TOKYO IPO スマホ版はこちら
TOKYO IPOTOKYO IPOは新規上場企業の情報を個人投資家に提供します。



第1部

第2部
     


なぜ今、コモディティなのか?

女性のライフプランと公的年金

運用を取り巻く環境を考えよう

オンナのマネースタイル

■資産運用ガイド
いまさら聞けない株式投資の基本


意外と知らない?!投資信託の基本


試してみたい!外国株の基本


慣れることから始めよう外貨投資の基本


お金持ちへの第一歩 J−REIT


アパート・マンション経営


IPO最新情報や西堀編集長のIPOレポート、FXストラテジストによる連載コラム、コモディティウィークリーレポートなど、今話題の様々な金融商品をタイムリーにご紹介するほか、資産運用フェア、IRセミナーのご案内など情報満載でお届けしています!
東京IPOメルマガ登録


IPOゲットしたい!口座を開くならどこ?
FX(外国為替証拠金取引)ってなに?
FX人気ランキング
知らないと損しちゃう!企業の開示情報



第23章
 
2000年3月東京
 
清水学は年末に朝岡慎介から市田昭雄の件について調べて欲しいと懇願されたあの日から、慎介とは一言も話していなかった。プライベート・バンカーに課せられた不文律である大変厳しい守秘義務とフィアンセを亡くした慎介に対するシンパシーとの狭間で答えを出せずに悩んでいたのである。市田昭雄の件については会社の顧客ファイル等を調べてみたのだが、匿名口座をもつ市田の情報は厳重に個別管理されており、東京ではグートしかその情報にアクセス出来る人間はいなかった。学は自分が実際に関わって知っている事は、市田が大澤の紹介で匿名口座を開設した事、大澤が市田同伴でモンテカルロから怪しげな送金をした事だけであった。死んだ飯野菜緒子が残したEメールにしても全てが憶測の域を出なかった。学を動かすだけの市田昭雄がクロであると言うことを決定付ける物的証拠に欠けていたのだ。しかし、一方で今知っている事を繋ぎ合わせれば1本の疑惑の線が見えてきているのも事実であった。
 
