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第13章
 
1998年6月東京
 
デスクの上の電話の外線の呼び出し音が鳴った。クライアントからの電話だ。プライベート・バンクでは、取引顧客は皆、担当者の直通の電話番号が予め知らされていた。プライベート・バンクのスタッフの名刺には、通常直通番号は載せられておらず、会社の代表番号が印刷されていた。
「はい、清水です」清水学は電話に出た。受話器の向こう側から聞き慣れた声がしてきた。
「大亜精鋼の大澤だが…」社長らしいどっしりとした重量感のある声だ。
「いつもお世話になっています」学はお決まりの挨拶をした。
「清水さん、実は折り入ってお願いしたい事があるんだが、近々ご足労願えないかね」
「承知しました。何時が宜しいでしょうか」学が訊いた。
大澤はスケジュール帳を捲っている様で、紙の擦れる音が受話器から聞こえた。
「すまんが、明日の午後8時に、私の自宅まで来てもらえないだろうか」大澤が訊いた。
「ええ、結構ですよ。それでは、明日の午後8時にお宅にお伺いします」
電話を切って、学は暫く考え込んだ。いったい何の用だろう。ここ半年位の間に大澤は頻繁に高額の資金をスイスの口座に送金していた。スイスの本社からの情報では入金は日本からだけでなく、世界中の銀行から送金されていた。英国領ガンジー島、シンガポール、香港、ケイマン島、変わったところでは地中海に浮かぶキプロス島のノバスコシアからの200万ドルの送金もあった。最近ではマネーロンダリングを取り締まる規制も強化され、スイスの銀行でも口座への資金の出入りに関しては厳しい基準を設けているが、一方で一部の銀行が昔からの大口顧客に便宜をはかっており、規制強化が徹底されていないのが現状である。学はいろいろな考えを巡らせたが、結論には至らず、取り敢えず大澤と会って話を聞いてから考えることにした。
 
翌日、学は約束通り世田谷の大澤の私邸を訪ねた。清閑な住宅街の一角に大澤邸はあった。敷地の広さは裕に500坪はあり、和風とコロニアル風を融合させて一風変わった平屋が母屋になっている。学は正面の門の脇にあるインター・フォンで来訪を告げた。通りに面した正面の門から玄関までは、石畳の階段になっていて、京都の嵐山あたりにある草庵を思わせる様なたたずまいである。階段の両側には背丈の低い竹林が配され、等間隔に置かれた照明灯が石灯籠やシシオドシを幻想的に照らし出していた。玄関先には使用人と思しき年配の女性が学を待っていた。
「清水様でいらっしゃいますね。お待ち申し上げておりました。どうぞこちらへ」女は静かな物腰で学を玄関の中に招きいれた。玄関のホールは自宅の学の部屋よりも広く、一面にクリーム色の大理石が敷かれていた。女は学を奥の来客用のリビング・ルームへ通じる廊下へ案内した。廊下の片側はガラス張りのライト・コートになっており、白い玉砂利が敷き詰められ、約1メートルおきに植えられた深緑の艶のある孟宗竹が下からライトで照らし出されていた。リビング・ルームは30畳ほどの広さで、シングルベッドを一回り大きくしたようなサイズのソファーが3つコの字形に広い芝生の庭を眺めるように置かれていた。女は学にソファーを勧めると「お飲みものは何になさいますか。コーヒーでよろしいでしょうか」と訊いた。
「ではコーヒーをお願いしても宜しいですか」と学が応えると、女は暫く奥へ姿を消し、コーヒーをのせたトレイを持って再び現れた。女は学にコーヒーをだすと「旦那様はただいま参ります」とだけ言ってその場を去った。
学が出されたコーヒーを手に取ったとき、不意にソファーの陰から大澤の愛犬と思われるゴールデンリトリバーが顔をのぞかせた。学が喉のあたりをさすってやると犬は嬉しそうに学の足元におとなしく座った。その時、大澤源太郎がポロシャツにチノパンという普段着で現れた。
「清水君、お待たせして申し訳無い」
「ラッキー、お客様にご迷惑だぞ」大澤は愛犬を叱った。ラッキーも大澤には絶対服従のようで、仕方がないという感じでリビング・ルームから出ていった。
「大澤さん、私も今しがた着いたところです」学は立ち上がり、居住まいを正して言った。
大澤は学にソファーをすすめてから、サイド・ボードに歩み寄り、レミー・マルタンのボトルをグラスと一緒に取り出しながら言った。
「君も1杯どうかね」
学は一瞬躊躇ったが、その後の予定は何も無かったので大澤の誘いを受ける事にした。
「はい、それでは1杯、ご馳走になります」
大澤はソファーの前に置かれた一辺2メートルはある正方形のガラスのテーブルの上にグラスを2つ並べるとその中に琥珀色の液体を注いだ。グラスをひとつ学に手渡すと大澤は自分のグラスを軽く持ち上げ乾杯のポーズをとってからブランデーを口にした。
「今日ご足労願ったのは実は7月に仕事で欧州に行く予定なのだが、その際に現地で約1億円ほど現金で引き出したいのだが、その手配をお願いしたい。但し、この現金は持ち出すわけではなく、そのまま第三者の口座にそこから送金したいんだ」
「それでは大澤さんの口座から直接そのご指定の第三者の口座へ送金の手続きをされてはいかがですか。そのほうが手数料も格段にお安くなりますが」
「清水君、私個人の口座からその口座に資金が移動したという痕跡を一切残したくないのだよ。訳ありでね。その為なら多少手数料がかかってもかまわんよ。」
学は訝しそうに大澤の話を聞き入った。
「それでは、現地で実際に現金で一旦お支払いをして、それを再度送金するという事になるのですね」学は確認するように訊いた。
「ああ、そういうことになる。因みに資金の受取はモンテカルロでお願いしたい。お宅のモンテカルロにある支店で現金を受け取ってから、その資金を別の銀行に持ち込んで、そこから送金をしようと考えている」
「それだけの現金を邦貨で用意するのは手続きに時間を取りそうですが」
「円が無理なら、ドルでも構わんよ。出来れば高額ドル紙幣で用意していただけるとありがたい」
「ドルであれば手間はかからないと思います。それでは早速その様に手配します。当行のモンテカルロ支店には事前に連絡を入れておきますので、向こうに行かれる日程を教えて下さい」
「ああ、わかった。ところで清水君、私はフランス語はまったく出来なくてね。申し訳無いのだがその時期にモンテカルロまでご足労願えないだろうか」大澤が訊いた。
「私がですか」今度は学が訊きかえす番だった。
「私の一存では決めかねますので、一度上司と相談してご連絡します」
「私の方からもお宅のグートさんに連絡をしておくよ。それと今回の君の出張費用はすべて私がもつから心配しないでくれたまえ」大澤はすべてを決めてしまったかの様な調子で言った。
プライベート・バンカーの不文律で、学はそれ以上の事は訊かなかった。用件を言い終えると、大澤は学に最近の為替市場の動向や株式・債券市場についてあれこれと質問した。学が大澤の私邸を後にしたのは午後9時半を回った頃であった。
その翌日、大澤は早速学の上司のグートに電話をして、学のモンテカルロへの同行について同意を取り付けたのであった。
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