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市田昭雄は大亜精鋼の役員応接室で社長の大澤源太郎が現れるのを落ち着かない様子で待っていた。眺望の素晴らしいガラス張りの広い窓から見渡せる東京の町並みにはどんよりとした暗い雲が低く垂れ込めて、市田の憂鬱な気持ちを具現しているかの様であった。市田の提供するインサイダー情報に基づく株式投資で大澤はこの1年の間に約10億円の利益を享受していた。市田自身も大澤からファイナンスの謝礼として貰った1億円を元手にインサイダー取引を続け、市田の口座の残高も約3億円程度まで膨れ上がっていた。2月に大澤に流した日本の大手スーパー・マーケットがアメリカのハイパー・マーケットに買収されるというM&A関連のインサイダー情報は、買収案件が不発に終わり、その後買収対象となった日本の大手スーパーの株は売り込まれて急落したのであった。そのお陰で大澤は約2億円の損失を被った。その事が大澤の逆鱗に触れたのであろうか。市田は窓の外の風景を眺めながらいろいろと思案した。大澤からの突然の呼び出しがかかったのは昨日の午後の事であった。大澤本人が市田の直通の電話に連絡してきたのであった。応接室のドアがノックされた。市田は腰を上げて身構えた。しかし、開いたドアの向うから姿を現したのは顔見知りの大澤の秘書で、コーヒー・カップを2つ乗せたトレイを手にしていた。市田は再びソファーに腰を下ろした。
「お待たせして申し訳ございません。大澤は間もなく参りますので」秘書はそう言うとコーヒー・カップの1つをそっと市田の前に差し出し、もう1つを大澤が座ると思われる席の前に置いた。秘書が目礼をして応接室を出ようとした時、その背後から大きな体をした大澤源太郎が姿を現した。秘書は素早く脇に身を寄せ、大澤を中に通した。
「いや、市田さんお待たせして申し訳ない」大澤は心にもない杓子定規な挨拶をした。秘書は再び目礼をすると静かにドアを閉めて退出した。
大澤は市田の正面の一人掛けのソファーにふんぞり返る様に深く腰を下ろして脚を組んだ。
「市田さん、お忙しいところお呼び立てして申し訳ない」
「いえとんでもない、大澤社長からの指示とあれば私市田何時でも馳せ参じます」
「そう言って頂くと本当に心強いですな」大澤はニタリと笑うと、意味深な面持ちで続けた。
「ところで先般のスーパーの株はさんざんでしたね」大澤は早速先制攻撃を仕掛けてきた。やっぱりその事かと市田は思った。
「市田さん、投資はある意味でギャンブルと同じで時には失敗する事もありますよ。私は決してあなたを責めているわけではありませんから、誤解なさらないように」
「あの件は本当に残念でした。買収の交渉はうまくいっていたのですが、最後の買収価格のところで両者の意見が噛み合わなくて…、うまくいっていれば市場は好感して株価も上昇したはずなのに…」市田は苦虫を潰したような顔をした。
「まあ、結果は結果ですから。今更それを言ってもしかたがないですよ。市田さんそれよりも今回の失敗をバネにして次の投資の事を考えましょう。今回の損失も授業料だと思って、それを上回る利益が得られる情報を今後も回して下さいよ」
そんなにうまい話がいつもそこらに転がっている訳ないだろうと市田は内心思ったが、そんな腹の内を曖にも出さず大澤に調子を合わせた。
「まあその辺の話しは定期的に大澤社長のお耳に入れるようにしますよ」
「市田さん、まあ損した分の5倍も10倍も儲かるような確かな情報をお願いしますよ」大澤は威圧的な笑みをたたえていた。
「大澤社長、でもそんな情報が常に手元に有る訳ではないですよ。M&AもIPO(株式の新規公開)の仕事もそう頻繁にとれるわけではありませんからね」
「市田さん、もうちょっと視野を広げてみてはいかがですかな。ネタの出所はもっとあるじゃないですか」
「他にですか?それは一体何なんですか」市田は不審そうに疑問を口にした。
「市田さんのところにはアセット・マネジメント部門もありますね。日本株を対象にした運用もなさっているでしょう。ファンド・マネージャーは一旦買うと決めたらその銘柄の時価総額に対してかなりのまとまった額の株を買うというじゃないですか。だから、あまり出来高の無い銘柄だったら彼らが投資する事によって簡単に株価は上昇するでしょう…」
市田は大澤の意図する事を知り、青ざめた表情で大澤の話を聞いていた。
「いくら大澤さんの頼みでも私の部門外の情報は提供出来ませんよ。それに、そんな情報がとれるかどうかすら怪しいものです。いくら同じグループと言っても、アセット・マネジメント部門は全くの別会社ですから」市田が憤慨を露にした。しかし、大澤はそんな市田を見下すように冷淡な口調で話を続けた。
「そこを何とか出来るのが私の存じ上げている市田昭雄さんなんですがね。自分の為には部下の命を犠牲にする事も厭わない…、今ごろのマニラはさぞかし暑いんでしょうな」大澤は語尾に含みを持たせた。
大澤は右の手首にした金無垢のローレックスの腕時計をちらりとみると
「すみません、市田さん。そろそろ次のミーティングがありますので。お呼び立てしておいて申し訳ありません。次回はランチでもしながらゆっくりと投資の事でも話しましょう。また、私のほうから連絡しますので。色よい返事をお待ちしていますよ」
大澤が大きな体をソファーから起こすと、市田も一緒に席を立った。応接室を出ると大澤は市田をエレベーター・ホールの方まで見送って行った。大澤の秘書が既にエレベーターを止めて2人が来るのを待ち受けていた。市田は空のエレベーターに乗り込むと、見送って来た大澤の方を向いて会釈をした。大澤は直立したまま、獲物を窮地に追い込んだ蛇のような邪悪な目で終始市田の事を睨みつけていた。
 
市田は大亜精鋼の本社ビルの正面玄関から表通りに出た。空を見上げると低く垂れ込めた雲の絨毯から今にも大粒の涙が零れてきそうだった。市田は右手を上げて通りを走る流しのタクシーの1台を止めると後部座席に乗り込んだ。市田の頭は先ほどの大澤源太郎との会話の事で一杯になっていた。暫くしてタクシーの運転手の苛立った声がした。
「お客さん、どちらまでですか?」
はっと我に返った市田はオフィスのある恵比寿の住所をつげた。車が走り出すや否やフロント・ガラスを大粒の雨が叩き付けてきた。車は明治通りに入ると雨のせいもあってか大渋滞にはまってしまった。雨を拭う車のワイパーの音だけが車内に単調に響いていた。どこから自分は道を誤ってしまったのだろう。大学を卒業して株の世界に入った時から今の自分の呪われた境遇は運命づけられていたのだろうか。あの時、転職さえしなければ、少なくとも自分は人間として心静かに毎日を送る事が出来たのだ。しかし、今となってはもう後戻り出来ない。自分は大澤源太郎という得体のしれない鬼畜に命と魂を握られているんだ。車の窓越しに見える色とりどりの傘の列が複雑な自分の心理を映し出しているかの様であった。
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