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マニラの最高級のチャイニーズ・クイジーヌと称された『夏宮』での食事。その名の通り、かつての国を治めた皇帝が夏の間、避暑に使う離宮の雰囲気を至る所に醸し出していた。背の高い華奢なクリスタルのグラスに注がれる淡いロゼのシャンパン。気泡が弾けながら揺ら揺らと昇って行く。グラスが軽く肩を寄せ合う様に触れ合う乾杯の音。贅沢な晩餐、そして4人の笑い声・・・
食事を終えて、4人は連れ立ってホテルを後にした。ほろ酔い加減で陽気な足取りで歩道を歩いた。菜緒子との会話。前を歩くホセと亜実のステップが軽やかにピアノの連弾の様にアスファルトの鍵盤を叩いた。公園の脇の歩道を通ってその先の角で振り返って菜緒子とジュリーに手を振るホセと亜実のシルエット。それからその先の通りを横切り始めた2人の後ろ姿。どこからともなく突然響いた車の轟音。次の瞬間、車が亜実に向かって突進していった。ヘッド・ライトに照らされた亜実の姿が暗闇にくっきりと浮かびあがった。危険を察知した菜緒子が亜実の方に向かって行った。ジュリーはそんな菜緒子を止めようと肩を掴もうとして手を伸ばした。ほんの一寸の差でジュリーの手はむなしく空を掴んでいた。菜緒子に突き飛ばされて道路に転倒した亜実。振り返って亜実を助け様とするホセの姿。それとほぼ同時に獲物を狙ったライオンのように車が菜緒子に飛びかかった。空気を切り裂く様な悲鳴と衝撃音。スローモーションの様に宙を舞う菜緒子の体。落下した時にドシリとした鈍い音が響いた。菜緒子の名前を絶叫する亜実。そしてそれに続くジュリー自身の叫び声。タイヤを軋ませて走り去る車の音。路上にぐったりと横たわる菜緒子の体。背広の上着から携帯電話をとりだして救急車を呼ぼうとしているホセの緊迫した声と険しい表情。菜緒子に駆けよって、半狂乱の様に名前を呼び続ける亜実の姿。しばらくして、遠くから近づいてくる救急車の音。続いて数台のパトカーが到着。警察による事故現場の調査。パチパチと閃光を放つ捜査班のカメラのフラッシュ。パトカーの赤と青のライトに照らし出されている亜実とホセの強張った顔…
話終えた時、ジュリーの目には涙が溢れんばかりであった。目頭を中指の腹で押さえると潤んだ目をして上を見上げた。ジュリーはその後の言葉に詰まってしまい、軽く咳き込んだ。ホセがその後を引き継いだ。
「ジュリーが今話した事があの時の全てですよ」
ホセは労わるようにジュリーの肩に手をかけると、由右子の方を向いて言った。
「飯野さん、あの事故は僕らにとっても大変つらい出来事なんです。それから、あなたを見ていると菜緒子がまたここいる様な気にさえなってしまう・・・」
「すみません」由右子は思わず謝った。
「いや、僕はそんなつもりで言ったのではありません。ただ僕達は・・・」
「ええ、あなたの言われようとしている事はわかります。こんな事をしても死んだ姉が帰ってくるわけではありませんから・・・」
「他に僕らに出来る事があったら何でもいって下さい」
「有り難うございます」由右子は礼を言ってから、しばらく考え込むと、何かを思いついた様に口を開いた。
「出来たら、姉の事件を担当された警察の方とお話がしたいのですが」
「それなら、私の父がマニラの警察署長と知り合いですから、お願いしてみましょう」そう言うとホセは立ちあがって応接室の隅に置いてある電話で父親に連絡をとった。電話が繋がるとホセはしばらくタガログ語でやりとりをした。電話を切って、ホセは席に戻ると笑顔で言った。
「今、父が警察署長と連絡をとってくれるそうです。明日、時間をとって貰うようにお願いしました。大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんです。有り難うございます」
