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2人が通されたのは薄暗い部屋であった。窓が1つあって、人が出入り出来ないように縦横に鉄格子が外壁のコンクリートに埋め込まれていた。窓は片側に開け放たれていた。開いた窓越しに警察の建物の裏庭が見えた。そこは土が剥き出しの空き地になっていて、警察職員用の駐車場として使われていた。警官達が個人で所有するスクラップ寸前の車やバイクが所狭しと並んでいた。部屋の中央にはかなり使い込まれた古いスチールの机がひとつと周りに折たたみ式の椅子が四脚あるだけであった。見るからに容疑者を取り調べる為の部屋であった。天井には年代物のスチール製の扇風機がグアングアンと低い唸りような音を立てて回転し、部屋の中で行き場を失った湿った熱い空気をかき回していた。息が詰まりそうな湿気と熱気であった。ホセは額に滲む汗を手の甲で拭った。しばらくしてドアが乱暴に開くと、先ほど殺人課の部屋にいた年長の男が何やら古ぼけたファイルを1冊小脇に抱えて部屋に入って来た。男は中肉中背で年の頃は40代半ばぐらいであった。浅黒い肌には皺が深く刻まれ、それがいかにも年季の入ったベテラン刑事である雰囲気を作り出していた。男はかなりアクセントに癖のある英語で自己紹介をした。
「殺人課の刑事部長をしておりますリカルド・ザラテです」
ホセと由右子は席を立つと交互にザラテと握手をして、座り心地の悪い折りたたみ椅子に腰を下ろした。菜緒子のひき逃げ事件は未だに犯人がつかまっておらず、お蔵入りしていた。ザラテ刑事部長はばつが悪そうに言った。
「あの事件の犯人は残念ながらつかまっていません。同じように車を盗んで引ったくりを繰り返していた奴を逮捕したのですが、あの事件についてだけは奴はシロでした。ひき逃げに使われた車は、事件の数日前に盗まれたようです。事故現場から1キロほど北西に行ったオフィス・ビル街の路上に乗り捨てられていました。車からは犯人の手がかりになるような物は何も発見出来ませんでした。かなり用意周到な奴の仕業です」リカルド・ザラテは淡々と事務的に説明した。事故後の調査とその後捜査の経緯、そして何の進展も無く事件が迷宮入りしてしまった事について説明した。
「何か事故の件で他に気になった様な事はありませんでしたか」由右子が食い下がる様に訊いた。マニラ市内では年間に数100件にのぼる凶悪犯罪が起きていてリカルド・ザラテは菜緒子の事件について何か特別に記憶している事があるわけでは無かった。事件が解決していないこともあってか、首を横に振るとリカルドは気まずそうに言った。
「いえ、何もありません。ここにあの事件に関する当時の記録を一式お持ちしました。ご覧になりますか」
「ええ、是非拝見させて下さい」由右子が即座に応えた。
「規則で資料を差し上げる事は出来ません。コピーもです。こちらでご覧になる分には構いませんので、しばらくこちらの部屋を使って下さい。私は向いの部屋にいますから、終わられたら声をかけて下さい」リカルドはそう言い残すと部屋を出て行った。
刑事部長が机の上に置いていった厚いファイルの束をホセは手にとって開いた。中にはタガログ語で書かれた事故の調書と、邦人の海外での事故死という事でマニラの日本大使館外事課宛てに出された英語の報告書の写し、A4サイズのマニラ封筒が入っていた。ホセは英語の報告書を由右子に手渡すと自分はタガログ語で書かれた事故の調書に目を通し始めた。由右子は10ページ程度の英語の報告書を穴があくほど真剣に読んだが、新しい発見は特に何もなかった。先ほどリカルドが説明してくれた事がそこには記されているだけであった。由右子が残念そうな顔をしてホセの方を見た。タガログ語で書かれた事故の調書と取り組んでいたホセと目があった。結果は同様で、ホセも悲しそうな目をして首を横に振るだけだった。由右子は机の隅の方に置かれたややくたびれたマニラ封筒を手にとってその中身を確かめた。