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第22章
 
2000年2月マニラ
 
熱帯性気候に属するフィリピンは2月でも平均気温が摂氏20度を越え、日中のマニラ市街では照りつける太陽の光で熱されたアスファルトの道路からゆらゆらと昇る蜃気楼が街の輪郭を歪めていた。飯野由右子は一週間の有給休暇をとってマニラに来ていた。由右子は姉の菜緒子が宿泊していたパシフック・グランド・ホテルに宿をとった。日本航空745便で昨晩遅い時間にマニラに到着したのだ。日本を出る前に慎介に頼んで予めユナイテッド・リバティーのフィリピン駐在員事務所のホセ・ドアンとのアポイントメントをとりつけていた。翌朝、由右子は遅い朝食を済ませるとホテルからタクシーに乗った。慎介に教えてもらった事務所の住所をタクシーの運転手に告げたが、よく分からないらしくタクシーはなかなか出発しようとしなかった。由右子はタクシーの窓を空けると手をふってホテルのドア・マンを呼んだ。長身のドア・マンが近づいて来て由右子に英語で話しかけた。
「どうかされましたか」
由右子は住所の書かれた紙片を手渡して言った。
「ここに行きたいのですが、わからない様なんです」
ドア・マンは紙に書かれた住所を確かめるとしたり顔で運転席のドライバーに向って2言・3言タガログ語で話をした。運転手は分かったという素振をして手を上げると車を発進した。15分程走ったところで林立するオフィス・ビルの1つの手前で停車した。ドライバーは窓越しにそのビルを指差した。どうもそれが目的の場所らしかった。由右子はメーターの料金を払って、タクシーを下りた。その瞬間、熱帯特有のむっとして湿った空気が纏わりついてくるのを感じた。足早にオフィス・ビルに入った。1階のエントランス・ホールに入ると冷房が効いていて心地よかった。エントランスの中央にある大理石のカウンターに勤務中のセキュリティー・ガードの男にユナイテッド・リバティーの場所を尋ねた。男が約束はあるのかと怪訝な顔をして訊き返してきたので、由右子はホセ・ドアンの名前を告げた。すると男は一転して笑顔になって由右子にオフィスの階数を知らせた。エレベーターで25階に上がると由右子はユナイテッド・リバティーのフィリピン駐在員事務所の受付に向かった。ガラス扉の入口は閉ざされていて、脇に取り付けてあるインター・フォンで来訪を告げると年配の女性が出た。所長の秘書のマリア・コルデスが中から入口の扉を開けて由右子を中に通した。
「ミス・イイノ、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
マリアは丁重に由右子を応接室に案内した。
「何かお飲みになりますか? コーヒーで宜しいでしょうか」
「ええ、それではコーヒーを頂戴します」由右子は遠慮がちに言った。
応接室の窓ガラス越しに熱気と埃にけむるマニラの街が眼下に見渡せた。窓際に佇んでいるとマリアがトレイにのせたコーヒーを持って再び現れた。マリアはコーヒーを由右子に勧めると伏し目がちに静々と部屋から出て行った。しばらくして応接室のドアがノックされ、2人の男女が入って来た。
「飯野さん、お待たせして申し訳ない。ホセ・ドアンです。こちらが同僚のジュリー・オルテガです」長身のホセが自己紹介した。
由右子は2人と握手をしてから席に着いた。由右子は2人に礼を述べた。ホセもジュリーも事故で死んだ菜緒子の妹に何と言ったらいいのか思案して、しばらく沈黙が流れた。最初に口火を切ったのはホセだった。
「菜緒子の事は、本当に何と申し上げたらいいのか・・・」ホセは後に続ける言葉が見つからず困惑した。
「ええ、もうあれから1年以上経ちますし、私が言うのも変なんですが、あまりお気遣いなさらないで下さい。ただ私がこうしてマニラにやって来たのは、姉が事故にあった時の事をいくつかお聞きしたいと思いまして・・・」
「でも、事故の事はマニラの警察がいろいろ調査をして、悪質なひき逃げ事件だと結論づけたのですが。犯人は見つからないままですが」ホセが当時の警察の調査の状況を話した。
「その件は私も姉が亡くなった時、東京で外務省の方から聞いています」
「それでは飯野さんはどんな事を知りたいんですか」
「実はあの事故は仕組まれたものだという事が最近になってわかったんです」
「仕組まれた?」ホセとジュリーは顔を見合わせた。由右子は2人に今までの経緯を詳細に説明した。2人は由右子の話に驚愕した。あまりの驚きの為か、菜緒子とどことなく似た面影を持つ由右子が話しているのを聞いて、2人は死んだ菜緒子が再び目の前に現れて話しかけている様な錯覚に陥りそうになった。
「何でもいいんです。どんな些細な事でも。姉がマニラに来た時何か変わった事はありませんでしたか?」
ホセとジュリーはしばらく考え込んだ。3人の間に静かに時間だけが流れていった。壁に掛けられた時計の秒針の放つ音が心臓の鼓動の様にはっきりと大きく響いていた。ジュリーが何かを思いだしたようにホセの方を向いて話した。
「ホセ、そう言えば菜緒子と亜実がうちの事務所に来た時、あなたの車の革のシートが地下の駐車場で切刻まれる事件があったわよね」
「それは何時の事ですか」由右子が訊いた。
「菜緒子の事故の1日か2日前の日だったと思う」ホセはそう言うと再び黙りこくって、自分の記憶の隅々をさ迷った。おもむろにホセが言った。
「それと・・・」
「何ですか」由右子は先を急いだ。
「いや、これは僕の思い違いだったんだけど、菜緒子達を自分の車でホテルに迎えに行った時の事なんだ。2人を車に乗せてホテルからオフィスに向かう途中で1台の黒のクーペが僕らを尾行けていると思ったんです。2人に聞いても何もそんな心あたりは無いと言われて、結局、僕の思い過ごしだろうって事になったんです。今から考えればその車が怪しかったのかも知れない」
由右子はホセの話を黙って聞いていた。
「事故の時の状況も、何か覚えていらっしゃる事があったら教えて下さい」由右子は2人に懇願するうように頼んだ。
その後しばらく間があった。ジュリーが悲しそうな遠い目をして語り始めた。
「あの時は取引がうまくいったので祝いと称して4人で食事をしたの・・・」
ジュリーにとってもあの事故は心のどこかでトラウマになっていた。それを思い返す事は、録画したものの、見ないで長いこと放っておかれたホラー映画のビデオの再生ボタンを押すことにも似ていた。由右子の為にも出来るだけ詳しく当時の情景を再現しようと、ジュリーは悲しい過去に真っ向から対決した 。
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