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第15章
 
1998年7月チューリッヒ スイス
 
大澤源太郎は欧州での投資家説明会のスケジュールを順調にこなしていった。その間、中西圭太の書いた『買い推奨』の50ページにのぼる大亜精鋼のアナリスト・レポートは各地で配布され、関心を持った大手の外人機関投資家からまとまった買いが入り、株価は1000円台にまで上昇していた。大澤は今回の結果に大いに満足し、市田を使った一世一代の賭けが吉と出た事にほっと胸を撫で下ろしていた。大澤はフランクフルトでの説明会を終え、市田、財務部長の本田、専門の通訳の4人で、最終目的地のチューリッヒに向かっていた。4人を乗せたルフトハンザ航空3258便はその他の欧州域内を結ぶ便同様、中型のジャンボ機で運行されていた。同便の使用機材はボーイング767型で、ファースト・クラスの設定はなく、ビジネス・クラスは前方の5列目までの通路をはさんで両側に2席づつの配置であった。2列目の窓側に大澤が、通路側に市田、通路を隔てて本田、その隣の窓側に通訳が腰をおろしていた。ビジネス・クラスとは名ばかりで、まえの座席との間隔は狭く、体の大きな大澤は居心地が悪そうに座っていた。
「チューリッヒまでは約40分のフライトですから、狭いでしょうが暫くご辛抱下さい」市田が大澤を気遣った。
「これでビジネス・クラスなら、次回からはヨーロッパ内は列車で移動しましょう。時間が多少かかってもそのほうが快適でしょう」大澤が不満そうに言った。
「そうですね。チューリッヒには我が社の飯野が迎えに来ておりますので」
不満顔だった大澤は急に何かを思い出したように、気を取り直して言った。
「本当に今回は御社の飯野さんと湯川さんには大変お世話になって。東京に戻ったら私の行きつけのフレンチ・レストランでお2人の慰労会でもしようと思っておるんですがね」
「大澤さん、あまりあいつらを甘やかさないで下さい」
「いや、とんでもない、私からのささやかなお礼ですよ」
大澤は通路越しに財務部長の本田が通訳と何か話込んでいるのを見てとると、市田の耳元に近づいて含みを持たせた風に言った。
「これで調印が終われば、今回の資金調達は無事完了、2億スイス・フランは我が社に振り込まれる訳ですね」
「まあ、そういう事ですね」
「正直言って私はここ数カ月の間本当に生きた心地がしませんでしたよ。なんせ我が社の存亡が今回の資金調達にかかってましたからね。市田さん、感謝してますよ」大澤は市田に礼を述べた。
「大澤さんもこれで安心してモンテカルロで遊べますね。大金を賭けてカジノで遊ぶ気分はまた格別でしょう」
「そうですね。モンテカルロはとてもいいところですよ。それに市田さんには例のものをお支払いしませんといけませんね」大澤は目で市田に合図した。
「私も楽しみにしてますよ」市田の目には不敵な笑みが浮かんでいたのを大澤は見逃さなかった。
 
大澤たちを乗せたルフトハンザ航空3258便はチューリッヒ上空で大きく右旋回をした。飛行機の窓からは眼下に広く牧草地が広がり、一部には放し飼いにされている羊の群れが白く点在していた。雲の遥か彼方にはスイス・アルプスの山々が午後の太陽を背にそのシルエットを映し出していた。3258便は定刻の午後3時に、チューリッヒ・クローテン国際空港に到着した。入国審査は日本人は簡単にパスポートを調べられるだけで大澤たち一行は20分後には到着ターミナルに出た。
出口の所で、ベージュのスーツを身に纏った飯野菜緒子がチューリッヒ本店のスタッフと思しき身長190センチ・メートル以上はありそうな長身のスイス人男性と待っていた。
「おお、ご苦労」市田が声をかけた。
菜緒子は市田に軽く挨拶をすると大澤に向かって言った。
「お待ちしておりました」
「ああ、飯野さん、ロンドンではどうも。またお世話になりますよ」大澤は笑顔で応えた。
「こちらは、弊社のチューリッヒ本店の株式部のシュテファン・ボルガーです」菜緒子は手短に同僚の事を大澤に紹介した。
「はじめまして、大澤です」
大澤の陰で小さくなっていた本田千秋に気付くと菜緒子は同様にボルガーの事を紹介した。常識的な社交性のかけらも持ち合わせていない市田は横でいらいらして言った。
「飯野、車はどうなっているんだ」
「外にリムジンを待たせてあります。ご案内します」
「さあ、大澤社長どうぞ」市田は大澤に媚びるように言った。
菜緒子が先導し、4人分のスーツケースを載せたカートをボルガーが押して一同の後に続いた。外で所在なさ気に待っていたリムジンの運転手が待ってましたとばかりにボルガーからカートをもぎ取るとトランクを開けて4つのスーツケースを丁寧に滑り込ませた。市田の命令で、予めストレッチ・リムジンが用意され、大澤、市田、本田、通訳の4人は向かい合うような格好でリムジンの後部座席に腰をおろした。電動式の窓を下ろして、市田は菜緒子に向かって言った。
「俺達は一足先にホテルに入るからな。今夜はうちの頭取主催のディナーだから、明日、説明会の会場で会おう。遅刻するなよ」
「わかってます。私達は次の便で来る湯川さんを拾ってからホテルに向かいます。あっ、それからホテルに入られたら東京の川辺さんに電話を入れて下さい。何か緊急にお話したい事があるそうです」
「なんでそれを最初に言わないんだ。まあいい」そう言い捨てると市田はリムジンの窓を閉めた。4人を乗せたリムジンは滑るように空港の車寄せから走り出した。
菜緒子は市田達を見送ると深くため息をついてシュテファン・ボルガーの顔を見て言った。
「一丁あがりってとこかしらね」
「市田さんは女性に対していつもあんな風に振舞われるのですか。この国じゃハラスメントで訴えられますよ」呆れた顔でボルガーが言った。
「残念ながら、いつもあんな調子よ。アホな奴なのよ。ここだけの話だけどね」
「わかります」ボルガーが同情して言った。
「私の同僚が次の便で到着するから、彼女を拾ってからホテルに戻るけど、シュテファンはどうする?」菜緒子が訊いた。
「僕はまだやることがありますので一旦オフィスに戻ります」
「わかったわ。それじゃ予定通り今夜は3人で一杯飲みに行きましょう。大澤さん達は今夜はうちの頭取主催のディナーだから、私たちはお役御免でしょう」
「楽しみにします。それに僕、湯川さんとは電話で話した事しかないから。7時半にホテルのロビーに迎えにいきますから」
「宜しくね」
シュテファン・ボルガーは空港ターミナルで客待ちのタクシーを拾うとその場を立ち去った。
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