中には数10枚にのぼる事故現場の写真が入っていた。由右子は写真を見るのを初めは躊躇していたが、勇気を振り絞って写真の束を封筒から取り出すと1枚づつ目を通していった。菜緒子が倒れていた形をそのまま型どった白いチョークの線は妙に現実離れしたものに見えたが、赤黒い血の跡が確かに悲惨な事件があった事を物語ったいた。1年以上も経たとはいえ、写真は当時の様子を生々しく物語っていた。あまりにもショッキングな内容のものが多かった。由右子の横から写真を覗き込んでいたホセも時々手で目を覆うほどであった。写真の数も残りあと僅かになってきた時、由右子の目がある1枚の事故現場全体の風景を捉えた写真に引き付けられた。そこには2台のパトカーと数人の警官に向かってひき逃げの車が走り去った方向を指差して説明しているホセの姿が写っていた。由右子の異変に気付いたホセが訊いた。
「どうかしましたか」
「ええ、これなんですけど・・・」由右子は問題の写真をホセに手渡した。ホセは写真を受け取るとしげしげと写真の隅々までを見た。あの時の事故現場の様子だ。警官達に事故の時の様子を説明している自分の姿が写っていた。特別に気にかかる点などはなかった。
「これが何か・・・」ホセは思わず由右子に訊いた。由右子が写真の左上の隅に写っている黒っぽいクーペを指差して言った。
「この黒っぽく写っているクーペなんですが、ホセさんが思い過ごしだと思ったホテルからあなたの車を尾行けてきた黒のクーペではないですか」
ホセは由右子に指摘されて再度写真を食い入るように見てみた。遠い記憶を思いおこしながらホセは写真のクーペと事故の数日前に自分の車を尾行していた車とを照らし合わせていた。無類の車好きのホセは確かにそこに写っている車と尾行の車が同一の車種である事は判ったが、それが同一の車であるかどうかまでは判断出来なかった。ホセは自分の見解を正直に由右子に伝えた。
「すると、全く同じ車ではないとも言えないわけですね」由右子は目を輝かして言った。その後もしばらく2人は作業を続けたが、それ以上の物は何も出てこなかった。取り出した資料を全てファイルに戻すとそれを持って2人は部屋を出た。
廊下を横切って再び『殺人課』の部屋に入るとデスクで仕事をしていたリカルド・ザラテが2人に気付いて席から腰を上げた。2人はリカルドの方に歩みより資料を彼のデスクの上に置いた。
「何かお役に立ちましたか?」リカルドが訊いた。
「いえ、特段何もございませんでした。ただ事故現場の写真で1枚だけ気にかかるものがありました・・・」由右子が言った。
「それは一体なんですか?」リカルドは怪訝そうに訊き返した。
ホセがデスクの上ファイルを開けて、1番上に置かれた例の写真を取り出してリカルドに手渡した。リカルドは写真を受け取って一瞥すると2人に向かって訊いた。
「これが何か?」
「その写真の隅に写っている黒っぽい色のクーペを見て下さい。実は事故の数日前に私が車で飯野菜緒子さんとその同僚を迎えに行った時に、それと同じ型の車に尾行されていた様なんです。最初は私の思い過ごしだと思っていたのですが、言われてみると同じ車のような気がするんです。もちろん確証があるわけではありませんが・・・」
「それは本当ですか」リカルドが語気を強めた、それから再度写真を詳しく見てみた。残念ながらクーペの姿は真横から撮られており、ナンバー・プレートは写っていなかった。
「ええ、多分としか言えないのですが・・・」ホセが言った。
リカルドは問題の写真を眺めながら渋い顔をしてしばらく黙っていた。気を取り直した様子で顔を上げると2人に向かって言った。
「それでは、もう一度この車の線で調べてみましょう。何か進展があったらお知らせします」
「有り難うございます」由右子が言った。ホセは名刺をわたして、連絡先をリカルドに伝えた。最後に2人はリカルドに礼を言って、警察の建物を後にした。
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