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「菜緒子、どうしたの? 何だか変よ、どこか具合でも悪いの」亜実が心配そうな目をして訊いた。
「ううん、何でもないの」菜緒子は弱弱しい声で応えた。
今朝方、菜緒子は市田に呼出をくらったのだった。例の赤坂の料亭の前で出くわした事について根掘り葉掘り訊いてきたのだった。菜緒子自身は市田と大澤が赤坂で会食をしたぐらいに考えていたのだが、市田がその事実を何とか隠蔽しようと必死になっているのを感じた。そう言えばあの時市田と大澤は初老の政治家風の男を料亭の前で見送っていたわ。菜緒子はすっきりしないながらも、これは何かとてつもない事が裏にあると感じ始めていた。市田は赤坂で出くわしたとき菜緒子の連れは誰だったのかまで訊いてきた。菜緒子は慎介に災いが降りかかるのを案じて、大学時代の女友達と一緒だったと市田には伝えた。菜緒子は焦点が定まらずにただコンピューターのモニターをじっと見据えていろいろと考えた。『赤坂の料亭』『政治家風の男』『社債の発行』『モンテカルロ』『本山のジャカルタ出張』『インドネシア子会社の債務問題』『市田の常軌を逸した大澤への気遣い』
頭の中でばらばらだったパズルのピースが僅かではあるが形をつくり始めていた。皮肉なことにそれを促しているのはパズルが完成して人の目に触れることを一番恐れている市田本人であった。
「菜緒子!」遥か遠い彼方から誰かが自分の名前を呼んでいるような気がした。我に返ると隣の席から身を乗り出して亜実が菜緒子の左肩を揺さぶっていた。
「本当に大丈夫?」亜実の目には心配の色がさらに深まっていた。
「うん、大丈夫。ちょっと考え事していたの」
「まあ、それって彼氏の事なのね」いつもの亜実らしくおどけた調子で菜緒子を励ますような口調であった。
「うん、まあそんなとこかな」菜緒子は心ここにあらずといった感じで応えた。
 
夏も終わりに近づき、ユナイテッド・リバティー東京支店もクリスマスまでの最後の3ヶ月をどのような戦略で攻勢をかけていくかについての合同会議がボード・ルームで開催された。会議の進行役は投資銀行本部長の市田が務めた。各部門から4・5名のスタッフが会議に参加し、大会議室は補助椅子を含めて約50名の人間がひしめきあっていた。菜緒子は亜実と一緒に部屋の中央におかれた30名掛けの巨大な楕円形のテーブルの片隅に並んで座っていた。午後1時から始まった会議は、午後5時に時計の長針があと一息でとどく頃、市田による最後のまとめのスピーチが終わろうとしていた。
「今年は市場環境も我々には向かい風で、当初の目標の達成がかなり難しい状況です。残りの11月までの間、一丸となって目標に近づくよう頑張りましょう。本日は皆さん長時間にわたりご苦労様でした」
出席者の一部から散発的に拍手がおこり、会議はお開きとなった。
菜緒子は会議の途中から右目のコンタクト・レンズに不快感を覚えていた。会議が終わり席を立った時瞬きをした。その瞬間、右目を覆っていた透明なプラスチック製の物体が弾けて会議用のテーブルの下に飛んだ。隣の席にいた亜実が菜緒子の異変に気付き、声をかけて来た。
「どうしたの?」
「うん、ちょっとコンタクト・レンズを落としたみたいなの」
「一緒に探そうか?」
「大丈夫よ1人で。先に戻ってて、例の資料も今夜中に片付けなきゃいけないでしょう。私もすぐに戻るから」
「わかったわ、じゃまたあとで」亜実はその他の出席者と連れ立って会議室の出口に向った。菜緒子はテーブルの下にもぐりこんでコンタクト・レンズを探し始めた。しばらく雑談をしながら退室していく人々の声が続き、そのあと急に静けさが訪れた。会議室の扉が閉まる音がして、そのあと『カチャ』というドアをロックする音がした。誰だろう鍵なんか施錠してと菜緒子は思った。気を取り直して菜緒子はコンタクト・レンズを探し始めた。テーブルのちょうど真下の床から飛び出している電話線の差込ジャックの脇で菜緒子のコンタクト・レンズがかすかに光っていた。あったと思ったその時、大会議室で話している男の声が聞こえてきた。
「大澤社長お願いします。市田です」声の主は市田だった。大亜精鋼の大澤源太郎に電話をかけているのだった。菜緒子は息を殺して固唾を飲んだ。菜緒子がテーブルの下にいるなどとは夢にも思わない市田は電話で話しを続けた。
