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第17章
 
1998年8月東京
 
8月に入り連日摂氏30度を越える真夏日が続いていた。日本の大手金融機関の大型倒産の余波は約半年以上経た今も続き、株式市場も方向感のないまま底辺をさ迷っていた。8月5日に、先に発行された転換社債の手取り金がユナイテッド・リバティーのスイス本店から大亜精鋼のメインバンクの東名銀行の本店にある口座に振り込まれた。その日の午後に、大亜精鋼の財務部長の本田から菜緒子に電話が入った。菜緒子が話す前に本田が堰を切るように話し始めた。
「あっ、飯野さん? 大亜精鋼の本田です。例の転換社債の手取金が今日うちの東名さんにある口座に無事振り込まれまして、ご報告しとこうと思いまして電話しましたのや」
「それはどうもご丁寧に有難うございます」
「これで今月末のワラント債の償還資金の事心配せんで枕高こうして眠れますわ。ほんまおおきに。湯川さんにも宜しゅう伝えとってや」
「はい、そう伝えておきます」
「あっ、それからうちとこの社長がこんどお2人を是非ディナーに招待したいと言うてはりました。また社長の秘書から連絡がいくと思いますので、宜しゅう頼みます」
「いえ、もう本当にお気持ちだけで・・・」
「まあ、社長も飯野さんや湯川さんのようなベッピンさんとたまには食事でもしたいのですやろ」
「そう思われているとしたら光栄です」
「お世辞やありまへんで、ほんまに。ほなまた、連絡します」そう言って本田は一方的に電話を切った。
 
ヨーロッパからの出張から戻ってから、菜緒子と湯川亜実の2人は再び本山の陰湿な嫌がらせと格闘していた。2人が市田の命令で大亜精鋼の本田千秋のスケジュールにあわせ帰国の途についた為に出社が1日送れの火曜日になってしまった事が気にいらないらしく、本山はねちねちと文句や皮肉を事ある毎に言いつづけた。勝気な亜実は流石に耐え兼ねて本山に面と向かって言った。
「前にも事情はお話したと思いますが、市田さんからの指示で本田部長と同じフライトにした為に1日帰国が遅れた訳ですから、何か問題だと思われるのでしたら、私から市田本部長にその旨伝えますので」
エクイティー部の朝の会議の席上で亜実の声が響き渡った。出席者達はしんと静まりかえり顔を見合わせた。本山もそんな事が市田の耳に入るのは得策ではないと判断したのかやや猫なで声で言った。
「湯川さん、僕はなにもそんな意味で言ったのではありませんよ」
「では、どんな意味ですか」亜実も引かなかった。
「そのつまりだね」本山は言葉に窮した。
「それではこの話はここまでという事で宜しいですね」亜実はきっぱりと言った。
会議を終えて会議室から出たところで中西圭太が亜実に話し掛けてきた。
「湯川さん、すごかったですね」
まだ怒りの収まらない亜美がつっけんどんに答えた。
「何がよ」
「何がってさっきの本山さんとのやり取りですよ」
「何だそんな事か、だってあいついつまでも同じ事をねちねちとしつこいから。私そういうのって駄目なのよね。時にはばしっと言ってやんないとつけあがるからね。とくに昔いじめられっ子だったような本山みたいなタイプはね」
「僕にはとてもあんな風には言えないですよ」どことなく中西は笑顔になっていた。
「中西さんの分もまとめてぶつけといたから、少しはすっとしたでしょう」
2人の後ろを歩いていた菜緒子が呆れ顔で言った。
「亜実、そのぐらいにしときなさいよ。また、仕返しが怖いわよ」
「大丈夫よ。特に今回の大亜精鋼の件では私達頑張って、取りあえず市田のお墨付きでしょう」亜美が勝ち誇ったように言った。
「それにしても、あの中西さんの書いた大亜精鋼のレポートの効果てき面よね。昨日、株価も終に1200円台に乗せたんだもん」
それを聞いていた中西の顔に戸惑いの色が走ったのを菜緒子は見逃さなかった。
「それは僕のレポートの所為ではないですよ。それに何もたいした事は書いてないし」
亜実はその時急に中西が本山達に強要されて『買い推奨』のレポートを書いた経緯を思い出し、その先の言葉に詰まってしまった。
清水学は出張から戻って以来、何だかすっきりしない気持ちで毎日を過ごしていた。モンテカルロでの1件が頭にこびり付いてどうしても忘れられなかった。東京に戻るとすぐに上司のグートに事の詳細を報告したが、大澤が大得意客でその他の上客を多数ユナイテッド・リバティーに紹介しているという事もあって、グートはこの件を黙認した。学が自分のデスクで考え事をしていると外線から直通電話が鳴った。受話器を取って電話に出ると聞き慣れた声がした。
「清水君かな、大澤だ。先日は大変お世話になったね」
「とんでもありません、仕事ですから」
「ところで1つ君にお願があるのだが」大澤は含みを持たせた。
「はあ、何でしょうか」学が訊いた。
「例のモンテカルロの1件だが、今回現金を市中の3つの銀行からスイスにある口座の1つに振り込んだ訳だが、その振込み先については決して詮索しないようお願いしたいのだよ」大澤は威圧的な声で言った。
「君もプライベート・バンクのルールはよく解っていると思うが、念の為にと思って電話したまでだよ」
学はハンマーで頭を殴られたような気がした。ここしばらく学の心の中ですっきりしなかった物がいきなり姿を現したのだった。学は言葉につまりながらも毅然とした態度で対応した。
「ええ、その点は私もプライベート・バンカーとして重々承知しておりますから、ご心配なく」
「よろしく頼みますよ」そう言うと大澤は電話を切った。
受話器をもどすと学は今の大澤とのやり取りとグートに報告すべきか否か考えあぐねたが、グートの出す結論が明らかである事を悟り、学はそのままこの件をしばらく自分の胸の内にしまっておくことにした。
 
