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「いや、それでは困るのですよ。私から送金したという証拠が一切残らないようにしたいんだ」
男は驚きながらも大澤の指示に従った。
「ムッシュ大澤、それではこちらの送金指示書にご記入下さい」男はファイルの中から1枚の書類を取り出すと大澤に渡した。書類を受け取ると、大澤は手帳を取り出してメモ書きのあるページを開いて、必要事項を書き写していった。送金先銀行名、ユナイテッド・リバティー、チューリッヒ本店、口座番号、G57582633FSNと書いた。横で何気に見ていた学は目をみはった。口座番号の最後にFSNの3つのアルファベットがついている。これはその口座が匿名口座である事を意味していた。大澤も確かにユナイテッド・リバティーのチューリッヒ本店に匿名口座を持っていて、担当者である学はその番号は知っている。いったい誰の口座なんだろう。大澤は右隣に座っている市田に目配せをした。学は突然何かが背筋を走り抜けるのを感じた。大澤が書いた番号は市田の口座番号に違いない。学は直感的にそう思った。奴は大澤の紹介でチューリッヒの本店に匿名の口座を開設したのだ。今回市田が大澤と一緒にモンテカルロまでやって来た理由は一体何だ?そう考えると全てつじつまがあった。
「それでは現金を改めますので、しばらくお待ち下さい」男はまずお札を偽造紙幣かどうかチェックする機械にかけた。それが終わると今度は紙幣を数える機械にお札を入れた。凄まじい機銃掃射のような音が響いてあっと間に札を数え上げ100枚づつの束を作っていった。10分後には100ドル紙幣100枚の束が30出来あがった。
「合計で30万米ドルで宜しいでしょうか」男が訊いた。
「ああ、結構だ」大澤が満足そうに答えた。
男は大澤の記入した送金指示書を手にすると、応接室の隅に備え付けられた青白く光を放つコンピューターのモニターの前に歩みより、その前の椅子に座った。男が自分のログイン・ネームとパスワードをタイプするとプライベート・バンクの専用の画面に切り替わった。男は神経質そうにマウスを何度かクリックすると送金用の画面を呼び出した。そこにはいくつかの空欄があったが、送金先銀行の欄は始めからユナイテッド・リバティーと書かれていた。その次の支店の欄は空白で、右端の▼をクリックすると世界中の支店のリストがアルファベット順に出てきた。男はカーソルを動かして一番下にあるチューリッヒ(Zurich)を選んだ。口座番号には先ほどのG57582633FSNと入力すると、自動的に口座名義の欄が無記名(Unknown)となった。送金者の欄には非通知と記入し、男は全ての項目を再度確認すると最後に送金と書かれたアイコンをクリックした。コンピューターのモニターには送金中のメッセージが点滅し、画面の中央に横に細長い白抜きの長方形が現れ、左側から右に向かってブルーのラインが徐々にその長方形を塗り尽くしていった。白抜きの部分が全てブルーになってしまうと、送金完了のメッセージが3度点滅してもとの画面に戻った。
「ムッシュ大澤、これで送金は完了です」
「これだけの大金を送ったのに、案外あっけないものですね」大澤が拍子抜けした様子で言った。
その後、男に礼を言って、3人はバンク・パシャ・シェをあとにした。
引き続き、大澤は残りの2つの銀行をまわり、残りの現金を同様の手順をふんで、匿名口座G57582633FSNに送金した。
最後の銀行を出たのは午後1時を少しまわった頃だった。学は車に乗り込むと運転手に宿泊先の『オテル・ド・パリ』まで行く様に頼んだ。事が思い通りに運びご満悦の大澤が学に話かけた。
「清水君、今日は大変お世話になった。有難う」
「大澤さん、私は仕事をしたまでですから」学は恐縮した。
「ところで、私と市田さんは今夜はカジノで一儲けして、明日はゴルフをする予定なんだが、君も一緒に来るかね」
部署が違うとはいえ、同じグループ会社の学の前で、市田はいささかバツが悪そうに横で話を聞いていた。
「せっかくのお誘いですが、私は今日の午後の便でロンドンに飛んで、全日空の夜便でそのまま乗り継いで東京へ戻ります」
「ああそうかね。是非、夕食でも一緒にと思ったのだが、残念だよ」
車は海岸沿いの道路を快走していた。午後の太陽に照らし出された地中海の水面が青く深みのある色を放っていた。車は海岸沿い道路から左にそれ、スピードを落とすと『ホテル・ド・パリ』のドライブ・ウェイに滑りこんだ。ホテルのドア・マンに後部座席のドアを開けてもらい、三人は車からおりた。大澤が運転手に百フラン紙幣をチップに手渡した。
「メルシー、ムッシュ」運転手は笑顔で大澤にお礼を言った。それから運転手は学と2言3言交わすと、車に乗り込みいま来た道を引き返して行った。
ロビーに入ると学はあらたまって大澤たちに挨拶した。
「大澤さん、私はここで失礼します。市田さんもごゆっくり骨休めなさって下さい」市田は渋い顔で、早く行ってくれと言わんばかりの態度で大澤の隣に立っていた。
「東京に戻りましたらまた連絡させてもらいますよ」大澤は親しげに学の肩を軽くたたいた。
「市田さん、私たちは外のテラスでシャンパンでも飲んで、キューバ産の葉巻でもやりましょう」
そう言って、大澤は学に向かって軽く敬礼風に手をこめかみのあたりまで上げると、市田を連れ立って外のテラスの方に消えて行った。
学は部屋に戻ると素早く着替え済ませ、今朝のうちにパックしておいたガーメント・ケースにスーツを詰め込むとロビーに下りた。チェック・アウトを終えると、車寄せに待機していた客待ちのタクシーに飛び乗った。行く先をニース空港とタクシー・ドライバーに告げると、学は疲労感を覚えバック・シートに深く身を沈める様に腰をおろした。 
『大澤・市田・匿名口座・謎の送金・モンテカルロ・・・』
学は今回の関連についていろいろと考えれば考えるほどわからなくなっていった。いや、本当は簡単に答えの出ることなのに難しく考えようとしている自分との格闘なのかもしれないと思った。自分が身を投じている世界は決しておとぎばなしのような美しい世界ではないのだ。中身はすっかり腐ってしまった巨木に大金を使い、ありとあらゆる手を使って表面だけは何ごともないように取り繕っている。そんな気分になることがよくあるのだ。所詮は茶番なんだ。そして自分もまたこの何幕も果てしなく続く茶番オペラの裏方の1人になってしまっているのだ。こんなことがいつまで続くのだろう。神戸にいる家族は、学がそのうち実家にもどって永々と続く家業を受け継ぐことを期待している。しかし、重苦しい伝統を守っていくなんて自分の性にあわないことは学自身が1番よくわかっていた。時々、何もかも投げ出してどこか遠くへ行ってしまうのはどうだろうと思うことがある。父も母も兄も手の届かない世界へ。そんな思いを胸に学は車の窓から地中海を眺めた。
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