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第14章
 
1998年7月東京
 
「エールフランス航空723便パリ行きはただ今ご搭乗の最終案内中です。お急ぎご搭乗下さい」
最終の搭乗案内が成田空港の第二ターミナル・コンコースに響いていた。
「亜実、急いで走るわよ」菜緒子が亜実を急かした。
「本山の奴、私達が今日発つ事知ってて、わざと仕事言いつけたりして。本当に嫌な奴よね。乗り遅れたらあいつのせいだからね」
「文句だったら後で聞いて上げるから、今はとにかく飛行機に乗ることが優先よ」
二人は出国の手続きに並ぶ長蛇の列を見ると顔を見合わせて、列の先頭に向かって走った。先頭で次の番を待っていた商社マン風の男に満面の笑みを浮かべて「すみません。乗り遅れそうなんです。よろしいでしょうか」
男は鼻の下を長くして、2人を先に通した。
2人は礼を言って搭乗機の待つ19番ゲートを目指した。亜実は後ろ髪を引かれる思いで、空港の免税店を横目で見ながらゲートに向かった。どうやら2人が最後の搭乗客だったらしく、航空会社のグランド・スタッフが2人を急いで機内に詰め込むとギャングウエイの端に立って搭乗者名簿をクルーに手渡し、飛行機の扉は閉ざされたのであった。亜実は予定ではまず最初にパリの下見をすることになっていて、菜緒子のほうはパリ経由でロンドン入りする予定になっていた。2人は席に着くとシートベルトをして、息を整えた。
「フーっ、何とか間に合ったようね。間一髪ってところだったわね」菜緒子が言った。
「まったく、本山の奴の所為で、免税店で買い物が出来なかったじゃないの」憤慨して亜実が声を荒げた。
「まあ、落ち着きなさいよ。ほらシャンペンでももらって。向こうでも買い物する位の時間はあるわよ」菜緒子が亜実をなだめるように言った。
「そうよね」亜実は気を取り直して、気泡の弾けるシャンパンのグラスを傾けた。離陸準備の為の機内アナウンスが終わると2人を乗せたエールフランスの747ジャンボはタクシングして滑走路に向かった。離陸のアナウンスに続いて、両翼の4基のエンジンからすさまじい音を轟かせて、ジャンボ機は滑走を開始し、梅雨の谷間の晴れ渡った雲一つない空に向けてその機首を持ち上げた。
菜緒子はビジネス・クラスのシートに身を沈めると、最近の一連の市田の不信な行動を思い返していた。菜緒子の心の中で何かが引っかかっていた。隣の席の亜実が話しかけてくるまで、菜緒子は一点宙を見つめていた。 
「菜緒子、どうしたの何時になく神妙な顔して」
「えっ」菜緒子は我に返ると「ううん、別に大したことじゃないのよ。ただ今回の大亜精鋼の事と市田の関連について考えていたのよ。何か解せないものがあって、とにかくすっきりしないのよ」
「まあ、市田の奴が関わっているんだから、胡散臭くてあたりまえよ。そう割り切ってしまえば何も思い悩むこともないわよ」亜実はしたり顔で言った。
「まあ、そうなんだけど・・・」
「どうせ私達なんて下端の兵隊なんだから、そんな事気に病んでも仕方ないわよ」
2人ともここ1週間は不眠不休で働き詰だった。シャンパンの酔いが心地よくまわってきたのか亜実は気だるそうな顔つきで言った。
「私なんだか今までの疲れがどっとここにきて出てきたって感じなの。だってこの1週間まともに寝てないもんね。私ちょっと寝るから、免税品の機内販売が始まったら必ず起こしてね。それじゃおやすみ」言い終えるやいなや亜実は毛布を首元まで掛けると軽い寝息をたてて寝入ってしまった。亜実の寝顔を見ながら菜緒子はここ1週間の常軌を逸した多忙さを振り返り深いため息をついた。窓の外に目をやると、遥か遠くに富士山がその荘厳な姿を見せていた。
 
市田は中西圭太の書いた大亜精鋼の『買い推奨』のレポートを読み終えるとおもむろに席を立ち、満足気に窓の外に目を移した。遥か彼方の西の空に富士山が沈みかける西日をバックにそのシルエットを映し出していた。大澤から約束された市田個人への報酬の事を考えるとこみ上げてくる笑いをこらえることが出来なかった。その時、市田のガラス張りの個室の扉をノックする音がした。市田は急に我に返るとドアごしに立っている中西圭太の姿を見とめ、手招きをして中西に部屋に入るように合図した。自分の策略が守備良く運んでいる事にほくそえんでいる自分の姿を中西圭太に見られてばつが悪かったのか、市田は2・3度咳払いをして言った。
「中西、大亜精鋼のレポート読ませてもらったぞ。なかなかの出来映えじゃないか」
中西は自分の意に反したレポートを書いてしまった自責の念から、市田に対してつっけんどんな態度で受答えをした。
「はあ、それはどうも」
市田はそんな中西の態度にすかさず反撃した。
「なんだおまえその態度は。調子にのってんじゃねえぞ。だいたいおまえらみたいなアナリストがのさばっているような事自体がちゃんちゃらおかしいんだよ。いったい何様のつもりなんだ」
市田の豹変ぶりに驚いた中西は言葉につまりながら答えた。
「いえ、何も僕はそんなつもりじゃ・・・」
「おまえを生かすも殺すもこの俺の心づもりひとつって事を忘れないこったな。わかったか」市田はどすのきいた声で中西を睨みつけた。蛇に睨まれた蛙の心境のように中西は生きた心地がせず、うつむいたままの姿勢でその場に立ち尽くした。眼前で怯える中西の姿に満足した市田は払いのけるように中西に言った。
「下がって仕事に戻れ」
中西は節目がちに目礼をすると市田の部屋から出ていった。
市田は自分の席に深く腰を下ろすと両足を机の上に投げ出してガラスの扉一枚隔てて部屋の外側のデスクに座っている秘書の川辺真樹に向かって怒鳴り散らすように言った。
「川辺、大亜精鋼の大澤社長に電話を繋いでくれ」
暫くして川辺が電話が繋がった旨を内線で伝えてきた。
「大澤社長と繋がりました。お話下さい」回線は内線から外線の大澤に繋がった。
「大澤だが」不機嫌そうな声で大澤が電話に出た。
「ああ、大澤社長、市田です。いよいよ来週には出発ですね。こちらの方の準備も万端です。うちのアナリストも立派な『買い推奨』のレポートを完成しましてね」
市田の恩着せがましい態度に苛立ちを覚えながらも、会社の存続がかかっている事を思うとそれなりに対応しなければならない自分の境遇を大澤は呪った。
「そうですか。それは心強い。市田さん、今回は失敗は許されませんからね」
「その点は重々承知しておりますよ。大澤社長、調印式の後のモンテカルロ、楽しみにしてますよ」
市田は大澤からの個人的な報酬の事をほのめかした。大澤はそんな市田の態度に吐き気を覚えた。
「市田さんへのお礼の件は忘れてはいませんよ。ご心配なく」
「有難うございます。それでは来週成田のJALのチェック・イン・カウンターでお会いしましょう」  
電話を切ると市田は自分の匿名口座に振り込まれる1億円に思いを馳せた。
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