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「飯野さん、レセプションに配達の方が来ているそうですよ」エクイティ部のテンプ・スタッフの女性が書類キャビネットを挟んでむこう側にある机の島から声をかけた。
「はい、今いきます」菜緒子は何だろうと思いながらレセプションに向かった。グリーンのエプロンをしたアルバイト風の20歳前後の男の子が大きな花束を持ってレセプションで菜緒子を待っていた。
「飯野菜緒子さまですか。ご依頼のありました花束をお届けにあがりました」
「私に?何かの間違いじゃない」
「いえ、確かに飯野菜緒子さま宛てになっておりますが」
「差出人は誰なの」
「それが、こちらに記されていないのです」伝票をみながら花屋の男は言った。
「こちらにサインをお願します。それからこちらが送り主の方からのメッセージになっております」
菜緒子は腑に落ちないまま受取のサインをすると花束とメッセージを受け取った。花束を片手に抱えて、エクイティ部に戻る途中で、歩きながら名刺ぐらいの大きさのメッセージの入った封筒を開けて中のカードを取り出した。
【菜緒子へ、お誕生日おめでとう。今夜夜7時に赤坂のホテル・コロニアルの『ラ・トゥール』を予約してます。慎介】
慎介ったらこんな手のこんだ事しちゃって、菜緒子は歩きながら笑みを隠すのに苦労した。そして新しく買ったシルクのスーツを着てきてよかったと思った。 
その時、長い廊下を反対側から歩いて来た同僚のデイビッドが菜緒子の顔と花束を見て言った。
「菜緒子、何かいい事がありましたね。顔にそう書いてありますね」
「まあね」そう言うと菜緒子は何だか照れくさい気持ちになった。
花束を持って自分の席に戻ると、隣の席の亜実が目を丸くして言った。
「菜緒子、会社やめちゃうの?」
「何よ、いきなり。そうじゃなくて、今日は私にとってもうあんまりめでたくもない誕生日なのよ」
「という事はそれは彼氏からの送りものなのね」
「まあ、そんなとこかな」
「まあ、お幸せそうで、おご馳走様」
「亜実ったら。あんまりひやかさないでよ。まあ、そういう訳で今日はちょっとばかし早めに失礼させてもらいますから宜しくね」
「かしこまりました」亜実がニヤニヤしながら言った。
 
『ラ・トゥール』は東京でも屈指のフレンチ・レストランの老舗である。本店はパリのセーヌ河畔に約400年前に創業、王侯貴族の社交の場としてその名を世界に馳せ、フランス料理の伝統を今に伝えている。
2人がテーブルに着くとベテランの年配の給仕長が恭しく食前酒のシェリー酒のはいったグラスを2人の前に差し出して、重厚な皮のカバーがかけられたメニューを2人に手渡した。
「慎介、今夜はお気遣い頂いて有り難うございます」
「どういたしまして」
「でも、ここって東京でも1番高いフレンチじゃないの」
「菜緒子、今日は特別な日だからいいんだよ。たまには冴えてる慎介ってのも見てもらおうかなって思ってさ」慎介はウインクをした。
「もう慎介ったら。でも本当に有り難う」
2人がそれぞれ料理を決めると、ちょうど見計らったようなタイミングのよさで、日本でも3本の指に入るというソムリエが分厚いワイン・リストを持って現れた。
「今晩は、ソムリエの江藤と申します。今夜はどのようなワインをご希望でしょうか」
「どうも、今夜は特別な日なんで何か記念になるようなお勧めのワインをお願いしたいのですが」慎介はソムリエにアドバイスを請うた。
「そうですね、今晩のお料理ですと、87年物の『コス』などいかがでしょうか。なかなか馥郁とした香りと味わいのある1品ですが」
「それではそれをお願いします」
「それではデカンタージュしますのでしばらくお待ち下さい」
注文した訳ではないが、フレッシュな桃がふんだんに使われたベリーニが2人分運ばれてきた。その後、前菜が運ばれ、ソムリエがワインを慎介のグラスに注いだ。お薦めのワインは期待を裏切ることなくとても素晴らしいものであった。菜緒子は時間が経つとともにワインの味と周りの雰囲気に酔い始めていた。メイン・ディッシュを終えて、デザートを注文した後で慎介がとても真剣な目をして菜緒子に話した。
「菜緒子、これ僕の気持ちなんだけど受け取ってもらえるかな」そう言って慎介は綺麗なラッピングがされた小箱を菜緒子に差し出した。菜緒子はそれを受け取ると言った。