「それでは時間が決まりましたらお知らせいたしますから。どちらにお泊りですか」
「パシフィック・グランド・ホテルです」
「それでは後ほど連絡しますから」
「宜しくお願します」由右子は頭を下げた。
3人は話を終えると席を立った。ホセとジュリーは由右子をエレベーター・ホールまで見送った。ジュリーが下のボタンを押すと、4基あるエレベーターの1つのライトが灯り、程なくして扉が開いた。中には誰ものっていなかった。扉を手で押さえながらホセが由右子を中へうながした。
「飯野さん、もし宜しければ今夜私達と夕食でもどうですか」
「有り難うございます。でもそんな気持ちになれなくて。お気遣い頂いて有り難うございます」
「そうですか、わかりました。それでは後ほど、ホテルに連絡しますので」
「宜しくお願いします」
止めていたエレベーターが催促するかの様に警告音を発し始めた。由右子は2人と手短に別れの挨拶と握手を交わした。その後エレベーターの扉は由右子を飲みこむ様にその口を閉じた。
 
マニラ警察本部は鉄筋コンクリートの3階建ての古いビルであった。近年急速に都市開発の進むマニラ市街の中で取り残された遺跡のようにひっそりと立っていた。建物の前には数台のパトカーが止まっていた。ホセはパトカーの間の空いたスペースに愛車のBMWのコンバーチブルを止めた。助手席のドアを開けて由右子が降り立った。昨日のスーツ姿とは違って由右子は白のノースリーブのワンピースに白のサンダルといういでたちであった。ホセはキーを抜いて運転席から降りると由右子を警察の建物の正面玄関の方へ案内した。石造りの10段ほどの階段が正面玄関の前に突き出すように伸びていた。ホセはアルマーニのサングラスをはずしながら由右子と一緒に階段を上った。建物の中に入ると1階は大理石張りのホールになっていて、いたるところにひびが入っていた。右側に受付と思われるカウンターがあった。年配の神経質そうな金縁の眼鏡をかけた女性が、かなりくたびれた黒のジャケットを着て面白くなさそうに座っていた。ホセがタガログ語で挨拶して、来訪の目的を伝えた。女は面倒くさそうにカウンターの上に置いてあった電話の受話器を取ると赤いマニキュアが無造作に塗られた年季の入った太い指でダイヤルした。電話を終えると女は正面奥にある階段を指差して、2階に行くようにホセに伝えた。
「行く先は2階のようだ」ホセは由右子に説明した。かつては白亜だったと思われる階段の手すりの装飾もぼろぼろに欠け落ち、埃と汚れで茶褐色に変色していた。2階に上がると1本の廊下が左右に手を広げるように伸びていた。廊下を挟んで両側にはすりガラスの窓のはめ込まれたドアが並んでいた。ホセは廊下を右側へ進み、左手にあったドアの1つの前で立ち止まった。すりガラスの窓にタガログ語と英語で『殺人課』と書かれていた。由右子はその文字を見て少し恐ろしくなり、足がすくむ思いがした。そんな由右子の様子に気付いたホセが優しく訊いた。
「大丈夫ですか?顔色がすぐれないみたいだけど・・・」
「ええ、大丈夫です。行きましょう」
ホセは頷くと『殺人課』のドアを開けた。中には雑然とデスクが置かれ、数名の刑事と思われる私服の男が3人と制服を着た若い女性警官が1人いた。4人の目が一斉にホセと由右子に集まった。ホセがタガログ語で何かを言うと、3人の中で1番年長の男が制服の女に何かを指示した。女は重い腰を上げると2人を連れて部屋を出た。いったんドアの外に出ると、廊下を挟んで反対側にある部屋に2人を通した。ホセに向かって何かをタガログ語で言い残すと女は2人をそのまま部屋に残して早々に出ていった。
「事件を担当した刑事がもうすぐ来ますから」ホセが由右子に説明した。
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