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5月の香港は気温は高かったが、それほど湿度も高くなく過ごしやすい気候だった。M&Aのアジア地区国際会議は香港サイドのマンダリン・ホテルで開催された。槙原はガール・フレンドと2人で九龍サイドのペニンシュラ・ホテルに宿を取っていた。会議は午前10時から午後5時の日程で2日間続いた。ルーム・サービスのコンチネンタル・ブレックファストを済ませると、槙原はガール・フレンドにちょっと口付けをして9時15分頃に部屋を出た。ホテルの玄関を出て、目の前のソールズベリー通りを横切って尖沙咀のスター・フェリー乗り場に向かった。普段ならばタクシーに乗るのであったが、九龍サイドから香港サイドへの海底トンネルはいつも渋滞していて、スター・フェリーで行ったほうが遥かに早かった。それにフェリーから香港サイドの町並を見るのが槙原は何となく気に入っていた。香港ドルで2ドル20セントを払って改札を抜けて2階にある待合室に向かった。鉄格子の扉が固く閉ざされ、香港島へ向うサラリー・マンやOLが群れをなして鉄格子の前でかたまっていた。香港島からのフェリーが着くと乗客を下船させるやいなやスター・フェリーのトレード・マークである星印の紋章の入ったブルーの水兵服を着た広東人の爺さんが鉄格子を開いて、乗船待ちの客を中にいれた。その直後から船が出発する警告のブザーが鳴り始め、瞬く間に乗船のための入り口は閉じられると早々に離岸した。フェリーは前方を横切るタンカーの横波を受けて、揺れながらも香港島を目指した。ビクトリア・ハーバーを吹き抜ける朝の潮風が頬に心地よかった。開け放たれたフェリーの手摺越しに朝日に輝く香港サイドの摩天楼が眩しかった。約10分でフェリーは中環のドックに接岸した。下船すると槙原はコノート・ロードの真下を横切る地下道を通って会議の会場となるマンダリン・ホテルに向かって歩いた。地下道では所々に物乞いの姿があった。地下から階段を登り地上にでるとコノート・ロードに面したホテルの玄関の横に出た。ホテルの玄関に向うと赤い制服を着たドア・マンが扉を開けてくれた。1歩中に入ると外の熱気とは一転して、エアコンからの冷気が生き返った心地にさせてくれた。1階のロビーのインフォメーションに会議の会場の案内が表示されていた。会場はホテルの5階の宴会場であった。槙原は天井の低いロビーを抜けて左手奥にあるエレベーター・ホールに向かった。エレベーターで5階にあがり、会場の受付で登録を済ませた。受付には参加者全員の名札が用意されていた。受付のショート・ヘアで長身のイベント・コーディネート会社のスタッフと思われる若い女性が100枚以上並べられた名札の1つを取って槙原に手渡した。槙原は礼を言うと同時に並べられた名札の列をざっと見回した。そこには予想した通り市田昭雄と番場和彦の名札があるのを確認するのにさほどの時間はかからなかった。会議は定刻の午前10時に主催者側からの開催の挨拶で始まった。その後、午後1時まで、最近の主要なアジア地域におけるM&Aの取引がケース・スタディーとして具体的にいくつか紹介された。槙原のチームが手がけた案件もその中の1つとして取り上げられ、5番目のスピーカーとして槙原は壇上に立ったのであった。午前の部が終了すると、会議場に隣接する別室でビュッフェ・スタイルのランチがふるまわれた。槙原は一仕事終えてほっとした気持ちで昔から顔なじみの同業者達とビュッフェのサンドイッチを摘みながら近況を報告しあった。その時、背後から槙原を呼ぶ声がした。
「槙原君」
槙原は後ろを振り返った。そこには市田昭雄が番場和彦を連れて立っていた。
「とても素晴らしいスピーチだったよ。君のようなスタッフがうちを出ていってしまったのは今更ながらに残念でならないよ」市田は心にもない歯の浮くような台詞を吐いた。
「そうですか。光栄です」
「ところでその後商売のほうはどうなんだい?」市田が訊いた。
「ええ、まあまあってところですよ」槙原は市田に話をあわせて表面上、その場を取り繕った。
「そういう市田さんの方はどうなんです」
「M&A関連の話は毎日のように俺の所に舞い込んで来ているよ。もう、さばくのだけで手一杯だよ」これはまたとんだ大風呂敷を広げたもんだと槙原は思った。槙原が市田のところを出て以来、ユナイテッド・リバティーがマーケットの話題になるM&Aを手がけたという話は全く耳にしていなかった。
「それは羨ましいかぎりですね」槙原は市田の調子に合わせた。
「ところで、槙原君、君のところでは今どのあたりに注目しているのかね」厚顔無恥と言うのか、同業者に話すはずのないビジネス上大切な事を市田は平然と訊いてきた。ただ、市田という男はその辺の常識の枠を越えた図太さだけで今まで生き抜いてきているのだ。槙原はそんな市田の話に応対するのが煩わしかった。槙原は早く市田を振りきって、早く昔から知っている仲間達の輪に戻りたかった。槙原は最近欧州からの問い合わせで、鉄鋼関連のコングロマリットの部門売却の話をネタにした。コアでないビジネス部門を日本の事業会社に売却するという話であったが、槙原のチームが調査した限りでは、その部門を買収してシナジー効果を得られる本邦企業は無いという結論に達していた。槙原は差し障りの無い部分だけを取り出して話をした。しかし、市田昭雄は目を爛々と輝かせて興味津々に槙原の話に耳を傾けていた。槙原の話を一通り聞き終えて市田が言った。
「それは残念だったな。日本の会社の場合、ガッツのある役員がいないからな。これはと思う話にもなかなか食らいついてこない。何だったら、俺が買い手を探してこようか」
「いえ、それには及びませんから」槙原は暴走する市田を制した。
「槙原君は相変わらず欲がないな」市田が皮肉を込めた笑みを浮かべた。槙原はそんな市田の前から一刻も早く立ち去りたかった。
「市田さん、ちょっと向こうで昔の仕事仲間が呼んでますので、これで失礼します」槙原は手短に詫びるとその場を早々に立ち去った。槙原が自分の目の前の視界から消えると、市田は横で黙って立ち尽くしていた番場に向かって言った。
「番場、今の話聞いたか」
「ええ、まあ」番場は市田の意図が読めずに曖昧な返事をした。
「その欧州の鉄鋼の会社がどこか調べるんだ。どうせ、ドイツか北欧あたりの会社だろう」
「でも、どうやって」
「馬鹿野郎、何を言っているんだおまえは。そんな事ならうちのロンドンの奴らに調べさせれば一発だろう」
「でも、そんな雲をつかむような話で、ロンドンのスタッフを動かす事なんて出来ませんよ」
市田は優柔不断な番場の態度に不快感を覚えた。
「そんなだからおまえは他の奴らに舐められるんだ。俺の名前を最大限に使って、ロンドンの兵隊を酷使しろ。わかったか」市田が語気を強めた。
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