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投資家説明会の会場はバンホフ・シュトラッセと平行してチューリッヒ湖に注ぐリマト川の対岸の旧市街にあった。中世の商工業者の組合である『ギルト』の集会所がそのままレストラン兼会議場として使われていた。会場はギシギシと軋む階段を上がった2階の大広間に設営されていた。広間の端には雛壇が設けられ、その後ろには説明資料を投影するためのスクリーンが取り付けられ、「大亜精鋼」のロゴと英語の会社名が映し出されていた。広間の入り口には受付が用意され、出席者の名札がABC順に並べられていた。菜緒子と亜実は本店のスタッフのシュテファン・ボルガーと朝9時から説明会の準備に余念が無かった。説明会開始の20分前に市田が大澤、本田、通訳を連れ立って会場に現れた。
「おはようございます」菜緒子と亜実の2人は一行に挨拶をした。
「おお、早くからご苦労」市田が部下の労をねぎらう上司然として声をかけてきた。それから、市田は大澤に振り返るといつもの男芸者になった。
「大澤社長、さあこちらへ、ここが今回の会場になります。説明会の後、別室で今回の転換社債の契約書の調印式を行います。そのあとこちらの広間でビュッフェスタイルの昼食会になります」大澤は満足そうに会場を見まわした。亜実は大澤と本田の背広のポケットに名札をつけた。しばらくするとチラホラと説明会の出席者達が姿を現し始めた。受付を済ませて名札を受け取った出席者たちは会場の隣のホールで飲み物を片手にいくつかの小さなグループを作って話を始めた。大澤は通訳を連れ立って、スイスの老舗の金融機関で日本株の運用を担当している女性ポートフォリオ・マネージャーと話込んでいた。会場の隅の方で1人佇んでいる本田に気付くと菜緒子は近づいていって声をかけた。
「本田部長、せっかくの機会ですから、是非、投資家の皆さんとお話されたらいかがですか」
「ああ、飯野さん、私こんなん苦手なんですわ。言葉もようわかりませんしな」
「わたくしが通訳ぐらいさせて頂きますよ」
「飯野さん、ほんまに気持ちだけ貰とくわ。あのお手洗いはどちらですか」
菜緒子がお手洗いの場所を教えると、本田はバツが悪そうにそそくさとその場を立ち去った。
程なく、会場の係りのウェイターたちが出席者を会場へと促し始めた。今回は同時に転換社債の発行もあり投資家の関心も高く会場は満席であった。大澤、本田、通訳、司会役のユナイテッド・リバティーの役員のルドルフ・ケラーが雛壇に上がった。ケラーが型どおりに大澤、本田を紹介した。続いて大澤が挨拶をし、会社の業績や今後の展望について通訳を交えて約30分にわたったスピーチをした。
そのあと約20分程度の質疑応答では、最近の株価の上昇と今後のビジネス戦略について活発な質問が繰り広げられた。大澤は社長然として、如何なる質問にも堂々と応え、大亜精鋼の将来についておおいにアピールした。約1時間の説明会は無事終了し、司会役のケラーが閉会を告げた。
「この後、転換社債の調印式を別室で執り行います。引受シ団の金融機関の方は別室に移動して下さい。その他の方たちは20分後にこちらで大亜精鋼主催の昼食会になりますので、このままこちらでお待ち下さい」シュテファン・ボルガーが雛壇脇のマイクロフォンで案内した。
別室では菜緒子と亜実が調印式の準備を完了して一同の到着を待っていた。ケラーと大澤が連れ立って部屋に入ってくると、それに続いて通訳、市田、本田が姿を見せた。引受シ団約20社の代表が指定の席に着くと入り口の扉が閉ざされ調印式が開始された。
まずケラーが主幹事として挨拶に立った。
「本日は、大亜精鋼株式会社がご発行されました転換社債の調印式にお集まり頂き誠に有難うございます。また、この栄えある主幹事にわがユナイテッド・リバティーをご任命頂きました事をこの場をお借りしまして厚く御礼申し上げます。それでは調印式に移ります」
待機していた菜緒子と亜実、シュテファン・ボルガーが関係者の人数分の契約書を大澤からサインをさせた。大澤がサインを終えた契約書は隣のケラーに回され、次々にサインが流れ作業でなされていく。すべての契約書にサインを終えるとケラーがそのうちの1冊を大澤に手渡し、固く握手をして言った。
「大澤さん、おめでとうございます」出席者一同が拍手をした。
「ケラーさん、ありがとうございます」大澤はケラーにお礼を述べると出席者一同を見まわして言った。
「ご出席の皆さん、本日は誠に有難うございます。こうして大亜精鋼が市場から資金を調達出来たのも皆様方のご支援があったからです。皆様のご期待に添うべく今後も精進していく所存でございます。いま一層のご指導・ご鞭撻賜りますよう重ねてお願い申し上げます」再び出席者から大きな拍手がおこった。
こうして無事調印式も終わり、続く昼食会も平穏のうちに閉会となった。
 
会場となったギルトの集会所から一同は徒歩でホテルに向かった。リマト川にかかる石橋から2つの尖塔をもつ大寺院が見えた。大澤は市田と肩をならべて歩きながら夏の午後の日にきらめくリマト川の水面を見つめながらポツリと言った。
「市田さん、何とか無事終わりましたね。感謝してますよ」
「私は大澤さんとの約束を守ったまでですよ」市田は意味深に応えた。
「それでは予定どおり市田さんと私は今日の夕刻のフライトでモンテカルロに向かいましょう。宜しいですね」
「もちろん、喜んでお供します」
「それではホテルにいったん戻って支度をしてから出発しましょう」
市田は腕時計で時間を確かめて言った。
「午後4時に車を手配しておりますから」
「わかりました」
 
市田はホテルに戻ると身支度を終えてから菜緒子の部屋に電話を入れた。
「はい、飯野ですが」数階の呼出音の後菜緒子が電話に出た。
「市田だ。このあと俺は大澤さんのお供をしてから東京に戻る予定だ。あとのことは宜しく頼んだぞ。本店の奴らにも今回は世話になってるから、今夜は俺の奢りで、ぱっとやってくれ」
「わかりました。有難うございます」
「ところで本田さんはどうされるんだ」
「あさっての日曜日のフライトで東京に戻られるそうです」
「おまえたちも一緒か」
「いえ、私達は月曜日の朝のミーティングには出ないといけないので、明日の土曜日の便で帰ります」
「本田さん1人で帰すのか。それはいかん。おまえたちも一緒のフライトで帰れ」
「でも、2週間もオフィスを空けていますし、月曜のミーティングに出ないと本山さんに叱られそうで」
「そんな事は気にしなくていい。本山には俺の命令だと言っておけ。明日は市内でも案内しろ」
「わかりました」
菜緒子は受話器を置いて思った。市田の奴も、まあいいとこもあるじゃない。
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