清水学は自分専用のオフィスで顧客から依頼された不動産相続に関する取引の契約書を見直していた。ちょうど、書類から目をあげた時、アシスタントの山原紀子が廊下からガラスの扉をノックしているのが目に入った。学は手招きをして、彼女を部屋に招き入れた。紀子は片手にクリップで留められた書類の束を携えていた。
「清水さん。この書類なんですけど、どうもうちのお客様の口座の取引報告書の様なんですが、全てメール・ルームで開封されてしまって、この状態でこちらに回されてきたんですよ…」
学は紀子から書類の束を受け取ると最初の2〜3枚を捲って目を通した。それは明らかにスイスの本店から定期的に出される顧客の個人口座の取引の報告書であった。そこにはある期間の顧客の口座の資金の動きが全て記されてあった。スイスという国柄の所為か報告書の各項目は独語、仏語、伊語、英語の4ヶ国語表記になっていた。こんな大切な顧客の情報を何の確認もせずに開封してしまうなんて、学は驚きと憤りを隠せなかった。強張った表情の学を見て、紀子は恐る恐る訊いた。
「どうしましょう。清水さん」
「これは僕のほうで処理しておくよ。メール・ルームには今後この類の書類は勝手に開封したりしないように厳重に注意しておいてくれないかな」
「はい、わかりました」紀子は緊張気味の乾いた声で答えると学の部屋から出ていった。
山原紀子が退出したのを確認してから、学は受け取った書類の束を1枚1枚丁寧に目を通した。ほとんどの書類には個人名が明記されていた。『ICHIRO SASAKI』、『OSAMU IWASAKI』、『TETSUYA KIMURA』中には有名な芸能人やスポーツ選手の名前もあった。書類の束が残り僅かになった頃、口座の名義の欄が実名ではなく単なる番号だけになった。一部の特定の顧客だけが持つ匿名口座の書類であった。匿名口座の報告書と思われる書類は全部で12部あった。その中の1つは紛れもない、学自身が担当している大亜精鋼の社長、大澤源太郎のもので、その口座の番号も学がよく目にする物であった。中身を検めてみるとここ半年の間にかなり頻繁に株式の売買をしている形跡があった。その対象となっている銘柄はユナイテッド・リバティーが絡んでいるM&Aの対象となった企業の株式や新規公開株に数千万単位で投資がなされていた。大澤は一連の投資の指示を全てスイスの本店に直接に出していたらしく、それに伴う資金の動きについては東京のオフィスには報告されていなかったのであった。学が特に奇異に感じたのは、これらの投資がかなり短期間の間に集中して行われていた事であった。気になった学は1月にユナイテッド・リバティーがアドヴァイザーをしたフランスの食品会社が日本の飲料メーカーを買収した案件に着目した。大澤は1月17日に買収された日本の食品会社の株を420円で10万株購入していた。その後、1月27日にその株を620円で全て売却していた。この取引で大澤は僅か10日の間に2000万円の利益を得ていたのだ。学はその会社に関するニュースを金融情報サービスのブルーム・バーグで検索した。買収自体は1月23日に発表されており、その後、同食品会社の株価は急騰していた。インサイダー取引の疑いが濃厚であると学は思った。学は書類から目を宙に向けると、目を閉じて暫く考えた。気を取り直して、更に大澤源太郎以外の匿名口座の報告書を1枚づつ見ていった。そのうちの1枚の報告書が学の目にとまった。そこには、取引の量は10分の1程度であるが、先ほどの大澤源太郎の報告書に記されたものと全く同じ銘柄が同じタイミングで取引されている事が記されていた。学は口座番号の欄を見た。どこか見覚えのある数字であった。学がその口座番号を呪文のように何度か声に出して読んでいるうちに、はたとある過去の一場面が心の中でクローズ・アップされていった。それは、モンテカルロの銀行でフランス人男性の銀行家が大澤源太郎に送金先の口座番号を記入するように指示している場面であった。そうだ、大澤があのとき送金指示書に記入した番号だ。そして、その場には市田昭雄も一緒にいたのであった。学の頭の中でもやもやとしていたものが1本の線に姿を変えようとしていた。プライベート・バンクの顧客の口座の報告書の右下の隅には小さくアルファベットと数字が印刷されていた。例えば、大澤源太郎の報告書にはJ009と記されていた。Jは顧客の国籍を示し、この場合はJAPANのJを意味していた。そのあとに続く数字は担当者を表すコードである。009は清水学のことである。学はもう1枚の疑惑の匿名口座の報告書の右下に目をやった。そこにはJ000としるされていた。000は各拠点の責任者を意味していた。つまり、疑惑の口座の担当者は東京の責任者であるグートであった。市田昭雄が大澤の強引な要求で匿名口座を開設した時、その口座は特別にグートの管理下におかれる事になっていた。学が知る限り、グートが直接手がけている匿名口座は他にはないはずであった。学はいろいろと考えを巡らせた。そして、その口座が市田昭雄のものであるという結論を出さざると得ない自分に直面したのであった。大澤源太郎は何らかの理由で約1億円もの大金を市田昭雄に支払ったのだ。市田はその見かえりとして、社内の情報を最大限に利用して、インサイダー情報を大澤に流していたのだ。それどころか、市田自身も一緒になってインサイダー取引に手を染め、利益をその手中に収めていたのであった。学は大澤の報告書と市田のものと思われる報告書を二枚机の上に並べてしばらく深く考えこんだ。顧客の情報は何があっても漏洩してはならない。それはプライベート・バンクの鉄則であった。但し、顧客の不正取引を放置することも許されない事であった。目の前にある二通の書類は明らかな不正取引の痕跡を物語る物的証拠であった。学は上司のグートに相談すべきか否か悩んだ。あれこれと考え抜いた末に学はその2枚の書類を手にするとガラス張りの自分の部屋を出た。心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じた。まわりの人にその鼓動の音が聞こえてしまうのではないかという脅迫観念すら覚えた。学が向かったのはグートの部屋とは反対の方にあるアシスタントのスタッフのいる大部屋で、その隅に置いてあるコピー機の方に足早に向かった。周りのデスクではアシスタントの女性達が黙々とコンピューターの画面に何かを打ちこんでいた。学は誰にも見られていないのを確認すると、素早く2枚の書類をコピー機のフェーダーに突っ込んでスタート・ボタンを押した。コピー機は瞬く間に2枚の書類を飲み込んだかと思うと、複写された書類と原本をそれぞれ吐き出した。学は原本とコピーされた書類を束ねると踵を返して、自分の部屋に戻ろうとした。その時、学の背後から声がした。
「清水さん」
その声はまるで弓が的を射抜くように脈の速くなった学の心臓を背中から一刺しに貫いた。学は驚愕して後ろを振り返った。声の主は先ほど書類の束を持ってきてくれた山原紀子だった。学は不意の事に狼狽を隠せなかった。
「清水さん、どうしたんですか。何だか変ですよ」紀子はあっけらかんとした調子で訊いた。
「あっ、ごめん。何でもないよ。ちょっと考え事していた所に急に声をかけられたから」学はその場をなんとか取り繕った。
「あ、さてはガール・フレンドの事でも考えていたんですね」紀子はおどけた明るい声で言った。
「そうだといいんだけどね」学は照れ笑いした。
学は部屋に戻るとコピーした書類をA4サイズ用の会社の名前が印刷された封筒ではなく、一般に市販されているマニラ封筒に入れてしっかりと封をするとズボンのポケットから鍵の束を取り出して、その1つでデスクの引き出しを開けて先ほどのマニラ封筒を入れると再び施錠した。大澤と市田の報告書の原本をその他の報告書と一緒にした。それを手にして顧客宛てのメールが全て間違って開封されてしまった事を報告する為にグートの部屋に向かった。
    <<前へ
次へ>>

Copyright © 1999-2008 Tokyo IPO. All Rights Reserved.