シェリーがベッドの上に飛乗ると熟睡していた慎介の頬を舐めた。慎介はシェリーを払いのけると朦朧としながらベッド・サイドのアラーム・クロックを見た。午前11時30分をまわったところだった。慎介は6月から取り組んでいた日本の大手船会社のシップ・ファイナンスのプロジェクトの為、ここ2ヶ月間、土日返上で働いていたので、土曜日の朝、こんなに遅くまで寝たのは久しぶりだった。まだすっきりしない頭を振りながらベッドから起き上がると慎介は熱いシャワーを浴びる為に浴室に向かった。キッチンからいれ立てのコーヒーのいい匂いが漂ってきた。
「慎介、起きたの?」キッチンの方から菜緒子の声がした。慎介は昨晩菜緒子が泊まっていく事になったのを思い出した。朝食の支度をしている菜緒子の足元にシェリーがまとわりついた。
「シェリーちょっと待ってね。いまあなたの朝ご飯も用意するからね」
シェリーは菜緒子の顔を見上げると「ニャー」と鳴いた。きっと「早くしてね」と言っているのだろう。
慎介はまだ覚めやらぬおもい目を擦りながらキッチンの入り口に立った。
「おはよう」
「おはよう、慎介。よく眠れた。死んだように寝てたから起こすのが忍びなくて」
「久しぶりに思う存分寝たって感じかな」
「何だかとっても疲れているみたいに見えたわよ。あんまり無理しないでね」
「ああ」と言った最後は欠伸になっていた。
「とりあえず、シャワーでも浴びてきたら。すっきりするわよ」
「うん、そうさせて貰うよ」
そう言って慎介はバス・ルームに姿を消した。慎介がシャワーを終えて着替えを済ませた頃には菜緒子は朝食の準備を終えていた。テーブルの上にはコーヒーとクロワッサン、ゆで卵、サラダとハムが並べられていた。二人は朝食をとりながら話をした。
「慎介、今度私の妹の由右子に会ってくれない。前に1度ニューヨークであったでしょう。一緒にミュージカル見に行ったでしょう」
「ああ、あの快活な妹さんね。覚えているよ」
「あの子、私の彼氏が誰なのかってしつこいのよ」サラダをつまみながら顔を上げずに言った。
「ああいいよ、もちろん。貯金おろしとくよ」慎介はやや間を置いて続けた。
「菜緒子」慎介は優しい目をして菜緒子の顔を見た。
「何っ?」菜緒子が訊いた。
「ううん、別に何でもないよ」慎介は照れくさそうにその視線を外に向けた。
「変な慎介」菜緒子は首を傾げた。ちょうどその時、朝食を終えてご満悦のシェリーが大きな欠伸をしながら菜緒子の足元に擦り寄ってきた。
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