「大澤社長、市田です。」
「例のうちのアナリストの転職はなんとか阻止しましたので、奴はしばらくは私の手中にありますのでご心配なく」
もちろん、大澤が話している内容までは菜緒子には聞こえない。しばらく大澤の話を聞きながら市田の相槌だけが聞こえた。
「民友党の代議士ともなると効果てきめんですね。ところで私も例のスイスの口座にある資金で面白そうな株を購入しましてね。買ってからもう3割上がってますよ」
「いえ、別に大澤さんに隠しておこうなんて思ってる訳じゃありませんよ。是非次回は前もってお知らせしますよ」
「M&A絡みの銘柄であれば、買い時さえ間違えなければ必ず儲かりますよ」
またしばらく市田の相槌だけが続いた。
「ああ、うちの飯野菜緒子でしたら問題はありませんよ。今回のファイナンスのからくりについて知っているのは大澤さんと本田部長、うちの本山と私の計4人だけですから。例のインドネシアの子会社の累積債務の飛ばしも巧妙に仕組んでいますからばれようがないですよ」
『ファイナンスのからくり』『子会社の累積債務』『飛ばし』菜緒子は自分の耳を疑った。市田は大澤と共謀してとてつもない大不正をやっているのだ。その上、インサイダー取引までも。菜緒子は一刻でも早くその場から立ち去りたい衝動に駆られた。市田は会議室の出入り口に最も近い場所にある椅子に腰掛けて電話をしていた。しかもその扉は鍵がかけられている。市田に気付かれずに鍵をあけてその扉から出ていくのは不可能であった。菜緒子はテーブルの下で屈んだままの姿勢で、先ほど見つけたコンタクト・レンズを拾いあげてハンカチにはさむと、まわりを見渡した。ちょうど市田が座っているところから長い楕円形の会議テーブルの反対側にビルの非常用階段に通じる扉があった。そうだ、あそこから忍び出そう。菜緒子は4つんばいで這い這いをする赤ちゃんのような姿勢で会議テーブルの一番端まで行った。テーブルの端からその扉までの距離は3メートルほどであった。さらに姿勢を低くして扉の前まで這っていき、恐る恐るドア・ノブに手をのばし、そっとまわしてみた。するとドアはゆっくりとひらき外の非常階段の一部が見えた。市田は依然大澤と電話で話をしていた。今だ、今しかチャンスはない。菜緒子は決断するとさっとたち上がり開いたドアから出た。時を同じくして市田は自分が座っているところから会議用のテーブルをはさんで反対側のドアが開き出て行こうとする人影を見た。市田は愕然として、とっさに大声をはりあげた。
「おいおまえ、そこで何をしている」
市田の怒鳴り声が鋭く尖った矢の様に菜緒子の背中を突き刺した。菜緒子は振り向くことなく外に飛び出すと脱兎の如く外に通じる階段を駆け下りて行った。市田はドアから消えたのが女性で、白いシャツに黒のパンツであった事だけは記憶に焼きつけていた。
「一体何があったんですか市田さん」電話のむこう側の大澤が異変を察知して市田に詰問した。
「実は今、女が1人会議室から出て行きましてね」市田の声は震えていた。
「それじゃ、今の私たちの会話はすべて聞かれてしまったのですね」
「おそらく・・・」
「その女は一体誰だったんですか」
「いやそれが後ろ姿しか見えなかったもので・・・」
「どこの誰だかわからないと言うのですか」
「いや、およその見当はつきます」
「市田さん、こうなった以上は何とか早くけりをつけないといけませんね」
「相手は女ですから、脅せば何も出来ずに口をつむりますよ」
「いやそれでは完璧ではないでしょう」
「完璧って、一体どうしろと言われるのですか」
「いえ、ただ私はその女の口を黙らせる事が必要だと言っているのですよ。死人に口無しと言う諺を市田さんもご存知でしょう」
市田は大澤が言った事が信じられなかった。何だかとても悪い夢を見ているような気がした。
「私にその女を始末しろとおっしゃるのですか」市田はからからに乾いた口から喘ぐような声で訊いた。
「市田さん、私は始末しろなんて事は何も言ってません。ただ世の中には回避できない不慮の事故というものが結構あるものですよ。明日、我が社までご足労願えますかな。午後3時で宜しいですね。今後の対策を話しましょう」
市田は今更ながらこの大澤という男に深入りしてしまった自分の浅はかさを呪いたかった。
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