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晩夏のまだ暑い日の午後であった。中西圭太はやり場のない怒りと失望感を胸中に抱え、自分のデスクとトイレまでの廊下を行ったり来たりしていた。そんな中西の姿は誰の目にも奇異に映った。菜緒子もそんな中西と廊下ですれ違った。
「中西さん、大丈夫? 顔色が優れないわよ」
「いや大丈夫ですよ。大亜精鋼の株は大丈夫です、ご心配なく」中西は全く支離滅裂な受答えをした。菜緒子はガックリと肩を落とした中西の後ろ姿を見送った。
部屋に戻ると同僚の亜実が手招きをして呼んでいるのが見えた。
「ねえ、なんだか私たちまた市田絡みの案件で、張本人からお座敷がかかっているみたいよ」
「えっ」事の真相を知った後だけに菜緒子は驚きを隠せなかった。
「何もそんなに驚かなくてもいいんじゃない。とにかく詳細については本山が説明してくれるそうだから、夕方時間空けておいてね」
「わかったわ」
その時、エクイティ部のドアが突然開いて、スタッフのデイビッドが血相を変えて飛びこんできた。
「大変、大変、事件、事故?」
「何なの」亜実が訊いた。
「今、エレベーターから救急車の人、担架あって、男便所に入っていく」興奮していてデイビッドの日本語は滅茶苦茶であったが、意味は解った。デイビッドを先頭に数人のエクイティ部のスタッフが廊下に飛び出した。しばらくすると救急隊員が男子便所から担架を抱えて出てきた。担架の上にはアナリストの中西圭太が横たわっており、左手首に包帯がぐるぐる巻きにされ、そこに大量の血が今にも噴出さんばかりの勢いで滲み出していた。菜緒子と亜実は思わず口を押さえた。
「中西さん、自殺図ったの」亜実が訊いた。
「しっ」菜緒子はつき立てた人差指を口の前にもっていって、亜実に黙っているように注意した。
「まだ、何だかわからないんだから、不用意な事は言わないほうがいいわ」
「そうよね」亜実は素直に菜緒子の注意に従った。
「私さっき廊下で中西さんとすれ違ったの。何かとても思いつめた様な顔をしてたわ。声をかけたんだけど、返答も支離滅裂で、何が言いたいのかよく解らなかったわ」
中西の姿が菜緒子のイメージの中で大きく広がっていって、急に押し潰されてしまう様な錯覚に捕らわれた。
 
その日の夕方、本山は菜緒子と亜実を呼び出して例のフィリピンの案件の説明をした。
「以上が本取引の概要です。君たちはトルネード社がもっているドラゴン・ビールの株式20パーセントをマーケットを動揺させる事無く、売却してしまう案を練ってほしいんだ。最後に現地でプレゼンテーションをする事になる。それは今から2週間ぐらい先になるが。それまでにプレゼンに必要な書類を全て準備してくれ」
「わかりました」2人が言うと、あまり面白くなさそうな顔で本山が付け加えた。
「今回は市田さん直々のご指名なんだ。よく理由はわからないがとにかく頑張ってくれ」
本山は先に亜実に言った事を繰り返した。菜緒子は市田のご指名という事が気がかりでならなかった。
「あっ、それから」本山は思い出した様に言った。
「飯野君、市田さんが客先に出向く時はスカートにしろって言ってたぞ」
「ええ、いつもそうしてますけど・・・」菜緒子は眉間に皺を寄せた。
 
席に戻ると菜緒子は亜実と今度の案件の段取りと役割分担について話合った。
「今回の株の売却については、うちのフィリピンが売り手のトルネード社にアドヴァイザーとしてついているから、ドラゴン・ビールになるべく高く株を買い取らせる様な戦略を練らないとね」菜緒子が言った。
「うちの食品のアナリストがドラゴン・ビールはカバーしているわ。でもレーティングは『中立』よ」亜実が社内用のウェッブ・ページをスクロールしながら言った。
「『売り』じゃないだけましよ。PERで見てもドラゴンは26倍で、競合他社のサン・イースト・ビールが36倍、ペガサス・ビールが42倍だから、割安ではあるのよね」一息入れて、菜緒子が続けた。
「ドラゴン・ビールは自社株式をトルネード社から買い取った場合、どうするのかしら。自社株消却? ドラゴン・ビールの現在の時価総額が1200億円だから、その20%となると240億円でしょう。今のドラゴン・ビールの財務体質で240億円相当のキャッシュをすべて使い切ってしまうのは得策とは言えないわ」菜緒子は懸念材料となる点を指摘した。
「それじゃどうするの外部調達させるつもり。例えば転換社債なんかで・・・」
「外部調達した資金を使って自社株を購入し、それを消却することが法制上可能かどうか確認しないと」
「それは法務に問い合わせてみましょう」
「あと方法としては、ドラゴン・ビールの株を所有してもいいと言う戦略的パートナーを見つける事かな」
菜緒子はさらに続けた。
「まあ、とにかく私たちはトルネード社の保有するドラゴン・ビール株の適正価格についてのヴァリュエーション(評価)にとりかかりましょう。ドラゴン・ビールが売却に応じた場合、その株式の買取代金の手当てについてはドラゴン・ビール側につくアドヴァイザーが考えるでしょう。ただ、どう言う案が可能かだけでも話し合っておいたほうがいいでしょう」
「はいはい、相変わらず隙が無いわね」
亜実はユナイテッド・リバティーのアナリストが書いたドラゴン・ビールに関する直近のレポートをプリント・アウトして、黄色のマーカーを右手に持って読み始めた。菜緒子も自分の仕事に取り掛かったが、例の市田の一件が頭をよぎり何も手につかなかった。『ファイナンスのからくり』『累積債務の飛ばし』『インサイダー取引』・・・ 菜緒子は自分がとんでもない事実を知ってしまった事を実感し、それが今後自分の身に降りかかる大きな災いとなる事を予感していた。今この事を亜実に話したら、彼女にまで災いの火の粉が降りかかる事になる。Eメールの新規作成画面を呼出し菜緒子は今までにあった事柄を時系列に箇条書きにしていった。一通り書き終えると送信先の欄に自宅の自分のコンピューターのEメール・アドレスを入力し、送信のアイコンをクリックした。手紙に羽のついたマークが現れ、メッセージは送信された。次に送信済みのホルダーにはいり今送ったメッセージを取り出すとマウスを右クリックして削除を選択した。続いて削除済みのフォルダーに入り今削除したメッセージにハイライトをあて、マウスを右クリックして削除を選択した。
画面に『これを削除すると二度と復帰出来ませんがよろしいですか』というメッセージが現れた。菜緒子は『はい』を選んでクリックした。これでこのメッセージの存在は私以外誰もわからないはずだわ・・・
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