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第21章
 
2000年1月東京
 
不動産開発の波は神田の下町にも押し寄せていた。地上げが進み古い木造建築の町並みの中に突如背の高いビルが林立し始めていた。その風景はなんともちぐはぐな空間を作りだしていた。同時にそれは程度の低い東京の都市計画を物語るモニュメントのようでもあった。慎介たちが目指したオフィスはそんな神田の町に出来た真新しいビルの7階にあった。大手不動産会社が所有する賃貸オフィス・ビルで、入居するテナントは英国籍の法律事務所、コンサルティング会社、怪しげな投資会社、中国系の貿易商社等などさまざまな類の会社が100坪ほどの土地の上に建てられた地上10階建てのビルにぎっしりと詰まっていた。1階のエレベーター・ホールの脇に入居する会社の名前がシルバーの金属プレートで出来た案内板に掲げられていた。慎介と由右子は7階のところに書かれた『PGアセット・マネジメント』の名前を確認すると、エレベーターに乗りこんで7階のボタンを押した。7階には3つの会社がオフィスを構えていた。エレベーターを降りたところの正面の壁に7階の見取り図がとりつけられていた。2人は行き先の場所を確認した。PGアセット・マネジメントの受付は廊下の突き当たりにあった。ガラスの扉に洒落た字体でPGアセット・マネジメントの名前が踊っていた。扉を開けて中に入ると新しいオフィス独特の匂いがした。受付のカウンターは無人でプッシュ・フォンの電話機と内線番号とスタッフの名前を記した紙をいれた透明のプラスチックのケースが置いてあるだけだった。慎介は中西圭太の名前の横に書かれた4桁の内線番号をダイヤルした。2回の呼出音がして中西圭太が電話に出た。
「はい、中西です」
「ユナイテッド・リバティーの朝岡ですが」
「ああ、どうも、少々お待ち下さい、ただ今参ります」中西圭太の声の調子からして慎介達が歓迎されていない客である事は明らかであった。中西圭太はあの自殺未遂騒動の後、精神的にもまいってしまい約1年間仕事を離れていた。ようやく事件の傷も癒えて昨年10月に新しく設立された新進気鋭の投資顧問会社の社長に誘われて、投資の為のリサーチの仕事に就いたのであった。どぶネズミ色のシングルのスーツに地味な色合いのネクタイをした中西が大学ノートを片手に受付に現れた。慎介は中西が以前と比べて一回り小さくなった様な気がした。
「お待たせしました。さあ、こちらへどうぞ」
2人は中西の案内で窓の無い小さなミーティング用の小部屋に通された。慎介は改めて礼を言ってから、由右子の事を紹介した。
「飯野菜緒子さんの妹さんです」
「はじめまして、飯野由右子です」
中西圭太は悲しそうな目をして言った。
「お姉さんには、僕もいろいろお世話になりました。事故の事は僕も後から知りました。本当に何と申し上げたらいいのか・・・」中西は語尾を濁した。
「中西さん、今日無理を言ってお時間を頂戴したのは、例の大亜精鋼がファイナンスをした時の事を教えて頂きたいと思いまして・・・」慎介は早速訪問の本題に入ろうとした。中西の顔色がみるみる変化していくのが2人の目にも見てとれた。中西の目はつり上がり、敵意と憎悪にみちた光を放っていた。
「朝岡さん、その事でしたらいまさら僕からお話しする事は何もありません。僕も早く過去の事は忘れたいんです」中西はミーティングをそれで終えようと立ちあがろうとした。そんな中西を制するように由右子が言った。
「ちょっと待って下さい。中西さん、お気持ちはよくわかります。でも、私も姉の死の真相を知りたいんです。でないと姉も浮ばれません。フィアンセだった慎介さんだって同じ気持ちなんです」由右子は隣に座った慎介の方を見た。
「フィアンセ?」
「姉と慎介さんは結婚を約束していたんです・・・。それに姉が残したEメールの事もあるし、あの事故は仕組まれたものだった可能性があるんですよ」由右子は思いつくままの事を言葉にして、中西圭太に懇願するように語りかけた。
「Eメール?仕組まれた事故?一体何の事ですか」中西は訝し気な顔をした。
慎介は菜緒子の残したEメールと今まで自分たちが調べて分かった事を順序だてて中西に説明した。中西は一言も発せずに真剣な目をして慎介の話に耳を傾けた。慎介の話が終わると、中西は何かを決意したかの様に頷くと伏し目がちに話し始めた。
「市田昭雄という男は最低の人間です。朝岡さんもすでにご存知かもしれませんが、僕はあの時大亜精鋼のレポートを捏造したのです。いや、正確には市田にそうするようにしむけられたのです。そうしなければくびにすると市田は本山と一緒になって僕を脅迫したんです。そんな事をすれば僕のアナリストとしてキャリアは終わってしまう。だから、僕は会社をかわる事を考えたんです。でも、奴らはいろいろな手を使って僕の転職も妨害したんです。僕は完全に逃げ場を失ってしまいました。その後はもう皆さんがご存知の通りです」中西は左手首の傷をさすりはじめた。
「大亜精鋼の大澤社長の事で何か覚えている事はありませんか」
「いえ、僕は大澤社長とは挨拶をした程度ですから。ただ、市田と大澤社長の間に何らかの密約があったのは事実でしょう。僕は専ら財務部長の本田さんとしか話していませんが、本田さんはよく『社長と市田さんに決めてもらいますから』と言って、ミーティングが遅々として進まなかったのをよく覚えています。あの2人が抜き差しならぬ関係である事は誰の目には明らかですよ。証拠が無いにせよ、飯野さんの事故を市田が仕組んだという話は十分にありえると僕は思います。自分がこんな目に会わされたからはらいせにそう言っているのではありません。市田はそう言う男なんです。自分の保身の為ならそのぐらいの事をやってしまう最低の人間なんです」
結局、2人は中西圭太からそれ以上の情報を得る事は出来なかった。しかし、中西の話は市田に対する疑惑をさらに確信へ駒を進めるだけの十分な説得力があった。中西のオフィスを後にして2人は大通りをJRの神田駅に向かって歩いた。
「由右子ちゃん、これからどうするの」
「私、会社に戻らないと。クライアントとのミーティングがあるから」
「僕もこの後大手町でアポイントがあるんで、ここで失礼するよ」
「慎介さん」深刻な表情で由右子は慎介を見た。
「私、マニラに行ってみようと思うの。一体何が姉に起こったのか、現地でも調べてみたいの」
「由右子ちゃん、君1人でマニラなんて危険だよ。治安だって決して良くないし」
「わかっています。でもこのままじゃ何も変わらないでしょう。マニラに行けばまた何かがわかると思うの」
慎介は由右子の目をみて、その決断が確固たるものである事を悟った。
「心配しないで下さい。大丈夫ですから。また連絡します」由右子は笑顔で言うと踵を返して駅の方に歩いて行った。慎介はそんな由右子の後ろ姿を見送った。別れ際に由右子が見せた笑顔の中に慎介は死んだ菜緒子の面影を重ねている自分に気付いた。
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