TOKYO IPO スマホ版はこちら
TOKYO IPOTOKYO IPOは新規上場企業の情報を個人投資家に提供します。



第1部

第2部
     


なぜ今、コモディティなのか?

女性のライフプランと公的年金

運用を取り巻く環境を考えよう

オンナのマネースタイル

■資産運用ガイド
いまさら聞けない株式投資の基本


意外と知らない?!投資信託の基本


試してみたい!外国株の基本


慣れることから始めよう外貨投資の基本


お金持ちへの第一歩 J−REIT


アパート・マンション経営


IPO最新情報や西堀編集長のIPOレポート、FXストラテジストによる連載コラム、コモディティウィークリーレポートなど、今話題の様々な金融商品をタイムリーにご紹介するほか、資産運用フェア、IRセミナーのご案内など情報満載でお届けしています!
東京IPOメルマガ登録


IPOゲットしたい!口座を開くならどこ?
FX(外国為替証拠金取引)ってなに?
FX人気ランキング
知らないと損しちゃう!企業の開示情報


レストラン『夏宮』は最上階にある広東料理の中華レストランでホテル・シンハーのメイン・ダイニングであった。エレベーターを降りると黒服のバトラーが4人を待っていた。バトラーは赤いチャイナ・ドレスを着たウェイトレスに4人を個室に案内させた。部屋の壁の2面がガラス窓でマニラの街の風景が一望できた。前方にマニラ湾が横たわり水平線に空を赤く染めながら太陽が沈みかけていた。
「ここから見るマニラのサン・セットはとてもロマンチックですよ」ホセが言った。
「でも日没後のこの余韻もまたたまらなくいいわよ」ジュリーが続いた。
「マニラって汚くて危ない街だったイメージを持たれているけど、ここの夕日だけは世界で一番なんだよ」
ホセはウエィトレスにシャンパンを持って来るように頼んだ。しばらくして4人はそれぞれシャンパン・グラスを手にした。ホセが乾杯のスピーチをした。
「トルネード社の仕事が取れた事とこのマニラの夕日に乾杯」
3人もホセにあわせて乾杯した。グラスの底から湧き上がる細かい気泡が西の空から注がれる淡い光の中で踊っていた。しばらく4人は窓辺に佇んで、赤く染まるマニラ湾の様々な赤のグラデーションを堪能した。 マリアが気をきかせて最高級のコースを予約していたらしく、フカヒレのスープ、鮑、北京ダック等の中華の高級食材を使った料理がテーブルに並んだ。
「幸せ、これだけでマニラまで来た甲斐があったわ」亜実が嬉しそうに言った。
「そう言って貰えて、僕も嬉しいです」
「中華って言うとどうしても香港になっちゃうけど、マニラにもこんなにすごい中華があるのね」
「ここのシェフは香港のあのマリーナ・ホテルで10年料理長を務めた人なんですよ」ジュリーが説明した。
「へーそうなんだ。それで納得出来たわ」
「ここ数年、マニラも急速に変化してるの。香港やシンガポールのような高層ビルのひしめく街になろうとしているの。かなりの無理をして。それがさらに酷い貧富の差をつくり出しているんだけどね」
菜緒子は空港からホテルまで行く途中に見た乞食の老婆の事を思い出した。
「それがここマニラをアジアの魔都にしている原因なのよ」ジュリーは批判めいた口調であった。
「まあ、暗い話はそれぐらいにして、今夜は楽しもうよ」ホセがジュリーを諌めた。
「そうよね、ごめんなさいね。今日は仕事のお祝いなのに」
その後、4人は食事をしながらいろいろな事を話した。会社のこと、恋愛のこと等々。そろそろ話題が尽きた頃、大皿に盛られたて炒飯が運ばれてきた。
「もう、私駄目、これ以上食べられない」亜実が降参のポーズを取った。
「まあ、一口だけでも食べれば」ジュリーが亜実に勧めた。
「この後に出てくるタピオカ入りのココナツ・ミルクもおいしいよ。でも最後まで食べた人にしかデザートは出されないんだよね、ここじゃ」ホセは亜実をからかった。
「もう、わかったわよ。食べればいいんでしょう。炒飯ちょっとだけよそって」
「亜実ったら、あんまり無理してお腹こわさないでよ。明日、帰るんだからね」
「大丈夫よ、お腹こわしたらデザートが食べられなくなるでしょう。それは別腹、別腹」
3人はそんな亜実を見て笑った。
デザートの器が空になった頃には時計は10時になろうとしていた。
「さあ、そろそろお開きにしようか」ホセは言ってから会計を済ませた。4人はエレベーターで1階のロビー・フロアに降りていった。
「菜緒子、亜実、ここからどうやってホテルまで戻りますか」
「ちょっと、お腹一杯だから歩いてホテルまで帰るわ。だってすぐでしょう」
「それじゃ、2人をホテルまで送ってから、僕はジュリーとタクシーで帰るよ」ホセはジュリーの目を見ながら言った。4人は1階の大理石張りの広いホールを通って正面玄関に向った。真っ白いマオカラーのユニフォームを着た童顔のドアマンが4人の為にドアを開けた。一歩外に足を踏み出すと昼間の太陽に照り付けられて日没後も逃げ場を失ったアスファルトの熱気が纏わりついてきた。
