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「ムッシュ大澤とムッシュ清水のお2人と聞いていますが」
学は市田が一緒について来る事は今朝大澤とホテルのロビーで会うまで知らされておらず、予めモンテカルロ支店に連絡する事が出来なかった。大澤は学に市田が同行する事の許可をとるよう取り計らう事を依頼した。学は市田が大澤の知人で、プライベート・バンクの客でもありかつユナイテッド・リバティー東京の投資銀行部本部長である事を説明したが、女性は事前の許可が出ていないので通す事が出来ないと主張した。学は仕方なく内線電話を繋いでもらい、モンテカルロ支店の責任者と話をした。10分ほどの格闘の末、なんとか市田の入室の許可を得たのであった。電話を受付の女性に代わると、女は2言3言電話で話して、受話器を置くと、遠隔操作のエレベーターのボタンを押して、3基あるエレベーターの真中の扉を開けた。警備の厳つい男が3人をエレベーターの中に案内し、最後に乗り込んだ。男は受付の女に目で合図するとエレベーターの扉は閉まり、3階まで静かにエレベーターは上昇した。小さなベンチャー企業のオフィスならすっぽり収まってしまいそうな広さの3階のエレベーター・ホールに降りると、正面の壁は厚い強化ガラスで一面が覆われており、ガラス越しに真横に伸びている廊下とその向こう側に小さな会議室と思われる部屋のドアが六つ並んでいるのが見えた。案内役の警備の男は中央のガラスの扉の前に立ち、扉の枠の一部に取り付けられている金属性の小箱の蓋を押し上げ、そこに右手の親指の腹を押しあてた。すると金属の箱のなかでコピー機が発する様な緑の光線が上下に2往復して、頭上の電光パネルに『Identified（指紋照合一致）』のランプが点灯し、『カチッ』という音がして扉の施錠が解除された。男は扉を押し開けると、3人を中にいれ、右から3つ目の部屋に一同を通した。男は3人が部屋の椅子に腰を下ろすのを確認すると、踵をかえす様に部屋から出ていった。
「ずいぶん厳しいセキュリティーだね」大澤が学に言った。
「ええ、ここモンテカルロは場所柄世界の大富豪が集まって来ますので、警備にはその他の都市と比べてもさらに一層気を使ってます」
「まるでスパイ映画の世界の様だよ」大澤が感嘆の声を上げた。
横に座っていた市田は自分が場違いな場所にいるようで落ち着かない様子であった。
「まもなくこちらの担当者が参りますので、もうしばらくお待ち下さい」
ほどなく大澤達の待つ部屋のドアにノックがあり、黒のシャネルのスーツを着た長身の女性が顧客用のファイルを持って入室してきた。薄いフレームの眼鏡をかけて、とても知的な雰囲気を醸し出していた。また、一方で、ブルネットの髪を大きく後ろでアップにして、耳元からうなじにかけての色白のラインがはっとするほどの官能的なイメージも漂わせていた。
「ボンジュール、カトリーヌ・ロメーヌです。はじめまして」
「東京の清水です。カトリーヌさんお電話ではいろいろと有難う。今日は宜しくお願します」
学は大澤と市田を彼女に紹介した。学は東京から予め電話でカトリーヌに今回の件を依頼していた。
「ムッシュ大澤」カトリーヌは大澤の方を向くと言った。
「用件は既にムッシュ清水から聞いております。ご依頼の1億円相当の現金を100米ドル紙幣で用意しております。これをどのようにいたしますか」
大澤は学の通訳を介して言った。
「現金のままここから持ち出して、市中のその他の銀行から数カ所に分けて送金したいのです」
「これだけの現金をこのまま持ち出されるのですか。盗難にでもあったらどうされるおつもりですか」カトリーヌはやや非難めいた口調であった。
「大丈夫ですよ、カトリーヌさん。ただ、もし出来ましたら車を用意して頂けませんでしょうか。ほんの2時間もあれば事は済みますので。それから、この現金を30万ドルを2つと残りの1つ、合計3つのカバンに分けてもらえませんでしょうか」
カトリーヌは不審そうに大澤を見ていたが、学と目を合わせるとそれが受け入れざるを得ない顧客の要求である事を悟り、大澤の指示に従う事にした。
「わかりました。それでは当行の車を用意させますので。あと警備の人間を1人同行させます」
20分後には3人と1人の警備員を乗せたユナイテッド・リバティーの社用車は1億円相当の100米ドルの札束を乗せてモンテカルロ市内を走っていた。大澤は背広の内ポケットから黒い皮の手帳を取り出すと付箋のついたページを広げて手帳ごと学に手渡した。
「この3つの銀行に行ってもらうように運転手に頼んでもらえないかな、清水君」
開かれた手帳のページには学の商売敵のプライベート・バンクの名前とモンテカルロの各支店の住所が記されていた。
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ユニオン・グランド・バンク・オブ・スイス（聖ピーター通、24番）
・
バンク・パシャ・シェ（聖ジョージ通、3番）
・
グランデル・ハイブリッジ・バンク（チャールズ�契つ漫�18番）
学が三つの銀行の名前と住所を読み上げた。運転手が近い順に車を走らせる事を提案してきて、大澤はそれに同意した。5分程して、車はバンク・パシャ・シェの支店の前で止まった。3人はそろって車を降りると100米ドル紙幣の詰まったカバンの1つを持って銀行の建物の中に入っていった。大澤の来訪は事前に知らされており、セキュリティーはユナイテッド・リバティーほど厳しくなく、3人はすんなりと中の応接室に通された。しばらくしてフランス人の執事風の中年の男性が分厚いファイルを持って現れた。
「お待たせしました、ムッシュ大澤」
大澤は手短に挨拶をすると持ってきたカバンをテーブルの上に置いて中身の現金を見せた。
「これをこちらからスイスにある口座に送金してほしいのです」大澤は目配せをして学にフランス語に通訳をしてもらった。
「それでは一旦ムッシュ大澤が当行のお持ちの口座に入金してから、そこから送金という手順をとらせて頂きますがよろしいですか」
学が引き続き手短に通訳をした。大澤の顔色が変わり、フランス人に詰め寄るように言った。 |
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