっと疑問に思ったものですから」チャン・キムが答えた。
「それではこの件はOKと言う事で宜しいですね」司会役のシャーリー・チェンがコミッティ・メンバーに訊いた。
方々から「意義なし」の声が上がり、大亜精鋼の稟議は委員会をパスした。
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