「開けてもいい」
慎介が頷いた。菜緒子は丁寧にラッピングを解くと中から赤い小箱が姿を現した。それは見覚えのあるカルティエの箱であった。箱を開けると中にダイヤモンドの指輪が入っていた。
「慎介」菜緒子は思わず慎介の名前を口にした。何だか熱いものが菜緒子の目に溢れていた。
「菜緒子、僕達そろそろ結論を出そう。僕と結婚して下さい」
菜緒子は頬に走る熱い液体を手の甲で拭いながら頷いた。
「来年の春に僕らが最初に出会ったニューヨークのコロンビアのチャペルで結婚式を挙げよう」
菜緒子は返事が言葉にならず、ただ慎介の目を見て頷くだけだった。食事を終えると慎介は今宵の余韻ももう少し楽しみたく、赤坂の昔からあるバーに行く事にした。バーは一ツ木通りのビルの地下にあった。ビルの前まで来ると慎介が言った。
「席が開いているかどうか見てくるからここで待ってて」と言って慎介は足早に地下に続く階段を降りていった。1人、菜緒子はビルの前の路上で待っていると反対側にある日本家屋の料亭の玄関先で黒塗りのメルセデスに乗り込む初老の男に女将と2人の男が頭を下げているのが目に入った。車を見送った後、女将と2言、3言の言葉を交わしていた2人の男が市田昭雄と大澤源太郎である事が解かるのに大して時間はかからなかった。菜緒子はまずいところを見てしまったと思った。次の瞬間に偶然に市田と菜緒子の目が合ってしまった。
「市田さん」無視する訳にもいかず菜緒子は声をかけた。市田はすこしばかり気まずそうな顔をした。横にいた大澤が菜緒子に向って言った。
「飯野さん、これはまた奇遇ですね、こんなところで」
「飯野、何してるんだこんなところで」市田が問い詰めるような口調で言った。
「ちょっと、今日は私の誕生日で、友人と食事をしてたんですよ」
市田は大澤の手前、少しばかり取り繕うような口調で言った。
「そうか、そいつはおめでとう」
「有り難うございます」
「俺達は次があるから、さあ大澤さん行きましょう」
市田は料亭の脇に止めてあった黒塗りのハイヤーに大澤を先に乗せると、菜緒子を睨むように一瞥してから車に乗り込んだ。赤坂見附方向に走る車のテール・ランプを菜緒子はじっと佇んで見つめていた。
「菜緒子、おまたせ、2人分の席を確保したから、さあ行こう」菜緒子を促しながら、慎介は菜緒子の様子が変なのに気付いた。
「どうしたの、気分でも悪いの」
「ううん、そうじゃないの。たった今、そこの料亭から出てきたうちの市田さんと大亜精鋼の大澤社長とばったり出くわしたの。あんまり見られたくなかったらしくて、そそくさとお迎えのハイヤーに乗って立ち去っていったわ」菜緒子がすっきりしない気持ちを言葉にした。
「菜緒子、そんな事は忘れて、さあ飲み直そう。今夜は僕たちにとって特別な日なんだから」
「そうよね」
2人は肩を並べてバーに続く階段を降りていった。

大澤と市田の乗ったハイヤーは赤坂見附の交差点を左折して渋谷のほうへ向って疾走した。青山一丁目を過ぎたあたりから車は渋滞し始めた。フロント・ガラス越しに連なる車のテール・ランプが赤い帯の様に見えた。隣で葉巻をすっていた大澤が言った。
「あんなところをおたくの飯野さんに見られてしまったのはまずかったんじゃないですか」
「いや、飯野なら大丈夫ですよ、何とでも言いくるめられますから」
「それではやはり先ほどの話にあったアナリストが問題なんですね」立て続けに起こる問題に大澤はへきへきしていた。
「ええ、ただその件は私の方でもいろいろと手を打ってありますから、じき問題は解決しますよ」
「市田さん頼みましたよ。これは我が社と我々自身の存続がかかっている事ですからね」
「大澤さん、その事は私もじゅうじゅう承知してます。私たちは二人ともルビコン川を渡っていますから、もう後戻りは出来ないって事ぐらい私もわかっているつもりですから」
大澤は不安そうな顔で市田の方を見た。
「例の東洋新聞の件も今夜お会いした代議士の桂先生が何とかしてくれそうじゃありませんか。彼も先代の社長にはいろいろと借りがあるから出来る限りの事はするって約束されたんだし。ここは大船に乗った気分で時が過ぎるのを待ちましょう」
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