ゴメスは自分の黒のクーペの運転席で飯野菜緒子がホテルから出てくるのをじっと待っていた。ゴメスの車は85年式のポンコツで廃車寸前の状態で、エンジンをかけたまま冷房などをいれておける代物ではなかった。ゴメスは運転席の窓を開けて涼を求めたが、虚しい結果に終わった。ゴメスは額に噴出した大粒の汗をタオルで拭った。あまりの蒸し暑さに耐えかねて車から出ようとドアの取っ手に手をかけた時、4人がホテルの正面玄関から楽しそうに話しながら出てくる姿が目に飛び込んできた。ゴメスは汗ばんだ手でイグニッションに差し込まれた車のキーをひねった。死んだ様に眠っていた車のエンジンが咳き込むように息を吹き返した。ゴメスは車の窓越しに4人の姿を再度確かめると車をスタートさせた。アクセルを踏み込んで全速で2ブロック先まで走ると車を路肩に止めて、予め駐車しておいた盗難車の白い日産のサニーの所まで走った。計画はまさに時間との駆け引きであった。
4人は通りに出ると綺麗に舗装された歩道をほろ酔い加減で歩いた。前をホセと亜実が、その後ろに続く様な形で菜緒子とジュリーが歩いた。ホセは終始上機嫌だった。鼻歌交じりにとりとめも無い事を亜実と話しながら歩いた。亜実は歩道沿いの店のショーウィンドーに飾られた靴やバッグにちらっ、ちらっっと目をやりながら話し掛けてくるホセに気の無い相槌を打っていた。後ろを2人にやや遅れて菜緒子とジュリーが歩いていた。ジュリーも程よくお酒が回っていて、とても饒舌になっていた。専ら2人はボーイ・フレンドの話で盛り上がっていた。4人は1つ目の通りを渡って次のブロックに指しかかった。4人が歩いている歩道の左側全ブロックが公園になっていて、涼しい風が吹いてきた。亜実はひやかすショー・ウインドーもなくなりホセの話に耳を傾けた。通りを挟んで反対側のオフィス・ビルはひっそりと静まりかえっていた。亜実とホセは陽気な足取りで歩を進めた。ホセの革靴と亜実のハイ・ヒールが交互に歩道を打ちハーモニーを奏でていた。2人のステップは刻一刻と公園がもうすぐ終わる北東の角を目指していた。
白のサニーに乗りこむとゴメスは鍵を差してエンジンを始動させようとした。セル・モーターの乾いた音が続いたが、エンジンがうまくかからなかった。ゴメスは焦った。大粒の汗が額から滝の様に流れ落ち、その一筋が目に入った。汗で目がひりひりと痛んだ。なんて事だ、くそっ。ゴメスは悪態をついて、痛む目を擦りながら祈るようにキーをまわし続けた。ゴメスの祈りが通じたのか7回目にセル・モーターの虚しい音がブルンという鈍い音に変わった。エンジンが目を覚ましたのだ。ゴメスは助手席に放ってあったタオルで手の汗を拭った。深呼吸をすると気を取り直して運転席の居住まいを正すとフロント・ガラス越しに真正面を見据えた。ゴメスは今か今かとはやる心を押さえて菜緒子が通りにさしかかるのを千載一遇の気持ちで待った。ホセと亜実は公園のあるブロックの北東の角まで来ると、振り返って後ろを歩いている菜緒子とジュリーのほうを見た。2人に向って早く来るように手招きをした。菜緒子達との距離が縮まったのを確認してからホセは通りを横切り始めた。一歩遅れて亜実がつづいた。2人が道路の中央にさしかかった時、菜緒子とジュリーは通りを渡ろうと一歩踏み出したところだった。亜実との距離は僅か2メートル位であった。
ゴメスは4人の影を道路上に確認すると、今だと思った。食い入るように真正面を睨みつけると、思いっきりアクセルを踏み込んだ。
菜緒子は突然の車の轟音を耳にして、音の方向に目をやった。ヘッド・ライトをハイ・ビームにした車が物凄いスピードで左側から近づいてきていた。亜実が車の方に顔を向けた。車のヘッド・ライトが驚愕した亜実の顔を照らし出した。亜実の顔が悲痛な叫びで歪んでいくのを目の当たりした。ホセが振り返って何かを叫んでいた。亜実の危険を察知した次の瞬間、菜緒子は1歩前に飛び出していた。そんな菜緒子を制しようとジュリーは菜緒子の肩に手を伸ばしたが、ほんの僅かな差でその手は宙を掴んだ。菜緒子は2歩目で道路を強く蹴ると、体中の体重を乗せて亜実の体を突き飛ばした。
「危ないっ」と言う菜緒子の叫び声が通りに響いた。菜緒子に突飛ばされて道路に倒れそうになった亜実の体をホセが支えた。次の瞬間、菜緒子は突進してくる車の前に立っている自分の姿に気付いた。ジュリーが「菜緒子」と叫んだ。車は荒れ狂う闘牛の牛の様に菜緒子の体を正面から捕らえ、弾き飛ばした。菜緒子の体はコンフェッティの様に宙に舞い上がったかと思うと、続いて鈍い音をたてて道路に叩きつけられた。
「菜緒子っ」亜実は支えられていたホセの腕の中で半狂乱になって菜緒子の名前を叫んだ。ホセは目前に繰り広げられた一瞬の惨事に言葉を失ってしまった。菜緒子をはねた車はタイヤの音を軋ませて、そのまま走り去っていった。亜実は悪夢を見ている様であった。夢であったらそのまま覚めて欲しくなかった。ジュリーが路上に倒れている菜緒子に駆けよっていた。
「何て事を」ジュリーの唇が小刻みに震えていた。
亜実はその後の記憶が全く無かった。どのぐらい時間が経ったのだろう。亜実は今自分がどこにいるのかさえわからなかった。ただ呆然と路上に立ち尽くしていた。ジュリーが気遣う様に亜実の肩に優しく手をかけた。その時、亜実の目に映っていた物は、周りで点滅するパトカーの赤と青のライトに照らし出された輪郭のボケた街の姿だった。
    <<前へ
第2部>>

Copyright © 1999-2008 Tokyo IPO. All Rights Reserved.